ソフトバンクはAIとRANの統合ソリューション「AITRAS(アイトラス)」の開発を発表。今後、ソフトバンクの商用ネットワークに導入する他、2026年以降に国内外の通信事業者にも提供し、展開・拡大を目指していく。発表に先駆けて、11月12日にはメディア向けの説明会を開催した。
説明会は慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス(SFC)で実施された。SFCにはAITRASのアンテナが20基設置され、実証実験を行っている。説明会の後には、AITRASを活用するデモンストレーションも披露した。
●AIとRANが同一プラットフォーム上で動作 生成AIアプリの運用も可能
ソフトバンクは、AIアプリケーションと無線アクセスネットワーク(RAN)を同じコンピュータプラットフォーム上に統合するアーキテクチャを「AI-RAN」と呼び、研究・開発を進めている。2024年2月にはArm、NVIDIA、Ericsson、Microsoftなど、世界の通信やAIのリーディングカンパニーとともに「AI-RANアライアンス」を設立し、協業してAI-RANの普及を推進する取り組みも進めている。
今回発表したAITRASは、AI-RANコンセプトに準拠した、AIとRANを同一のNVIDIAアクセラレーテッドコンピューティングプラットフォーム上で動作可能とするソリューション。大容量かつ高品質なRANを構築するだけでなく、生成AIなど、さまざまなAIアプリケーションも提供でき、効率的に運用できるものだという。
●通信事業者向けのレファレンスキットを展開
ソフトバンクは2025年以降、通信事業者向けに「AITRAS」のレファレンスキットを提供する予定。同キットを自社の屋内外のラボに導入することで、AI-RAN機能の実証を自社のみで行えて、自社でAIアプリケーションを開発し、新たなユースケースを創出することもできるという。
AITRASは、NVIDIAのプラットフォームをベースに、ソフトバンクがソフトウェアを開発。仮想化基盤やオーケストレーターもソフトバンクが開発し、運用の効率化や消費電力の削減も実現している。
ソフトバンクとNVIDIAは、これまで5年以上のパートナーシップ関係があるという。今回のAITRASの開発にあたっては、世界的なオープンソースソリューションのプロバイダーであるレッドハット(Red Hat)や富士通ともパートナーシップを組み、高性能化を実現しているという。
AITRASのRANが対応するのは5Gの4.8GHz~4.9GHz帯の最大100MHz幅となる。都市部を想定し、高密集した基地局配置、意図的に再現した超干渉エリアなどの環境で評価を進めていく。
●AITRASを導入するメリットは「コスト削減」や「キャリアグレードの品質」
AITRASを導入する利点として、ソフトバンクは4つを挙げている。まずはコスト削減。AIとRANのワークロードをGPUベースのAITRASに統合することによって、AIとRANの個別のハードウェアは不要になる。その結果、投資および運用において大幅なコスト削減が見込めるという。
次に、インフラリソースの効率化。オーケストレーションによって、AIとRANのコンピュータリソースを動的に割り当てることでき、インフラの利用効率が向上。それによって迅速かつ柔軟なサービスが提供できるようになる。
次に、新たな収益の創出。AIをベースとする新たなアプリケーションやサービスを生み出し、従来はコストがかかっていたRANを、利益を生むものに変えることも目指せる。
そして、RANの性能がキャリアグレードであることもセールスポイントとしている。具体的には安定性、大容量、経済性の3つで、C-RAN(集中型RAN)にAI効果を組み合わせることによって、複数セルにおける高性能化も実現。都市部で大きな効果が得られることも期待できる。
事前には知らされていなかったが、ソフトバンク 代表取締役 社長執行役員 兼 CEOの宮川潤一氏も駆け付けて登壇。メディアからの質問にも答えた。「ここでの実証実験は世界に向けた第一歩。AITRASが有効であることを証明できたら海外に輸出したい」と意欲を示した。
●AITRASが生きる場面は? 自動運転やロボットに活用したデモを披露
説明会の後に、AITRASを用いたデモンストレーションを披露した。
まず、合計100台の端末でリアルタイムに動画を視聴するデモを披露した。5台×20カ所で一斉に受信した動画を再生する様子がZoomで中継され、スループットなども表示された。やや分かりづらいデモだったが、安定して動画を視聴できることは確認できた。また、他社のvRANに比べて、消費電力量が低く抑えられることもアピールした。
自動運転のデモでは、横断歩道の手前に停車中の車があり、横断歩道を渡っている人を確認できないといった状況での動きを見せてもらった。ドライブレコーダーの映像に加えて、交通状況を問うプロンプトによって、走行中のリスクを瞬時に分析する「交通理解マルチモーダルAI」を開発。デモでは、リスクが検出されて自動運転のバスが一時停止し、その後、安全が確認されてから発車する様子を確認できた。
LLMロボットを用いたデモも披露した。LLMは「大規模言語モデル」で、LLMロボットは、あらかじめプログラムされた動作だけでなく、初めての状況でも会話の文脈などから推察して、適切な動きをするロボットを指す。ロボットが不審者を追跡するシナリオでデモが行われたが、0.1秒ほどの低遅延で、ロボットが制御される様子を確認できた。
RAG(検索拡張生成)のデモも行った。一般的なLLMが事前に学習した情報のみに基づいて回答するのに対して、RAGはクローズドネットワークも参照し、社内の機密情報など、LLMでは呼び出せない情報も回答できる。データはインターネット上のクラウドではなく、Edge AIに保存されるので、機密性も保持されるので安心だ。
ソフトバンクは、これまでもトラフィックの大容量化に先駆けて、TD-LTE、C-RAN、Massive MIMOなどを導入してきた。ソフトバンクの湧川氏は、“次の一手” としてAITRASを発表した。湧川氏は「これからはAIだらけになる。数年後には、AIのために作ったサーバ上でRANを動かすというように、AIとRANが逆転するのでは」とも話していた。今後の展開に注目したい。