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鉄道の「QRコード乗車券」導入で何が変わる? メリットと課題を整理する

ITmedia Mobile 2024年8月13日 10時5分

 2024年5月29日(水曜日)、関東を本社に構える鉄道8事業者(京成電鉄、京浜急行電鉄、新京成電鉄、西武鉄道、東京モノレール、東武鉄道、JR東日本、北総鉄道)が、2026年度末以降にQRコード乗車券を導入することを発表した。導入時期は一斉ではなく、バラつきがある模様ながら、従来の磁気券から純粋な用紙にQRコードを入れるなど、コストの削減を目指す。

 磁気からQRコードへの置き換えはどのような背景で行われ、どのような課題を抱えているのだろうか。各社への取材をもとに、解説する。

●磁気券が多様化する一方で、鉄道事業者にとっては負担も

 関東の鉄道は1990年代に入ると、自動改札機の導入が本格化した。関西に比べ、普及が大きく遅れたのは、相互直通運転、各鉄道事業者間の連絡運輸(一部の駅ではJR東日本と私鉄、地下鉄の乗り換え用の中間改札がある他、直接乗り換えができる駅もある)が多く、乗車券類のエンコード化(きっぷの裏面を磁気化して、必要な情報を読み書きできる)が進まなかったことだ。

 乗車券も純粋な用紙から、ウラが黒い磁気券に変わった。短時間で多くの乗客が通過できる他、不正乗車等が瞬時に判断できる。ただ、むやみに折り曲げた状態、誤って純粋な用紙の乗車券を投入すると、自動改札機が故障する恐れがある。また、磁気式の用紙には金属を含んでいるので、リサイクルの際は磁気層の分離、廃棄が必要で、純粋な用紙に比べ、コストがかかる。

 上記の難点を抱えつつ、1995年に入ると磁気券が多様化される。

 先陣を切ったのはJR東日本で、乗車駅から100キロまでの乗車券を購入できる近距離乗車券用の券売機を多機能化し、新幹線や在来線の自由席特急券が買えるようになった。この他、領収書の発行、Suicaなどの交通系ICカードの履歴印字ができるようになった。新幹線の自由席特急券を除き、自動改札機に入れなくてもいいものでも磁気券で発行される。

 私鉄でも追随し、例として東武鉄道(以下、東武)はほとんどの駅の券売機で特急券が購入でき、自動改札機に投入する必要がない。

 しかし、交通系ICカードが普及し、人々の生活必需品と化すと、鉄道事業者にとって磁気券はますます大きな負担になっていたようだ。既に沖縄都市モノレール、北九州高速鉄道、スカイレールサービス(2024年5月1日〔水曜日〕付で広島短距離交通瀬野線を廃止)、山万では、自動改札機に投入せず、センサーにタッチすればよいQRコード乗車券が実用化されていた。純粋な用紙にQRコードを入れることで、自動改札機のメンテナンスも含め、コストが大幅に削減された。

 関東でも東武東上線の看板列車「TJライナー」の座席指定券がQRコード付きになり、池袋5番線の中間改札でチェックしている他、京成電鉄(以下、京成)は「Skyliner e-ticket」(訪日外国人専用割引チケット)や定期券Web予約サービス、JR東日本は「ネットde定期」を始めとした指定席券売機などでのQRコードによる各種の引き換えサービス、西武鉄道(以下、西武)は一部企画乗車券をオンライン上で発売しており、QRコードの読み取りなどをすることになっている。

●共用サーバを活用し、鉄道事業者間にまたがる乗車券の発券が容易に

 京成、JR東日本、西武によると、乗車券のQRコード化については、特定の鉄道事業者から提案を受けていないという。中長期的な観点において、磁気乗車券(磁気券)からの置き換えを各鉄道事業者間で検討していた中、設備投資状況、機器取替のタイミング、磁気乗車券の利用状況など、おのおの総合的に検討した結果、QRコードを活用することが有力となり、共同での発表に至った。

 先述した沖縄都市モノレール、北九州高速鉄道、スカイレールサービス、山万でQRコード乗車券の導入に踏み切れたのは、相互直通運転、各鉄道事業者間の連絡運輸がないことに尽きる。独自のシステムを導入できることから、利用客の負担や迷惑が掛からない。

 一方、関東地方は相互直通運転、各鉄道事業者間の連絡運輸が多く、独自のシステムが導入しづらい。QRコード乗車券を共同開発することで、共用のサーバで管理できることから、鉄道事業者間にまたがる乗車券の発券が容易にできる。また、QRコード乗車券は純粋な紙の他、スマートフォンによるデジタルきっぷを検討している模様で、さまざまな選択肢を用意する可能性がある。

●QRコード乗車券の課題 参画しない事業者との連絡をどうするか

 今回、鉄道8事業者のQRコード乗車券で気になるのは、東京メトロ、東京都交通局、相模鉄道(以下、相鉄)などが参画していないこと。相互直通運転、各鉄道事業者間の連絡運輸が多いことから、首都圏全ての鉄道事業者が参画すべきだ。交通系ICカード全盛とはいえ、券売機で乗車券を購入する人は今もいるのだから。

 特に他社線管理駅でQRコード乗車券が使えないのは、利便性の低下にもつながる。かつて、JR東日本のイオカード(自動改札機に直接投入して運賃を差し引く磁気式プリペイドカード)は、営団地下鉄(現・東京メトロ)管理駅の綾瀬では使用できない難点があった。

 京成は北総鉄道との共用区間(成田空港線京成高砂―印旛日本医大間)を除き、全駅管理駅だが、相互直通運転先の都営浅草線ではQRコード乗車券が使えず、発売できない恐れがある。この点について、京成広報は「相互直通先との乗り継ぎは大事なテーマと認識しておりますので、本件は引き続き検討し解決していくべきテーマと考えております」とコメントしている。

 JR東日本は「鉄道8社内では、現在の磁気乗車券と同様に購入の上、改札機をご利用いただける想定です。(中略)QR対応を行わない事業者との連絡については、駅のご利用状況や駅の改札口の形態などを踏まえ、窓口対応含め調整を始めている段階です」(JR東日本広報談)だという。

 相互直通運転の境界駅である綾瀬は東京メトロ、羽沢横浜国大は相鉄の管理駅なので、QRコード乗車券の対応については「連絡先各社とで調整を始めている段階です」とのこと。利用客に迷惑が掛からないことを大前提に進め、万全盤石の形でスタートを切りたい考えだ。

 西武は他社線の連絡乗車券の他、乗車駅から小竹向原までの往復割引乗車券、東京メトロ全線の1日乗車券をセットにした西武東京メトロパスを発売している。このうち、QRコード乗車券化するものについて、「具体的な券種については検討中です」(西武広報談)としている。

 また、相互直通運転の境界駅である小竹向原は東京メトロの管理駅なので、QRコード乗車券の対応については「利用可否については検討中です」とのこと。現時点で調整には至っていないようだ。

●QRコードのサイズや印字箇所も検討の余地あり

 鉄道8事業者のニュースリリースを見ると、QRコード乗車券は近距離用乗車券の小さい用紙にQRコードを載せている。均一運賃だったスカイレールサービスなら問題はないが、3分の1程度をQRコードのスペースに充てると、券面表示が見づらい恐れがある。

 小さい用紙のままでいくのなら、QRコードを裏面に印字した方がいい。たいていの磁気券は表面を自動改札機に投入するので、沿線の人々にとっては従来と同じ感覚で利用できる。

 参考までに北九州高速鉄道は、乗車券(1日乗車券も含む)、領収書を定期券やカードと同じサイズに統一して、券面表示を見やすくしている。

 また、一部の路線バスや宇都宮ライトレールは、整理券に特殊なバーコードを印字しており、運賃箱に投入するとディスプレイに運賃が瞬時に表示される。これだとJR東日本のローカル線ワンマンカーにも導入できると思う。現時点、車内の整理券や無人駅の乗車駅証明書について、QRコード化の予定はないというが、今後の検討課題に挙げることを期待したい。

●乗車券以外でも純粋な用紙に戻る可能性

 QRコード乗車券の実用化すると、自動改札機に通さなくてもいい特急券などが磁気券から純粋な用紙に変わることも考えられる。

 京成は「スカイライナー」などのライナー券の今後について、「磁気乗車券から置き換える対象券種であると考えております。一方でシステム間の連携という観点も踏まえなければならないため、実現可能性など引き続き検討の上で見極めていく必要があると考えております」と話す。

 JR東日本は近距離用乗車券以外の乗車券等について、現状、磁気乗車券からの変更予定はないという。ただ、特急券については、「スマートフォンなどを用いて『えきねっと』で購入し利用いただくチケットレスサービスにおいて、2024年度下期以降にQRコードを使用した新たな乗車サービスを導入予定」だという。今後はチケットレス化をよりいっそう進めてゆく模様だ。

 西武は「窓口で発売する特急券、指定券はレシートタイプに順次変更しております。券売機で発売する特急券、指定券についても磁気券からの変更を検討しております」と述べており、将来は磁気券がなくなる可能性を秘めている。

●関西でもデジタル乗車券の本格化に取り組む

 関西に目を向けると、大阪に本社を構える私鉄、地下鉄などが「スルッとQRtto(クルット)」に参画し、2024年6月17日(月曜日)にスマートフォンを活用したQRコードによるデジタル乗車券のサービスを開始した。

 阪急電鉄(以下、阪急)も利用客にキャッシュレス、チケットレスで便利に乗車できる商品を提供するため、同日から2025年3月31日(月曜日)の期間限定で「阪急1dayパス」(大人1300円で小児用はない)を発売。スルッとQRttoのWebサイトに会員登録後、クレジットカードで購入できる。

 阪急によると、「阪急1dayパス」の発売に先立ち、全駅の自動改札機(少なくとも1コーナーに1台)にQRリーダーを設置したという。そこにスマートフォンのQRコードを読み込み、通過する仕組み。

 スマートフォンは多機能であることから、乗車中に電池切れの恐れがある。その場合、「ご乗車された区間の運賃を現金でお支払いいただきます」(阪急広報談)とのこと。利用前にフル充電しておきたいところだ。

 また、相互直通運転を行うOsaka Metro堺筋線などの他社線に乗り越す場合、「他社降車時に、駅係員へお申し出いただき、乗り越し分の運賃を現金にて精算いただくとともに、駅係員が提示する降車用のQRコードをお客さまのスマホ(スマートフォン)で読み取っていただきます」とのことで、他社線でも乗り越し精算に万全を期している。

 阪急によると、磁気式プリペイドカードの「阪急阪神1dayパス」(阪急および阪神電気鉄道全線が乗車できる1日乗車券)は、今後、デジタル乗車券への移行を検討する予定だという。

 移行するには交通系ICカードでの残高購入、現金購入など、クレジットカードを所持していない人にも購入できる態勢を整えること、駅構内や車内に充電環境を整備、充実させることが必要になる。

 実用化すると、関西の私鉄、地下鉄から磁気式プリペイドカードが消える可能性もありそうだ

 なお、関東地方の鉄道8事業者で取り組むQRコード乗車券の導入および、磁気券の置き換えについて、現時点では決まっていない。

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