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ビクセンの防振双眼鏡「ATERA」、実は女性のために作られた最強の“推し活アイテム”だった

ITmedia NEWS 2024年7月30日 18時10分

 Vixen(ビクセン)の防振双眼鏡「ATERA II ED H16×50WP」は、大口径のEDレンズとスタビライザーを搭載した倍率16倍の双眼鏡だ。面白いのは、この製品がコンサートや観劇に頻繁に行く方々をターゲットに作られているということ。そもそも、Vixenの防振双眼鏡のシリーズである「ATERAシリーズ」は、最初からコンサートや観劇向けとして開発されたシリーズなのだ。

 ビクセン(埼玉県所沢市)のデザインマーケティング部・坂口直史さんは「私達も防振双眼鏡の歴史を完全に理解しているというわけではないのですが、感覚的には防振双眼鏡は昔から強いメーカーがあって、そこが高性能の防振双眼鏡を多く出していたイメージがあります。ただ、本当に良く見える高性能な双眼鏡に強力な防振機能を搭載していて、発売当初はかなり重かったんです。電池もリチウム電池を使ったりで、一番軽いモデルでも600gくらいあったように記憶しています。16倍以上の高倍率の製品も出されていたんですが、それは1kg以上あったと思います。でも、その重い防振双眼鏡を実際にコンサートなどに持ち込んだ女性がいたようなんです」と話す。これが「ATERAシリーズ」の開発のきっかけだった。

 「コンサートなどに双眼鏡を持っていく女性の比率が高いことに私達は気がついていましたから、軽い防振双眼鏡を作ったら、その需要はあるだろうという想像がつきました。従来の防振双眼鏡は、例えば船の上などの揺れる現場で使われるといった、プロ用の製品が中心でした。それを女性でも持てるコンサート向けとして出すわけですから、最初はとにかく軽さにこだわりました。それで最初に出したのは422gの防振双眼鏡だったんです」と坂口さん。

 実際、現行製品である10倍の防振双眼鏡「ATERA II H10×21」は358g。スタビライザーを搭載する分、どうしても重くなることを考えると、10倍でこの軽さは魅力的だ。ただ、軽い防振双眼鏡にニーズがあるとなると、当然、他社も同じようなコンセプトの製品を出してくる。

 「そうやって軽量モデルをいくつか出して、それらも沢山買っていただいたんですけど、高倍率を求める声が多くなり、14倍の商品化を決定しました。ただ、明るさの維持を考えると大口径化が必要となり、重量増は避けられません。しかし、女性の支持をいただくには軽量化も重要なポイントでした。そこで工夫こらしたのですが、それでも500gを超えました。一応、コンサート用として出したんですけど、果たして女性は買ってくれるのかという心配はありました」と坂口さん。

 しかし、結果的には500g超の製品でも女性ユーザーに使ってもらえたそうだ。しかも、当初は倍率が低くて価格が安いものを中心に売れていたのが、高倍率の需要がどんどん高まっていった。

 手ブレしないなら、高倍率が欲しいというのは、双眼鏡でコンサートや観劇を見るのが当たり前になっている人にとって当然の願望だろう。14倍のモデルの売れ行きの伸びを受けて、今回の16倍のモデル「ATERA II ED H16×50WP」の開発が始まった。

 「ただ、スペック的に14倍から16倍って、2倍しか倍率が違わないんです。その上で16倍を購入していただくには、明るさを維持しつつ、さらにキレイに見えるということも重要になると考えました。それで、明るさを維持するために大口径化し、より高精細な像を見ていただけるようEDレンズを採用という形で開発していきました」とビクセン取締役でデザインマーケティング部の三上さえ子さん。

 明るい双眼鏡を作ろうとすると、レンズの口径は大きくなる。スタビライザーを内蔵するよりも、レンズの口径を大きくする方が、重さへの影響が遥かに多いのは、光学機器の宿命というか、結局、高倍率で明るいレンズは重いのだ。それはカメラがお好きな方も良く知っている事実だろう。

 実際、完成した製品の重さは、電池・ストラップ別で840g。数値だけで見ると、これはかなり重い。しかし今回、この記事のためにお借りして、しばらく使っていたのだけど、思いの外、重さを感じなかったのだ。

 左右、どちらにも付けられるグリップストラップの位置がよく考えられているようで、片手で持った時でもさほど重さを感じず、両手で持っていれば、ライブで5分程度の曲を最後まで見ても、双眼鏡の重さが負担になる感じはしなかった。

 これは、重心バランスや持ちやすさが計算されているということもあるけれど、見たい部分でピタリと止めて見ることができて、しかも、相手が動いても追うことができるスタビライザーの性能の高さや、視野の明るさ、鮮やかでコントラストの高い視界といった「見ることへのストレスのなさ」に拠る部分が大きいように思った。

●16倍ってどんな感じ?

 16倍という倍率がどのくらいかというと、私が試した範囲でいえば、例えば茅場橋から約200m離れた上流の鎧橋を見た時、橋の上を通る自動車の運転席に座る人の顔が確認できるくらい。ライブハウスで前から8列目くらいに座って、ギターを弾く演奏者の左手をアップで見ることができるといえば、なんとなく伝わるだろうか。

 通常、このくらいの高倍率になると、見たいものを探すだけでも大変になるし、見えたとしても対象が動けばすぐに見失う。しかも、対象がじっとしていても、手ブレで視野がブレて固定するのはとても大変になる。

 ところが、この「ATERA II ED H16×50WP」の場合、スタビライザーをオンにすれば、大体の検討を付けて見たいところに双眼鏡を向ければ、視界が鮮明な上にブレないから、ゆっくりと双眼鏡を動かしていけば、見たいものを視界の中央に簡単に収めることができるのだ。それこそ、ギターを弾く左手を見て、押さえているコードをメモするみたいなこともできてしまった。つまり、片手で双眼鏡を持って、もう一方の手でメモをしても対象を見失わないのだ。

 当然、ギターを弾いている対象は動くし、ローポジションからハイポジションへと、指も大きく動くのだけど、楽に動きについていくことができたのだ。これなら、武道館の3階席からでも、ミュージシャンの表情が確認できるだろう。

 スタビライザーについては、この製品は、防振の仕方の違う2種類のプログラム・アルゴリズムを搭載。細かい揺れを完全に止めるモードと、大きな揺れをピタッと止めるモードの二種類を切り替えられるようになっている。

これは、多少手が震えても視界はブレないけれど、長時間同じ場所を見ていると、像は少し動いているという、腕の弱い人もストレスなく見てもらおうというモードと、大きな揺れに対しては完全に止めるけれど、細かい震えなどでは像が震えてしまうことがあるモード。これはもうどちらが優れているというものではないから、状況や好みで使い分けてほしいということだった。

 双眼鏡を使っていて面白いのは、これだけ明るい視野なのに、カメラでいうところの被写界深度が意外に深いことだ。適当にピントを合わせて、ギターを弾く左手を見れば、十分シャープに見えるし、対象が動こうと、対象の左右に立つ別のギタリストを見ようと、ピントの合わせ直しが必要ないのだ。

 もちろん、全く距離が違う場所を見れば、ピントは合わせ直さなければならない。でも、同じステージの左右に振るくらいなら、ほぼピントリングに触る必要がない。

 これは、この連載のVariluxのメガネの記事でも書いたけれど、写真の場合、平面のフィルムやセンサーに投影する必要があるので、ピントも厳密に合わせなければならないが、メガネや双眼鏡は、人間の持つ脳内の整理機能の働きが大きいと考えられている。

 人間が目で見たものは当然ピントが合っていて、背景がボケているなどと意識することがない。そんな風に、厳密にピントが合っていなくても、目と脳が調整・補完してくれるのだ。また、目が持っているオートフォーカス機能も利用することができる。そのため、厳密なピント合わせをしなくてもピントが合っているように見えるわけだ。

 さらに、この製品の場合、女性が使うことを想定して作られていることもあって、ピント調整のリングの位置が、とても操作しやすい位置にあるのだ。しかも、リング自体が長めに作られているので、自分が動かしやすい指を使うことができる。さらに、視野が明るいのでピントが合わせやすいというのもある。

 三上さんは「バッテリーではなく、単四形乾電池2本を電源に使っているのも、もしコンサートの最中に電池が切れてもすぐに交換できるようにとの考えからです。また、乾電池ならコンビニやキオスクでも買えます。バッテリー持続時間も、14倍のものまでは約30時間、16倍のものは、レンズを大きくした分、スタビライザーのプリズムを可動させるパワーがより必要になるので約16時間となっています。電池を替え忘れても2時間のライブに1週間通えるという感じです」と話す。

 明るいレンズの使用もユーザーの声を反映している。コンサートに双眼鏡を持って参戦する方のSNSを見ると、明るさを気にしている人が多かったのだという。

 「ステージ上でスポットが当たっている時だけでなく、スポットが当たっていない時の表情がちゃんと見えることが結構重要みたいです。モニターなどには映っていない時の推しの表情を自分だけは見ていたい、といったことを感じられているのかなと思います」と三上さん。

 当たり前だが、倍率が高い双眼鏡は、その分暗くなることが多い。そのあたりの知識がないと、せっかく高倍率の製品を買っても、満足の行く視界が得られないということもある。推し活グッズとしての双眼鏡が、実はかなりのハイスペックを要求するというのは、使えば使うほど分かってくる。だからこそ、決して安くないし、重さもそこそこある防振双眼鏡を選ぶ人も多いのだろう。

 明るさに関しては、「ATERA II ED H16×50WP」の場合、明るさの表示は「9.3」となっている。これは、実用上十分の明るさではあるし、16倍という倍率からするとかなり明るい数値だ。

 しかし、低倍率の製品では「16」くらいは普通にあるので、明るさでいえば「16倍の双眼鏡にしては明るい」という程度。しかし、実際に使ってみると、その数値以上に明るく感じる。それも視野がブレないからなのだろう。

 特に、暗いところでは、視界がブレると何が見えているのか分かりにくい。視界が止まっていれば、実際の明るさ以上に、クッキリ見えるのだ。

 また、EDレンズによる発色の良さ、コントラストの高さも、視界を明るく感じさせる要因になっている。このあたり、数値では分かりにくい、実用性の高さを感じる部分だ。

 この製品の面白さは、スペックだけではない。例えば、付属するキャリングケースだが、これがミニトートバッグという名称になっている。「従来の双眼鏡のケースって、結構いかついんですよ。そういうものではなくて、ペンライトとかそういったものも入れられる余裕を持たせたバッグ状のものにしたんです。しかも、今回からは周囲に透明ポケットを付けました。ここに推しの写真を入れたり、缶バッジをつけたりして使ってもらえたらと思っています」と三上さん。

 このケース、本当によくできていて、女性が持つと可愛らしく、男性が持っても不自然でなく、それなりに大きな双眼鏡の大きさをあまり感じさせずに持ち歩くことができる。

 また、このケースごとバッグに入れても、思ったより場所を取らず、出し入れも楽なのだ。このケース1つとっても、このハイスペックな双眼鏡が、女性メインで作られているのが分かる。「女性も使える」ではなく、「男性も使える」双眼鏡なのだ。

 それが、この重さで、このスペック。推しの現場に臨む人々の真剣さに、きちんと向き合っている製品作りの姿勢が素晴らしい。

 その証拠の1つが、グリップストラップを止めるゴムのパーツが、最初から5色入っていること。本体のどこかに、推しのカラーを付けられるパーツを入れたかったのだそうだが、使い勝手やデザインを考えると、着脱可能な部品を付けることが難しく、ならば、ストラップに付けようということになった。

 しかも5色の色は、ハッキリと赤や青というのではなく、青と緑の中間とか、黄色とオレンジの中間といった、やや曖昧な中間色を採用。なるべく多くの色に対応できるようにしてある。なんとも、推し活周辺事情を理解した製品作りではないか。

「女性が持った時には、シックでゴツくならないようにと色もデザインも考えました。ロゴもシャンパンゴールドにしたり。ただ、この製品の場合、野鳥観察にも使ってもらいたいと思っていたので、できるだけ自然の中にある色をイメージして、ブラックブラウンという色にしています」と三上さん。

 バードウォッチング用の双眼鏡というのは、通常8倍くらいで、16倍くらいのフィールドスコープを使用。三脚に付けたりして使うことが多いのだそうだ。三脚を使うせいか、これまであまり防振双眼鏡は浸透していなかったらしい。そこに向けて、手持ちで使えて、しかも飛び立つ鳥も追えるというのは、かなり衝撃的な製品になりそうだ。

「専門サイトも作る予定ですが、天体観測にもいいと思っています。止まって見えるということでは天体望遠鏡と似た感じですけど、両眼ですから立体感があるんです。丸さを感じるといいますか。それほど大きく見えるわけではないのですが、大きなクレーターはしっかり見えます。多少、難易度は高いですが、多分、宇宙ステーションも追えると思いますよ。手持ちで見られる16倍の双眼鏡というのは、そういう感じで可能性が広がると考えています。新しい使い方をユーザーさんに見つけてもらえるとうれしいですね」と三上さん。

 個人的には、競馬観戦などにもとても向いているような気がする。目的の馬を素早く探して、動きをずっと追うのに、この双眼鏡はとても適している。もし、BiSHの東京ドームでのライブの時に、これが出ていれば、うっかり買っていたかもしれないとも思う。

 確かに、15万8400円という価格は高額ではあるけれど、毎週のように観劇やコンサートに行くなら、すぐに元がとれる価格でもある。使ってみたら、双眼鏡のイメージが変わるくらいのインパクトのある製品なのだけど、ちょっと試しに覗くくらいでは真価が掴みにくいのが、双眼鏡の面白いところでもあり難しいところでもある。

 当たり前だが、Vixenは多くの種類の双眼鏡を作っていて、それぞれに対しても面白い話が聞けたので、どこかで双眼鏡論的にまとめてみたいと思う。とりあえず、「ATERA II ED H16×50WP」と同じくらい興味をそそられた「SG2.1×42H」をここで紹介しておく。星座観察用の倍率2.1倍の双眼鏡なのだが、この視界はあまり変えないまま、対象を少しだけ近づけるような双眼鏡は、観劇やライブなどでかなり力を発揮するような気がしている。

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