NTTは、11月25日~29日に開催した技術公開イベント「NTT R&D FORUM 2024」にて、同社独自の生成AI「tsuzumi」の実用化や光量子コンピュータのデモンストレーションの詳細を説明した。この他、月面探索向けのワイヤレス給電システム、バーチャル空間での新しいコミュニケーション手法、雷対策ドローン、美顔マスクといったユニークな取り組みも紹介。プレスデーで披露された中身をレポートする。
●独自生成AI「tsuzumi」も進化、900社以上から導入相談
プレスデーの基調講演後半では、NTT独自の生成AI「tsuzumi」の進展について、NTT執行役員研究企画部門長の木下真吾氏が説明した。tsuzumiは2023年3月の商用開始以降、既に900社以上から導入の相談があるという。最近では、MicrosoftやSalesforceのクラウドにも採用が決まるなど、外部展開も本格化している。
木下氏は、最近の生成AI開発における大規模化競争について問われ、「サイズが全てではない」と明確な見解を示した。「本当に求められる超人工知能を目指すなら、もっと効率的な方法を追求すべきだ。サイズ競争だけだとお金を持っている人が勝ってしまう。研究所なので頭で勝負したい」と語った。
tsuzumiの特徴として、軽量であることに加え、カスタマイズ可能性、マルチモーダル対応、日本語処理の高精度さを挙げた。
実証実験では、社内購買システムの自動操作や、音声の特徴から話者の属性を判断するAIエージェント、スポーツトレーナーのような動作指導、ネットワーク障害対応など、幅広い応用例を示した。特に、基盤モデルを1から開発(スクラッチ開発)していることで、データ管理や性能チューニングの自由度が高いことを強調した。
この他に木下氏は、非侵襲型(採血を必要としない)のグルコースセンサー(体内の血糖濃度を測定するためのセンサー)の小型化や、Personal Sound Zoneによる新しい音響体験の実現、農作物品種改良技術の開発など、NTTグループの幅広い研究開発の取り組みについても紹介。各技術の詳細については、会場での展示を通じて具体的な成果を示した。
●tsuzumiが「考えて動く」エージェントに進化 画像認識と自律的な操作を実現
tsuzumiの展示の1つでは「エージェント化」のデモンストレーションが行われた。オンラインショッピングの発注プロセスを例に、tsuzumiの新機能を紹介。なお、今回のデモは実験段階のシステムによるもので、実際のサービスとして提供されているわけではないという。
デモでは、まず商品カタログの画像を見せると、tsuzumiは画像の内容を理解し、適切な検索キーワードを自動で生成。例えば、紫色のノートの画像から「紫 ノート」という最適な検索ワードを導き出し、検索システムに入力する。これは単なる画像認識ではなく、検索に適したキーワードを判断して入力するという、より実用的な理解を示している。
さらに印象的なのは、社内の発注システムとの連携だ。商品をカートに入れた後、発注伝票の作成では、社内マニュアルを参照しながら、適切な勘定科目や品目を自律的に判断して入力フォームに記入。人間のように「この場所には何を入れればいいのか」を考えながら作業を進める。
表形式の商品カタログからの情報抽出も可能になった。例えば「ブラックの品番で検索して」という指示に対し、カタログ内の表構造を理解し、該当する品番を特定して検索するといった複雑な処理も実現している。
NTTによれば、今回のような特定の発注システムとの連携は実験段階だが、社内マニュアルを参照した質疑応答システムについては、既に実用化されている例もあるという。
●NTT技術を結集した光量子コンピュータが始動 理研との共同で3.5万ゲート規模を実現
展示会場では、11月8日に理化学研究所で稼働を開始した光量子コンピュータのデモンストレーションも行った。古澤明教授による実演では、理研の量子コンピュータと会場を結び、リアルタイムでの計算処理を披露。現時点で101入力の線形演算が可能で、約3.5万ゲート規模という「モンスターマシン」を実現している。
従来のコンピュータが「NANDゲート」による論理演算で計算を行うのに対し、量子コンピュータでは量子ビットの重ね合わせ状態を利用。例えば3桁(10ビット)の足し算には350の量子ゲートが必要となるが、重ね合わせ状態を保ったまま計算できる点が大きな特徴だ。デモでは、クラウドサーバを介して理研の量子コンピュータにコマンドを送信し、複数の数値の重ね合わせ状態での計算を実演。数カ月後には掛け算機能も追加され、「ユニバーサルな計算」が可能になるという。
展示では光量子コンピュータの基幹部品も公開した。PPLNと呼ばれる特殊な非線形光学結晶が内部に実装され、古典的な光を入力すると量子的な光が出力される仕組みだ。この装置により、量子コンピュータの入力に必要な量子状態を効率的に生成できるという。
●月面活動を支えるワイヤレス給電技術 砂や氷を活用した新たな電力伝送システムを開発
NTTは月面探査に向けた新たな電力供給技術として、ワイヤレス給電システムを開発している。このシステムはインバータを介して生成した高周波をアンテナから発信し、受電側のアンテナで受け取る仕組みだ。
展示では小型ローバー(月面車)の模型を使用したデモンストレーションを行い、実際の無線給電の様子を披露した。現在は数十ワット程度の送電だが、アンテナを大きくすることで数キロワットから数十キロワットまでの送電が可能。これは有人ローバーの駆動に必要な電力をカバーできるレベルだという。
月面での実用化に向けては、2つの運用方式を想定している。1つは高密度のエネルギー伝送が可能な「道」を設置し、その上をローバーが走行する方式。もう1つは充電スポットを設置し、ローバーが自律的に充電に訪れる方式だ。例えば、氷の採掘基地とロケット発射場を結ぶ固定経路での運用など、具体的なユースケースも検討されている。
この技術が月面での活用に適している理由の1つは、地上では課題となる電波干渉の問題が月面では少ないことだ。また、月の砂(レゴリス)など現地の資源を活用できる点も特徴となっている。現在、JAXAなど宇宙機関との連携も開始しており、実用化に向けた取り組みを進めている。
●バーチャル空間で実現する1対1のコミュニケーション 心電図データで効果を実証
NTT人間情報研究所は、バーチャル空間での新しいコミュニケーション手法を開発している。同じ映像コンテンツを視聴していても、視聴者一人一人が演者と1対1でインタラクションしているような体験を提供する技術だ。
具体的には、視線が合い、演者が自分に対して呼びかけ、それに応えると演者が反応を返すといった、リアルでは実現が難しいコミュニケーションを可能にする。事前に収録されたコンテンツながら、各視聴者が「自分だけに向けられた」パーソナルなコミュニケーションを体験できる仕組みだ。
開発チームは、VTuberやボーカロイドのファンを対象とした実験で効果を検証。心電図による心拍変動の分析から、従来の「全体に向けた」配信と比べて、1対1のインタラクションの方が視聴者の興奮度が高まることを確認した。具体的には副交感神経の活動指標が低下し、より高い没入感や熱狂が得られることが分かったという。
今回は単一視聴者向けのデモを展示しているが、将来的にはリアルタイム配信での活用も視野に入れているとのことだ。人間中心設計の観点から、人の感性や感覚に焦点を当てた新しいコミュニケーション体験の創出を目指している。
●“空飛ぶ避雷針”雷対策ドローンを開発 風力発電所やゴルフ場での活用を視野に
落雷を予知し、ドローンで防ぐシステムも展示していた。避雷針とファラデーケージ(雷保護用の筐体)を搭載した特殊なドローンを打ち上げ、雷をキャッチするという。ドローン上部の避雷針で落雷を誘導し、地上に垂らしたワイヤーで安全に電荷を逃がす仕組みだ。
システムの要となるのが、落雷位置の予測技術。「フィールドミル」と呼ばれる電界測定装置を複数台設置し、上空の電位分布の変化から雷雲の接近を検知する。通常は整然としている等電位線が乱れることで、落雷の可能性がある場所を予測するという。
現在、ドローン本体は実機での模擬雷実験に成功しており、パラデーケースの有効性が確認されている。一方、自然の雷を対象とした実験は天候などの制約もあり、継続的な検証が必要な段階という。落雷予測についても、実際の落雷データとの照合が可能になった段階で、今後機械学習などを活用した精度向上を目指している。
2025年度の実用化を目指す本技術は、特に風力発電所での活用が期待されている。季節によっては頻繁な落雷被害に見舞われる風力発電設備の保護に効果を発揮する可能性があり、将来的にはゴルフ場など、他の用途への展開も検討しているという。都心部でのドローン運用には規制面での課題があるため、まずは郊外での実用化を目指している。
●電池技術から生まれた美顔マスク 低環境負荷の電極で美容成分の浸透を促進
同研究所の展示で異彩を放っていたのが、電池技術を応用した美顔マスクだ。もともとNTTが開発した環境負荷の低い電池技術を応用し、マスク内に微弱電流を流すことで美容成分の浸透を促進する仕組みを実現している。
具体的には、プラスとマイナスの電極をマスクに組み込み、肌を電解質として微弱電流を発生させる。この電流によって、ヒアルロン酸やナイアシンアミドなどの美容成分の浸透量が、通常の不織布マスクと比べて約2倍に向上するという。
商品化を想定したプロトタイプは目元用のアイパッチタイプで、化粧水と電極パッチを別々のパウチに収納し、使用時に押すことで化粧水が染み出す仕組みだ。電池自体は1~2日のエネルギーを保持できるが、実用的な使用時間は15~20分程度を想定している。
この技術の肝となるのは、環境面への配慮だ。この技術の核となる電極には、有害物質や貴金属を使用せず、セルロースを原料としたカーボン材料を採用。将来的には可燃ごみとして処理できることを目指している。数年以内の製品化を目標に、化粧品メーカーとの協業による展開を検討している。
IOWNによる800Gbpsの超高速通信や5G基地局の省電力化、独自開発の生成AI「tsuzumi」の進化、そして月面探査に向けたワイヤレス給電まで。今回のR&D FORUMでは、NTTの研究開発が通信技術の枠を超えて多様な領域に広がっていることを印象づけた。今後の技術開発の進展にも注目したい。