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次の“改訂”は6年後 「子どもにAIを学ばせたい」に、日本の学校教育は追随できるのか

ITmedia NEWS 2024年8月4日 11時6分

 7月19日に公開した記事では、AIと学校教育の関係について、宮崎大学教育学部の取り組みをご紹介した。学校教育にAIを取り入れる試みは、学習指導要領の改訂を受けて2020年ごろからすでに始まっており、全国でも少しずつ研究事例が聞かれるようになってきた。

 7月17日にベネッセコーポレーションが発表したところによると、全国の小学3年生から6年生の保護者1032組にアンケート調査を行い、「生成AIがどのようなものかを知っている保護者」のうち、66%が利用に肯定的という結果が出たという。

 利用に肯定的な保護者の意見でもっとも多いのは、「新しい技術の活用力を養うよい機会になりそうだから」、一方否定的な保護者の回答理由でもっとも多いのは「自分で考えなくなりそうだから」となっている。どちらももっともな声だと思う。

 子どもにAIを使わせるとはいっても、その目的がAI活用スキルを研いて使いこなせるようにすることと、ドリルのような学習ツールとして使っていくのとでは、実施方法も違うし得られるものがだいぶ違う。

 この2つのアプローチの違いは、今後AIと教育を語る上で欠かせない区別となっていくだろう。

●いつAIを学ぶのか

 いま日本の社会で圧倒的に不足しているのは、AIを活用できる人材だ。これはAIを使って何らかの開発行為を行うエンジニアが不足しているという面と、日常業務にAIを活用することで効率化が図れる人材が不足しているという面がある。

 エンジニア不足に対応する取り組みとしては、AWSが開設した「生成AI開発が学べるトレーニングコース」を取材した。AIを活用した業務改善については、リートンテクノロジーズジャパンが主催する「プロンプトソン」がある。

 これらの活動は、大学生や社会人を対象に、「今々の課題の解決」をもたらす。一方で社会のあちこちにAIによるものが登場し始めている中、大学生や社会人になってから初めてAIを学ぶので間に合うのか、という懸念がある。つまり中学や高校卒業で社会に出る子ども達が、AIの世界から切り離されることが前提になるのは、マズいわけだ。

 フリッツ・ラングの映画「メトロポリス」は、知的指導者と労働者とが分断された階級社会の問題点を浮き彫りにした、1926年制作の作品である。この舞台は制作時の100年後の未来都市を想定しており、まさにそれは「今」なのだ。

 子ども達には、いつ頃からAIそのものを学び、活用する教育を施すべきか。中学校の技術科で唯一の学会である、日本産業技術教育学会(JSTE)の答えは、中学校だ。同学会では次回の学習指導要領改訂へむけて、5月に要望書を公開した。

・[要望声明] 初等中等教育におけるSTEAM教育の導入とテクノロジー教育の拡充・刷新について

 現在の小中学校では、一部先進校に指定された学校でSTEAM(Science、Technology、Engineering、Art、Mathematics)教育が実践されている。これはそれぞれを学ぶという事ではなく、多彩な分野を全て関連性を持たせた格好で学んでいこうという考え方だ。

 JSTEの要望書では、小学校から高校までの教育の見直しが提言されているが、目玉は中学校における「テクノロジー科の新設」だろう。中学校技術科は、社会がIT化へ向かうことによってその存在が重要視された……割には、授業数は家庭科と合わせて年間で70時間程度しかない(自治体によって違いはある)。筆者の時代は、男子は技術科、女子は家庭科に別れていたが、現在は男女ともに技術科と家庭科を学ぶ。結果的に、筆者の時代よりも技術科に割く時間数は減っている可能性すらある。

 そこで、現在行われている技術・家庭科を再編して、具体的には家庭科と分離して、単独の教科にし、年間70時間を確保しようというわけだ。学習内容としては、コンピュータサイエンス、情報通信ネットワーク、プログラミング、情報コンテンツ、AIの活用と実装、IoTの構築と活用などとなっており、高校における「情報I」の内容にも通じるところがある。

●2030年からで間に合う?

 この提言がターゲットにしているのは、2030年に予定されている学習指導要領の改訂だ。学習指導要領はおよそ10年に1回しか改訂されず、前回の改訂は2020年だった。改訂はあと6年後、ということになる。改訂後は小学校から高校まで1年ずらしながら実施されるので、中学で新学習指導要領が実践されるのは、2031年ということになる。

 この年の中学1年生が社会に出てくるのは、高卒なら2037年、そこから4年大学に行くと2041年、工学系は大学院に行く人も多いのでさらに遅れて2043年。

 日本におけるAIの活用目的は、超少子高齢化社会となる国の没落をカバーすることにある。こうした社会問題は2040年問題といわれており、即戦力になる子が社会に出るのが、ギリギリ間に合うかどうかぐらいのタイミングである。

 その一方で、AIはいつまでも今のAIの姿をしているわけではない。その先にはAGI(Artificial General Intelligence - 人工汎用知能)の時代、ASI(Artificial Super Intelligence-人工超知能)の時代がくるとされている。

 ASIは人間の知能を超え、社会は人間が理解できない速度で変化する「シンギュラリティ」と迎えるという。その時期は、2045年と予想されている。

 これを考えると、今から6年後にこのような改訂があっても遅すぎるんじゃないか、と感じる人も多いのではないだろうか。ASIのタイミングに間に合えばいいということではなく、それまでにAI人材不足が解消されなければ、日本はそこまで自力で到達できない可能性もある。

 学習指導要領に頼らず、それ以前に学校でAIを扱うのであれば、文科省が出している「初等中等教育段階における 生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」を根拠に進める事になる。これは2023年の夏休みを前に緊急で出されたものだが、現在はこれを見直すとして、専門家会議がスタートした。24年の冬頃には新しいガイドラインがまとまると見られている。うまく行けば、2025年度から新ガイドラインを根拠に、パイロット校以外でもAIを教育に取り入れる学校が出てくるだろう。

 もっとも早急に手を入れるべきは、大学だ。大学教育は学習指導要領やガイドラインに縛られず、各校で独自の教育が可能だ。よって一般教育課程からAIに関する科目を設置することも可能なはずだ。理系はもちろん、文系でも今後はデータサイエンスやAI分析は避けて通れなくなることを考えれば、専門課程でも積極的にAIを取り入れたカリキュラムの再編は必須だ。またこうしたAIに強い大学であることのアピールは、学生の取り合いとなっている現状では大きな差別化要因となりうるだろう。

 すでに社会に出た人に対しては、AWSやリートンのような企業が提供しているプログラムもあるが、それに加えて大学の通信教育等でもITやサイエンスを学びたい人を受け入れる体制も必要だ。これは単に企業や大学がカリキュラムを用意するだけではなく、企業側も有給の整備や学習資金負担といった支援を行う仕組み、そしてその取り組みへの減税といった社会制度も必要だ。

 今日本のAIやデータサイエンスの開発・活用は、「できる人がやっている」だけであるが、圧倒的に人数が少ないわれわれ日本は、それだけでは厳しい。AIの発達によって少ない人数でも社会が回るようにするには、その前段階で「その環境にシフトさせる人材」が大量に必要になる。

 25年度から大学で人材育成をスタートしても、その子らが社会に出るのはさらに4年後だ。つまりここ5年ぐらいが、まさに正念場になるのではないだろうか。

 ではそんな人材が、どこにいるのか。そう考えると、60歳で定年したが年金もらえるまであと5年あるみたいな理系工学系プログラム系の人達は、その間をつなぐバッファーの役割を果たせるのではないだろうか。専門的に3カ月から半年トレーニングすれば、それなりにものになり得る能力がある。

 60過ぎのオジイチャンにAIは無理だろう、と思う人も多いかもしれないが、筆者がちょうど60歳である。隠居するにはまだ早い。かつてこの連載の編集を担当していた松尾公也氏は現在64歳で、AIサービスを駆使した活動が評価され、昨年Internet Media Awardsのメディア・イノベーション部門賞を受賞している。年齢は問題にならないはずだ。

 AI対する学びの場の提供は重要だ。その一方で、この話は時間が限られると考えるべきだ。国策に任せるだけでなく、民間の意識とパワーをそこに回す必要がある。

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