楽天モバイルは、11月27日に報道関係者に向けた「ネットワーク技術に関する勉強会」を開催した。常務執行役員副CTO兼モバイルネットワーク本部長の竹下紘氏が、完全仮想化ネットワークの特徴を改めて語るとともに、同社のネットワーク戦略や現在の注力領域を明かした。
同イベントに合わせ、2024年内をめどに進めていた関東地方のSub6(3.7GHz帯)の出力増強やアンテナ角度調整などの取り組みが前倒しで完了し、11月27時点で1月の2.1倍までエリアが拡大したことも発表した。Sub6のエリアは東海地方や近畿地方でも実施されているが、1月以降は九州、沖縄でも同様に5Gを広げていく。
●「完全仮想化」「Open RAN」「AI・自動化」が特徴のネットワーク
2020年4月に携帯電話事業に本格参入した楽天モバイルだが、竹下氏によると、その特徴は3つに分かれるという。1つ目が完全仮想化。専用のネットワーク機器を利用せず、汎用(はんよう)のコンピュータを使って無線を制御しているのが同社の特徴だ。仮想化は他社でも進められているいわば業界のトレンドだが、部分的に導入するのではなく、「全面的に採用しているのがわれわれの大きな特徴」(竹下氏)だ。
「仮想化していない基地局は1局もない。これだけ大規模なネットワークを運用し続けているのは、技術だけでなく、人材教育の面でも強みになっている」
2つ目が、複数ベンダーにまたがってネットワーク機器を構成できる、Open RANを採用したこと。竹下氏が「設備仕様をオープンにして、複数のサプライヤーが参入可能になることで、自然と価格が下がってくる」と語るように、これによって基地局設置のコストを削減。使い放題で月額3278円(税込み)という低料金に結びついているという。
3つ目が、AIや自動化の活用だ。そのメリットは、「デプロイやセキュリティ設定を自動化したことで、建設した基地局の電波発射や、運用開始のための設定投入を素早くできる」ところにある。結果として、「フィールド訪問のコスト削減や、オンエアまでの時間を短くすることが可能になった」。これに加え、1年ほど前から通信障害の事前検知にもAIの活用を始めたという。
「ネットワークには、障害が起きるときに予兆を示す傾向がある。その予兆を機械学習で事前に学習しておき、1日後、早ければ1時間後にサーバがおかしくなるといった情報が出たら、それを元に対処する。問題が起きる前に運用部門で素早く対処ができ、日々の障害を未然に防げるようになった」(竹下氏)
今後は、AIを基地局の電力削減にも活用していく方針だ。基地局は「24時間365日全国で電波を発射しているため、電力コストの削減はネットワーク運用コストに効いてくる」ためだ。例えば、住宅街だと日中、オフィス街だと夜間はトラフィックが少なくなり、基地局の負荷が下がる。これに応じて、電力を自動的に抑える仕組みを開発。「最大20%の電力削減を実現する機能を商用ネットワークに入れることを目標している」といい、現在、2025年の導入に向け、その準備を進めている。
●エリアと容量の両にらみで品質を改善、5Gは都市部でのエリアも急拡大
参入当初から急ピッチで基地局を建設し、エリアを広げてきた楽天モバイルだが、その通信品質については次の方針で取り組んでいるという。1つ目が、日本全国どこでも安定してつながりやすいこと。もう1つが、データ通信量の大きなゲームや動画視聴でも遅延や途切れがなく快適に使えることだ。竹下氏は「日本はどの事業者もおしなべて通信品質が高い」としながら、「後発といえども、そこに食らいついていく必要がある」と語る。
前者のつながりやすさについては、基地局の数を増やしてきたことで、徐々に評価が高まっている。ユーザーからも「つながらないところが減ってきたという声を多くいただくようになってきた」と竹下氏。実際、調査会社Opensignalが発表した「No Signal Availability(信号を受信できない状態)」という指標では、2023年1月に1%を超えていたが、2024年3月時点ではこれが0.57ポイント改善したという。他社も交えたグラフで見ると、3位のソフトバンクとみられるキャリアと数値が近づきつつあることが分かる。
電波改善に関しては、ユーザーから寄せられた通信品質レポートを活用。現状では、エリアに関する問い合わせとして多いのが屋内施設やビル間の路地だといい、前者は屋内基地局の整備、後者は6月にスタートしたプラチナバンドの活用などでホワイトスポットを解消する動きを推進しているという。
プラチナバンドは当初、1局のみの状態が続いたが、現在は複数局を運用しているという。
「具体的な局数は控えたいが、複数局を運用する中で遠い局同士でも電波が届くことが見えている。今現在、1.7GHz帯が届かないところで、プラチナバンドに接続するユーザーがドンと増えるため、展開効果は思った通りというのが見えている中での印象。これから700MHz利用推進協会とともに干渉調整のプロセスを踏んで局数を増やしていくので、来年(2025年)ぐらいにはいい数字を言えるようになる」(竹下氏)
現時点では局数が少ないため、スポット的になっているプラチナバンドだが、楽天モバイルでは「基本的に面でつながるように展開したい」という方針だ。
もう1つの品質対策が、ネットワーク容量を増加させるところにある。課題になっていた地下鉄の駅間などは、共用基地局の帯域幅を5MHz幅から20MHz幅に拡張。改善は徐々に進められており、2025年3月末までに全体の40%が完了する見込みだ。竹下氏によると、「改善できたエリアから、順次ポスターを貼るなどして案内を進めていく」という。
とはいえ、楽天モバイルのユーザー数は毎月10万以上のペースで増加しており、1ユーザーあたりのデータ使用量も増えている。現状では、毎月平均31GBものデータ容量が消費されているという。キャパシティー対策として、帯域幅が100MHzと広い5GのSub6を拡大することも重要になる。楽天モバイルでは、3.7GHz帯の5Gを展開しており、現在、約1万7000局を設置。そのうち8割の基地局は、大容量化を行えるMassive MIMOに対応している。
「Massive MIMOの基地局は無線機の値段が少し上がってしまうが、後発事業者で、4Gが基本的には1.7GHz帯の1波に頼る運用なので、(容量対策として)Sub6の重要性がかなり高い。新しい技術や高度な技術は積極的に活用することを当初からの方針として決め、このような運用になっている」(竹下氏)
また、衛星通信の地上局との干渉条件緩和を受け、Sub6の出力を増強。電波がより飛びやすいよう、アンテナの角度も調整することで、関東地方のエリアを2.1倍に拡大させた。楽天モバイルは、4月に関東地方のSub6エリアを年末までに1.6倍に拡大すると発表していたが、ふたを開けてみたら2.1倍まで広がった。時期も約1カ月前倒しにできたという。当初予定よりエリアが広がった理由は、「局数を予定より増やしたことと、パワーを上げるだけでなく、アンテナをより上向きして電波を届きやすくできる局が結構な数あった」(竹下氏)からだという。
東海地方や近畿地方でもこうした対策は完了しているといい、前者は1.3倍、後者は1.7倍、セルあたりの5Gに流れるトラフィックが増加したという。東京都内に至っては、これが2.3倍まで拡大した。5Gに接続できるユーザー数も東海地方では1.1倍、近畿地方では1.4倍、東京都内では1.5倍に増加した。
●災害対策にも注力、衛星とスマホのダイレクト通信も26年に導入予定
イベントでは、楽天モバイルの災害対策における楽天モバイル独自の取り組みも紹介された。1つ目が、基地局のMIMOを遠隔制御で変更する「緊急省エネモード」だ。同社の基地局は通常、4×4 MIMOの仕様になっているものが多いが、これを2×4 MIMOや2×2 MIMOに変更することで、予備電源で駆動できる時間を延長できるという。通常であれば3時間程度しか持たないバッテリーを、2×4 MIMOで4~5時間に延命させることが可能になる。
「最高速度や通信容量が若干減ってしまう副作用はあるが、それによって基地局が長持ちして、より長い時間つながることの方が重要。多くの事例で、電力は3~4時間で復旧する」(竹下氏)
また、他社と同様、災害対策にはStarlinkも活用している。KDDIが導入したStarlink回線を基地局のバックホールとして使うソリューションも導入しており、「伝送路が切れてどうしてもすぐに復旧ができないときに、衛星を使って基地局とデータセンターをつなぐことができる」(竹下氏)。Starlinkの活用は始まったばかりで、現在、「移動、可搬型の基地局に配備を進めている」という。
衛星通信に関しては、2026年に開始を予定するAST SpaceMobileのダイレクト通信にも竹下氏は期待を寄せる。スマホと衛星が直接通信できるようになることで、「今現在、地上のネットワークがない山間部や海でも利用が可能になる」。日本のキャリアは、国土カバー率で70%程度となっており、残る30%は電波が届かない。このような場所もエリア化できるのが、ダイレクト通信のメリットだ。竹下氏も「これができることで、本当の面積カバー率100%が見えてくる」と語る。
AST SpaceMobileは9月に商用衛星「Block 1 BlueBird」を5機打ち上げており、10月には全てのアンテナ展開に成功した。衛星とスマホのダイレクト通信は、KDDIが年内にStarlinkを使い、商用化する予定。総務省でも現在、その制度化が急ピッチで進められている。ドコモも、衛星やHAPSを活用した面積カバー率拡大を目指しており、今後は空の上での競争も激化しそうだ。