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コロナ禍で受注ゼロ──「地獄のように感じた」 トヨタも導入「ハッカズーク」CEOが語る、どん底と復活

ITmedia NEWS 2024年7月16日 15時14分

 「アルムナイ(中途退職者)は、社外にいながら古巣の良さを一番知っている。組織の中で一度は折り合いが付かずに辞めてしまったとしても、仕事自体は好きだったり、サービスには愛着があったりする人も多い。そうした人たちと企業が互いにポジティブな関係性を育むことで、働き方改革ならぬ“辞め方改革”が進むはずだ」

 2019年1月、シードラウンドの資金調達を完了したばかりだったスタートアップ・ハッカズークの鈴木仁志代表取締役CEOは当時、筆者の取材に対してこう話していた。

 ハッカズークが扱うのは「アルムナイ」、つまり退職後の人材との関係性構築だ。アルムナイは即戦力として再雇用しやすい点、企業の内情を知っており業務を委託しやすい点などから、人事戦略の領域で注目を集めている。

 ハッカズークが提供する、アルムナイに特化したSaaS「Official-Alumni.com」(オフィシャル・アルムナイ・ドットコム)は、企業とアルムナイ、アルムナイとアルムナイをつなぐコミュニティーサービスだ。同じHRテクノロジー領域でも、採用候補者や在籍中の社員ではなく退職者を対象としたビジネスで、同社は企業にこのSaaSとプロフェッショナルサービスを提供してきた。

 少子高齢化、労働人口減少を背景に、柔軟な働き方を促す「働き方改革関連法」の施行が始まったこの年、アルムナイを活用するという考え方は日本でも徐々に浸透。ハッカズークでも、大手企業からの受注が決まっていき、さらなる成長が期待されていた。

 しかし2020年、コロナ禍が襲った。あおりを受け、一時は新規受注ゼロとなったハッカズーク。現在はトヨタ自動車など、誰もが知る製造業大手や流通大手、金融機関にもサービス導入が広がっている同社だが、復活のカギはどこにあったのだろうか。鈴木CEOに改めて話を聞いた。

●大手導入の高揚から新型コロナで4カ月新規受注なしのどん底へ

 ハッカズークの成長は、2017年の設立から3~4年は緩やかだった。

 転職自体がようやく当たり前になりつつある日本で、退職者を活用するというコンセプトが受け入れられるには、時間を要した。顕在化した市場がターゲットではないため、シードラウンドより後は資金調達においても、「市場が本当にできるかもう少し見たい」と言われることもあったという。

 とはいえ鈴木CEOは焦ってはいなかった。実際、2019年ごろから風向きが変わり、売り上げが伸び始めた。2019年10月には電通にサービスが採用されている。

 「しかし、新しくて市場が出来上がっていないような時期にプロダクトの導入を決める企業は、ハイテクマーケティング論の『キャズム』で言えばイノベーター中のイノベーター。規模が大きく、課題に対するアンテナが高く、志もあり、挑戦しようという経営者がいる。そうした大手かつ業界でも試金石的な存在の企業の採用が進んだことで、僕はこの頃、『市場ができてきた』『PMF(プロダクトマーケットフィット)した(市場に受け入れられた)』という最初のカン違いをしたのかもしれません」

 その後、鈴木CEOの想像よりは小さな成長の波を繰り返しながら、2020年を迎えたハッカズーク。日本の大手企業の多くは3月決算だ。見込顧客の中で、4月からの次年度予算での採用が決まりそうな企業は増えていた。

 その矢先に、新型コロナウイルス感染症の拡大と緊急事態宣言の発令があった。「資金調達のタイミングと重なっていたこともあって、当時は生きた心地がしなかった」と鈴木CEOは振り返る。

 「2020年3月に入った頃から、商談中の企業担当者に連絡しても返事が遅くなり始め、緊急事態宣言が出てからは連絡がつかなくなりました。担当者は人事企画や人材企画の方が多く、後日、リモートワーク環境やワークフローの整備、労務問題の解決など、今までにない対応を迫られていたと聞きました」

 意思決定層の経営陣も、中期経営計画の見直しや決算発表の見送りなど、ビジネスの見通しが立たない状況下にある。精神的にも金銭的にも新しいサービスを活用する余裕がある状態ではなかった。

 「目の前の社員のケアと未来のためのアルムナイとの関係構築。『比べられるようなものではなく、どちらも大事だと分かっている。でも今は未来のことに手が付けられない』とクライアントにも言われました。単発でのコンサルティング案件などを除けば約4カ月間、新規受注がありませんでした。新規受注が止まって4カ月たってからの初めての受注は、よく覚えています。うれしいというより、忘れていた感覚にちょっと慣れない、戸惑いのようなものがありました」

●身に染みた「最悪への備え」と株主・社員からの信頼

 同時期に行っていた資金調達は、どのような状況だったのか。

 「よく『着金するまでが資金調達』などといいますが、株主の皆さんと話し始めてから着金までの期間が、ちょうど緊急事態宣言発令からの1カ月半にあたっていました。まだ会社も小さく、数人でしたが、それまでほぼ毎日会っていた仲間とも会えず、VCの方との打ち合わせもリモート、先方の社内確認にも時間がかかるため、払込に向けた進捗確認の返事も遅くなりがちなところに、見込顧客とは次々と連絡がつかなくなり、受注が立たない。地獄のように感じました」

 ただ、株主はいずれも理解があり、信じてくれていたと鈴木CEOは言う。

 「PMFの弱さが、僕にとっての不安材料となっていたんですね。むしろ株主は客観的・俯瞰(ふかん)的に見て、投資を決めてくれていました」

 1回目の緊急事態宣言が終わった2020年5月末ごろ、鈴木氏にとって印象的な出来事があった。顧客の人事担当者から、「コロナ禍をきっかけに、ポジティブに退職する人が増えた」と聞いたのだ。働き方が急激に変わったことから、仕事や会社が嫌で辞めるのではなく、一度きりの人生だから本当にやりたいことをやるべきだといって辞めるのだという。

 「これは、退職イコール裏切り者みたいなイメージが、一気にポジティブに変わるんじゃないかと感じました。アルムナイとのコミュニケーションも優先順位が下がっただけでニーズがなくなったとは感じませんでした。緊急性の高い課題への対応が終われば、本質的なニーズはある。大丈夫だと諦めませんでした」

 2020年後半からは問い合わせも回復し、2021年からは売り上げも伸びたという。

 「幸いだったのは、コロナ禍が来てしまったので過剰に人を採用するなど、調子に乗る隙がなかったこと。また、数字を客観的に、マクロに見られるようになりました。それに、予想より下振れしたときの対処の考え方も身に付いた気がします」

 コロナ禍以降のこの数年は、起業当初の事業から別の事業へピボット(方針転換)して切り替えるスタートアップも多く見られたが、鈴木CEOはピボットは考えなかったという。

 「株主は『アルムナイの価値を信じて投資しているし、ポジショニングもいい。今ピボットを判断すべきじゃない』と言ってくれました。僕が折れなかったことの裏側には、株主にも社員にも『これでやり切ろう』という意志があり、支えてくれたからだったのかもしれませんね」

 鈴木氏は以前から、ムーミンの登場人物・リトルミイの「Hope for the best and prepare for the worst」(最悪に備え、最高を望もう)という言葉を実践するようにしていたそうだが、コロナ禍を機に「“最悪”の幅が広がった」という。

 「コロナ禍は何もかも想定外過ぎました。もうあんな状況は二度と起きないでほしいですが、ここまでは想定しておかなければいけないと考えられるようになった。あまり思い出したくないことも多いですが、時には振り返ってみることも大切ですね」

 現在は、日本とフィリピンの子会社で総勢50人弱の社員を抱えるハッカズーク。トヨタ自動車をはじめとする日本を代表する大企業でサービスの導入が進んでいる。どん底からの復活のカギは、“最悪”の日々を俯瞰的・客観的に振り返ることにあるのかもしれない。

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