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AIは“学ぶ友”になれるのか? 学校でのAI活用、先生を育てる教育学部の先生に聞いてみた

ITmedia NEWS 2024年7月19日 11時34分

 AIを活用した子供向けの教育としては、すでに学習塾や通信教育を中心に展開が始まっている。同じ事を何度聞いても腹を立てない、学習の進捗を個別具体的に把握してくれるなど、人間の先生ではカバーできない部分を担うものとして、注目が集まっている。

 一方で学校における義務教育では、2023年7月に文科省からAI利用に関する暫定的なガイドラインが示されている。これによれば、「まずは、生成AIへの懸念に十分な対策を講じられる学校でパイロット的に取り組むことが適当」という見解が出されたところだ。

 つまり学校の授業でAIを取り入れるには、まずは学校の先生自身が生成AIのメリットやリスクを学ぶ必要があるというわけだ。では先生に教えるのは誰か。それは先生の先生ともいえる、大学教育学部の先生ということになる。

 宮崎大学教育学部 理科教育講座の中村大輝先生と、技術教育講座の小八重(こばえ)智史先生は、授業にAIを活用する実証研究を進めている。7月5日には、同大学教育学部附属中学校にて、理科の授業にAIを取り入れた研修授業と、県内の小中高校の理科の教諭向けの研修講座が行われた。

 塾とは違う、学校でのAI活用とはどういう姿になるのか。研修授業の様子を取材した。

●学ぶ友としてのAI

 研修授業は、中学1年生を対象とした理科の「水溶性の性質」として、あさりの性質を利用し、砂を吐かせるにはどうすればいいかを考察するものである。子供達は自分なりに仮説を立てるわけだが、そこで活用されるのが「仮説設定お助けくん」というキャラクター化された、テキストチャット型生成AIだ。

 すでに生徒達は、技術科の授業においてAIの仕組みやリスクなどは学んでおり、AIを取り入れた授業は6月から行われている。このAIは、答えを教えてくれるのではなく、考え方のステップを提示し、時にはヒントを出して、学習の手助けしてくれるものだ。

 子供達は「仮説設定お助けくん」の力を借りて自分の仮説を組み立て、その後グループとして仮説をまとめていく。学習を「AIと個人」で閉じるのではなく、従来のグループディスカッションのプロセスの途中にAIを配置するというイメージだ。

 この授業の狙いは、「他者との相互作用を通して最適解を追求する」ことにある。従来の社会であれば、それぞれの専門家が自分の専門の中で仕事をすれば良かった。だが近年では、多様な専門的知見を集めて新しい価値を創出するイノベーションが求められている。

 これは学校教育においても重要な視点で、個人の枠にとどまらずいろんな知見を総合して関連付けていく力が必要、ということに他ならない。例えばあさりはお湯で煮ちゃえば砂出せるじゃん、という意見を、どのように統合できるか。自然科学的に正しいことは、社会倫理上でも正しいとは限らない。何が最適解なのかを、他者との相互作用のなかで考えていく必要がある。今の学校教育は、そうした方向にある。

 これまで他者とは、文字通り「他の人間」を指していたが、AIも他者の1つとなり得る。実際にAIとディスカッションした生徒達からは、

 「友達だと、変な質問を質問をしたときに『えっ?』みたいな反応をされたり、聞きづらいこともあるけど、AIは何でも知っている友達という感じで、どんなことも聞きやすいと感じます」

 「友達とはタメ口で話すので話しやすいけど、AIは敬語で行儀が良く感じるので、気まずく感じる時もあります」

 という意見が聞けた。友達、先生、地域の人々といった多様な「他者」の1つとして、AIもまた違った立ち位置が確立できる可能性を感じさせる。

●学校教育にマッチするAIとは?

 今回中村先生に協力して生成AIのキャラクターを提供したのは、リートンテクノロジーズジャパンだ。同社は生成AIの無料サービスで知られるところだが、これまでAI自体を学ぶ教育プログラムも同時に展開してきた。ただ今回のように、学校教育の中にAIを取り入れるという試みは、同社にとっても初めてのチャレンジになる。

 公立中学校の授業にAIを取り入れるという実証研究と、その未来像について、中村先生に話を伺った。

――今回こうした実証研究を立ち上げられたのは、どういうきっかけだったんでしょうか

中村氏(以下敬称略):生成AIのサービスが登場したのが、おそらく2022年末から2023年ごろだったと思うんですけど、それが社会に急速に広まる中で、学校で生成AIを使わなくても、子供が家庭で使ってくるという状況が起き始めてきています。そういった中で、生成AIの使い方について学校でも指導しなければならないし、逆に生成AIをうまく使うことができれば、教育効果を高めることができるのではないかという期待があって、この研究を始めたという経緯があります。いろいろ準備もあったので、実際に始められたのは24年度の4月からということになります。

――子供達にAIを使わせる上では、その回答の正しさとか、授業内容から離脱しないようにといった、ある程度の囲い込みが必要なのかなと思います。それはAIのほうでRAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)などを使って調整していく形ですか?

中村:いろいろな対応の仕方があると思うんですけど、まず第一に生徒にはAIは間違えることがあるんだという大前提を指導するというところから始めました。具体的にAIが間違ってる事例を体験したりといった中で、本当に正しいかを注意深く考えなきゃいけないということ。第2に、どうやってそれを確かめるかということ。

 私の担当している理科であれば、どんな答えが出たとしても、それを実験とか観察で正しいかどうか検証することが大事だよね、ということで、生成AIの使い方について生徒にも正しく理解させるということを取り組んでいます。

――なるほど。確かに理科なら、最終的には実験して物理現象と違うんだったらダメだということですもんね。AIを使って学習するには、ちょうどいい教科かもしれません。昨今は学習塾等でAIを活用する事例も多く見かけるところですが、学校教育の中でAIを取り入れる違いや意義とは、どういうところにあるのでしょうか

中村:主に2つあると考えていまして、1つ目は塾ではテストで点を取るために内容を正しく理解するということを目的としていますので、AIを活用するときも、分からないことを聞くみたいな使い方が大部分なのかなと思います。

 一方で学校では多様な能力を育成するということを目的としていますので、必ずしも内容について質問するだけではなく、生成AIに考えることを支援してもらったり、動機付けや意欲を高めるみたいな多彩な使い方がなされるという点において、違いがあるかなという思います。

 2点目として、学校は個人ではなくて集団で学ぶ場ですので、集団で議論した結果をAIに投げて妥当性を判断してもらって、また集団に戻ってきて生徒同士の議論を盛り上げる方法として使うということも考えられます。

 また集団ということでは、先生が全員に対してすぐにフィードバックを返すことはできないこと、例えばプリントなんかは、1回集めて先生が採点して次の日返すみたいな方法を今までとっていたのが、AIであれば即時的にフィードバックができるようになるという違いがあります。すぐに成果を評価してもらってフィードバックを返すという、その繰り返しが早く、回数をこなすことができるようになるという点はメリットとしてあるかなと思います。

――確かにその場ですぐに改善できるということは、学習の定着にも効果がありそうですね。そういう意味では、AIは先生の手足となるっていう格好になりそうですか?

中村:先生の代わりにフィードバックを担当してもらうというところはあるんですが、最終的な成績については先生が責任を持つというところですね。その際もAIによる評価を参考にして、先生が最終的に評価した方が圧倒的に効率がいいという効果もあるかと思っています。

――ああ、AIもそういう評価軸みたいなものは持ってるわけですね?

中村:もちろんそれも先生が与えなきゃいけないんですけど、例えば教育の世界では「ルーブリック」って言って、こういうパフォーマンスを達成できていたら3点、こういうパフォーマンスが2点みたいな、そういうのをちゃんと文章化して生成AIに与えることで、そのルーブリックに基づいて評価させるってことができます。

●「教育AI」の未来像

――今社会的には、小中学生が宿題をAIにやらせるだとか、大学生のレポートでも同様の問題が起こっているわけですけど、 もっと前向きな視点でこれらの問題は解決できるでしょうか

中村:やはり大学の教員の間でも、学生がレポートにAIを使ってくるのではないかということを危惧しておりまして、実際にもう使ってきたという事例が多発しています。 そういった中で、やはり生成AIの正しい使い方について学生にも研修をする必要があるのではないか、禁止するのではなく生成AIを活用して、より高いパフォーマンスを発揮することを求めるべきではないかという話になってきています。

 ただし現状大学として何かそういう取り組みができているというわけではなく、個人の先生方の講義の中で教えていただくということにとどまっています。なかなか全学的な取り組みとしてはまだ広まっていないというのが実態かなというふうに思います。

 ここの中学校では、生成AIを導入するにあたって、教員にも研修をしましたし、生徒にも研修をして、正しい使い方というのを指導した上で導入していますので、そういったところにはやはり時間を割く必要があるんだろうなと思います。

――旧来の学習のやり方って、例えば紙の資料を図書館で調べて、先人の考えを借りて学んでいくっていうことだと思うんですけど、学んでいく相手がAIになっていくと、自分の考えの中にAIの知識が混じっていってしまうというのは、ある意味仕方がないことなんじゃないかと思うんですよね。教育学という立ち位置からは、それはどのように解釈されているんでしょうか

中村:最近の研究でも生成AIを使いこなしてる人ほど、どこまでが自分の考えでどこからがAIの考えだったのかが分からなくなって、そのまま自分の意見として話してしまっているという指摘がされています。それは適切に引用を示す、ここからここまでは生成AIに考えてもらったのを直接引用している、ここからは自分の考え、あるいは混ざってるとこに関しても生成AIに基づいて自分はこう考えたというのが、正しく識別できるように示す。これがこれからの1つのリテラシーとして求められているのではないか思います。

――なるほど。大学のレポートって引用の要件が厳しくて、例えば書籍だったら何年出版の第何版のみたいなところまでできちっと明示して、後から調べる人が同じところにたどり着けるように、引用点をがっちり固定しないといけないのが作法だと思うんですが、生成AIを引用するっていうことは難しいですよね。その時のバージョンを書いても、同じ質問をして同じ答えが出るとは限らない。そこはどう解釈すべきなんでしょうか

中村:そこはやはり、法律が追い付いてない部分もあると考えています。生成AIに関して著作権がない、著作物として認められないということは言われているわけですが、じゃあそれを引用するとなった時に自分が書いたかのように使っていいのかというのは、また別問題です。「引用」とは著作権上で定義された権利制限の1つですから、そこはやっぱり法律を見直していただかないと、教育者としても難しいところはあると思うんです。

 一方で、AIが考えたものを自分で考えたかのように誤認させるというのは、倫理的な問題があります。そこを正しく示すというところに関しては、指導が必要だろうと思います。

――教科というところでは、先生方が取り組んでおられる理科や技術は比較的AIと親和性が高いかなと思いますけど、例えば文系の、国語とか社会の先生の反応っていかがですか?

中村:様子見というのが正直なところですね。そもそも生成AIをどうやって授業で使ったらいいか分からないとか、使ったことないという先生方も結構多いので、まずは自分で使ってみてどういうものなのかってのを分かった上で、じゃあどういう風に使えるかってことを考えていくステップで進めていきたいなと思っています。ただ強制的には進められないで、何らかの形での合意形成が必要になってくるかなと思います。

 筆者はこれまで、子供がインターネットを使う事の是非や、デジタル教科書の議論、GIGAスクール構想の効果などをウォッチしてきた。だがそれらの問題が是非論であったのに対し、教育とAIに関しては使わせるか使わせないかの問題ではなく、最終的には使わざるを得ない方向で動いているように見える。

 例えばGIGAスクールによる1人1台端末は、次の更新時にはCopilot+PCが導入される可能性もあるわけだ。そうなればもはや使わざるを得ない……というか、どこからがAIの機能なのか、使ったことを自覚できない状況にもなり得る。

 現在の生成AIの進化と社会への浸透のスピード感を見ていると、そうした一歩先を見据えた学校教育の在り方は、少なくともあと1~2年の間に確立する必要がある。

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