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フリルがメルカリに負けた本当の理由 スマートバンク堀井翔太CEOが語る「エグい学び」の先

ITmedia NEWS 2024年8月29日 17時30分

 「発明したやつではなく勝ったやつが正しいと再認識した」──日本初のフリマアプリ「フリル」を立ち上げた堀井翔太氏は、ライバル企業との競争を経て得た教訓をこう語る。2012年7月のサービス開始から2年後、後発のメルカリが台頭。その後、メルカリは急成長を遂げ、国内で独走するナンバーワンの地位を確立した。

 一方、フリルは2016年9月に楽天による買収を選択。その後、現在の「ラクマ」へと姿を変えた。2社の競争は今でもスタートアップ業界の語り草。堀井氏が24年2月に公開した、メルカリ・小泉文明氏(現在は同社の取締役会長)との会話から得た学びをまとめたブログ記事も、スタートアップ関心層の間でも大いに話題になった。

 フリルはなぜ先行者利益を生かせなかったのか──堀井氏は重要な要因として(1)「戦っているゲームのルールの把握」、(2)「コモディティ化しても強く打てる資金」、(3)「権限移譲とトップの採用コミット」──に反省があったと語る。

 この学びは「メルカリに敗れた悔しさ」を原動力に、堀井氏が起業したフィンテック企業・スマートバンク(B/43)でも生かされているという。フリマアプリ市場での競争で得た“学び”の先、B/43での再挑戦でも生かされる、スタートアップ成功への洞察とは。

●足りなかった「戦っているゲームのルール把握」

 フリルは2012年7月に日本初のフリマアプリとしてサービスを開始し、数々の競合を制して業界トップのポジションにあった。しかし、最終的には後発のメルカリに敗れることになる。その理由は市場の本質的な競争ルールを見誤っていたからだと、堀井氏は当時を振り返る。C2Cサービスにおいては、ネットワークの規模が最も重要だったという。

 「ユーザー体験よりも、実際に売り買いが成立することが重要なんです」と堀井氏。UIが多少劣っていても、取引の規模が大きいプラットフォームを選ぶのがユーザーの基本的な行動原理だった。

 フリルは当初、女性向けの服に特化したサービスとして展開し、機能の差別化や使いやすさに注力していた。2014年7月には月間流通総額5億円を達成するなど、順調な成長を見せていた。しかし、13年7月にサービスを開始した後発のメルカリは、大規模なプロモーションと手数料無料戦略で急速に規模を拡大した。

 特に、メルカリが14年5月から始めた全てのユーザーに対する販売手数料無料キャンペーンは、ゲームチェンジャーとなった。すでに黒字化を果たしていたフリルは、赤字覚悟のこの施策に追随できなかったという。その結果、メルカリはわずか3年で月間流通総額100億円を突破し、フリルを大きく引き離した。堀井氏は「ゲームのルールの把握が足りなかった」と認め、規模拡大が勝利の鍵だったことを十分に理解していなかったと振り返る。

 実はフリルに出資していたベンチャーキャピタル(VC)も、このゲームのルールを十分に理解していなかったという。堀井氏は「C2Cの事業をどう伸ばすべきか、VCにも聞いたんですが、明確な答えを持っている人はいませんでした」と振り返る。12年当時、C2C市場は未知の領域で、勝利の方程式が確立されていなかったのだ。

 結果として、フリルは16年9月に楽天による買収を選択し、その後ラクマへと姿を変えることとなった。この経験は、C2Cプラットフォームビジネスにおいて、単なる機能の優秀さだけでなく、ネットワーク効果の重要性を如実に示している。

 この教訓は、現在のB/43の戦略にも大きく反映されている。堀井氏によると、B/43では単純にコピーされにくいビジネスモデルを選択したという。B/43は、夫婦・家族で使うペアカードやジュニアカードなど、家計管理に特化した決済サービスだ。

 「B/43は金融免許が必要な事業です。参入までに2年もかかる分野なので、簡単にはまねされません」と堀井氏は説明する。

 B/43は、参入障壁の高い金融分野を選択することで、単純な規模の競争を避け、独自の価値提供に注力している。さらに、ユーザーの本質的なニーズに応えることで、ロックイン効果を高めている。

 「一度カードを使ってもらうと、生活に密着したサービスになります。競合が出てきても簡単には乗り換えられません」

●資金力の不足 コモディティ化しても強く打てる資金がなかった

 フリルが直面した2つ目の大きな課題は、十分な資金力の欠如だった。

 「事業会社の出身で初めての起業だったため、お金を稼ぐ経験はあったが、何億ものお金を集めて使う経験に乏しかった」と堀井氏は振り返る。この経験不足が、急成長するフリマアプリ市場での競争において致命的な弱点となった。

 メルカリが大規模な資金調達を行い、積極的なマーケティング投資と手数料無料戦略を展開する中、フリルは十分な対抗策を打てなかった。堀井氏は「同じぐらい資金調達してやり返すしかなかった」と当時を振り返るが、それを実行するだけの準備が整っていなかった。

 日本の主要なベンチャーキャピタル(VC)の多くがすでにメルカリ陣営についていたことも、フリルの資金調達を困難にした要因だった。「私たちが追加の資金調達の交渉をしても、もうメルカリに投資することが決まっているので難しいです、といわれるだけだった」と堀井氏は当時の苦境を語る。

 この苦い経験は、現在のB/43の事業戦略にどう反映されているのか。実は、現在のスタートアップを取り巻く環境は、フリル時代とは大きく異なっている。

 「現在の投資市場はクラッシュして徐々に回復しつつある段階です。そのため赤字を許容してでも急激なユーザー獲得を目指すような資金提供をするVCはほとんどありません」

 この「冬の時代」とも呼べる厳しい資金調達環境下で、B/43は慎重かつ戦略的なアプローチを取っている。堀井氏は「今の市況が許す範囲で成長を目指している」と語る。フリル時代のように大規模な資金投入による急成長が可能な市況ではなく、現在は持続可能な成長モデルが求められているわけだ。

 もちろん、将来的な資金調達の可能性も視野に入れている。堀井氏は「ファイナンスサイドで負けないような勝負ができるかが重要」と強調する。これは、将来の成長機会を逃さないための準備だといえる。

●組織運営の課題 権限移譲とトップの採用コミットの不足

 フリルが直面した3つ目の課題は、組織運営、特に権限移譲とトップレベルの採用に関する問題だった。堀井氏は当時を振り返り、次のように語る。

 「事業がそこそこ大きくなっても、次のプロダクトの仕様で何を追加するか、どういう機能を入れるかなどを、創業者が中心になって話していました」

 この状況が、組織の拡大とともに大きな課題となったと堀井氏は振り返る。

 「製品開発に意識を向けすぎていたため、資金調達や重要な経営判断など、CEOしか行えない決断に十分な時間を割くことができませんでした」

 これは、創業者が細かい製品開発に関わり続けることの本質的な問題を浮き彫りにしている。つまり、製品開発に注力するあまり、資金調達や重要な経営判断といった、CEOでなければできない重要な役割に十分な時間を割くことができなくなってしまうのだ。

 「資金調達も全て私が担当していました。メルカリには小泉(文明)さんのような専門人材がいたと思いますが、フリルではそういった業務も私が行っていたため、その間は事業の進行が停滞してしまうことが頻繁にありました」

 さらに、トップレベル人材の採用にも課題があった。堀井氏は「自分を楽にする人を採らないと、結局権限移譲はできなかった」と反省を込めて語る。つまり、創業者の仕事を代替できるような人材の採用と育成が不十分だったのだ。

 この経験も、現在のB/43の組織運営に生かされている。「現在は、ミッション制を採用しています。例えば、家計管理機能の強化というミッションを持つチームを設置しています」と堀井氏。

 この「ミッション制」により、各チームに明確な目標と権限が与えられている。堀井氏は自身の役割の変化についても語る。

 「私の役割は、各チームに寄り添いながら、彼らがどのような課題解決を目指しているかを把握することです。そして、意思決定プロセスの最終段階で承認を行うという形で関与しています」

 つまり、細かい実務から離れ、より戦略的な判断に注力できる体制を整えているのだ。

●フリルの挑戦が示す日本のスタートアップ環境の進化

 フリルがメルカリに敗れた要因として挙げた3つのポイントは、単なる一企業の失敗談ではなく、日本のスタートアップ環境の成熟過程を如実に表しているといえる。

 特筆すべきは、これらの要因が時間軸とともに変化し、複雑に絡み合っている点だ。12年当時、フリマアプリ市場は未成熟で、まだ成功法則が確立されていなかった。ベンチャーキャピタルですらC2Cサービスの成長戦略を明確に示せない状況下で、フリルは市場開拓の先駆者として「時代の壁」に直面していたともいえる。

 資金調達の面でも、時代による制約は大きかった。当時の日本の投資環境は現在ほど成熟しておらず、大型の資金調達はハードルが高かった。これは個人の経験不足だけでなく、スタートアップエコシステム全体の課題でもあった。

 これらの要因を総合的に見ると、フリルの「敗北」は単なる企業間競争の結果ではなく、日本のスタートアップ環境の成熟過程における犠牲だったとみることもできる。フリルの挑戦があったからこそ、後続の企業がより洗練された戦略を立てられるようになった。

 堀井氏の「発明したやつではなく勝ったやつが正しい」という言葉は、スタートアップの成功にはプロダクトだけでなく「適切なタイミング」が極めて重要であることを示唆している。同時に、先駆者としての挑戦がエコシステム全体の発展に寄与するという、スタートアップ界における「世代間の知識継承」の重要性も浮き彫りにしている。

 堀井氏は新たな挑戦としてB/43を立ち上げた。「プロダクトが人の解決手段になって、行動習慣を変えて社会を変えて、社会をよくできるものになればいい」。B/43の挑戦は、単なる「リベンジ」ではなく、日本のスタートアップ環境の成熟を体現した次世代の挑戦として位置付けられるだろう。

 フリルからB/43へ。その今後の展開は、日本のスタートアップ業界全体にどのような影響を与えるのか。多くの起業家や投資家が、高い関心を持って見守っている。

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