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なぜソニーが? 個人でも使えるようになった、睡眠時無呼吸症候群のリスク計測サービス「Sleep Doc」

ITmedia NEWS 2024年9月5日 16時33分

 睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome:以下SAS)という疾患をご存じだろうか。これは睡眠中に呼吸が何度も止まるというもので、睡眠の質の低下はもちろん、日中に突然眠くなる、集中力が続かないなどのパフォーマンスの低下、さらには高血圧や糖尿病、脳卒中のリスクも増加する。

 厄介なのは、ほとんどの人に自覚症状がないことだ。疾患自体は知っていても、寝ている間の事なので自分では気付けない。家族の指摘でようやく気付いても、なかなか病院に行くまでには至らない。潜在的には日本人のおよそ2200万人がこの疾患に該当する可能性があるといわれている。

 50歳以上の男性約20%に症状があるというこの疾患、まずは自分にどれぐらいSASのリスクがあるのか、正確に知っておくべきだろう。そこで注目したのが、「Sleep Doc」というサービスである。2023年10月に、主に運送・運輸業の法人向けサービスとしてスタートしたが、24年7月からは一般個人でもサイトから申し込みできるようになった。

 申し込むと、計測デバイスが送られてくる。これを装着して2晩計測すると、データがクラウドに送信されて、睡眠状態が解析される。デバイスを返送して2~3日すると、レポートがメールで届くというサービスだ。

 レポートではSASに対してどれぐらいのリスクがあるか、低・中・高の3段階で判定される。低なら可能性は低いが、中以上の場合は専門医に受診した方がいいだろう。筆者も実際に測定してみたところ、中リスクという判定であった。近日中になんらかの形で受診を検討しているところである。

 このサービスを展開しているサプリムは、エムスリーとソニーグループの合弁会社である。エムスリーは一般の人が知ることは少ないが、国内最大級の医療従事者向け情報サイト「m3.com」を運営する企業だ。サプリムではこれまで生活習慣病管理ツール「リカバル」、運動支援アプリ「毎日運動」を事業化してきた。「Sleep Doc」は3つ目の事業という事になる。

 測定のためのデバイスは、ソニー製だ。一体なぜソニーが? そういうところから、詳しく取材してみた。

●もっと簡単に測れないのか

 われわれがエレクトロニクス企業として知るソニーという企業は、2021年に2代目となるソニー株式会社に移管し、オリジナルのソニー株式会社はソニーグループ株式会社となった。これを中核として、ゲームや音楽、ハードウェアや半導体、金融などの会社が傘下にある。

 サプリムの事業を行っているのは、ソニーグループ内で事業開発を行っているスマートライフ事業推進室。主にヘルスケア事業開発を担当している。ソニーグループは、傘下の各会社のセンシング技術を全部活用できる立場にある。

 生体データの取得方法としては、スマートウォッチに代表されるように、PPGセンサーを使うのが一般的だ。時計の裏側からLEDで緑色の光を照射し、皮膚下の血管の血流量の変化をセンサーで測定する。

 もともとソニーでは、スマートフォンなどで広く普及しているIMU(加速度/ジャイロセンサー)を使ってバイタルセンシングができないかという研究を長らく続けていた。14年のCESでは、ウェアラブルセンサーの「SmartBand」や、テニスラケットに装着して打点などを計測する「Smart Tennis Sensor」などを出展している。

 今回ソニーグループが取り組んだのは、このIMUを使って、睡眠時の体の微細な振動、呼吸や脈拍を測定することで、無呼吸及び低呼吸状態を検出できないか、という課題だ。もちろん睡眠時には寝返りをうったり起き上がってトイレに行ったりいろいろな運動が混じるが、こうしたノイズを排除して正確な情報へブラッシュアップすることが必要になる。

 解析アルゴリズムの開発には、臨床試験とのデータの付き合わせや、大学教授との協働などを行い、信頼性を高めた。また計測後のレポート形式にしても、睡眠学の研究者に監修を依頼し、患者自身だけでなく専門医が見ても意味が分かるものに仕上げている。

●医療機関へどうつなぐか

 23年10月にサービスを開始したSleep Docでは、まず運輸・運送業界に着目した。それというのも、国土交通省に提出された順天堂大学大学院の資料によれば、交通事故発生率が健康な人と比べてSASでは約3倍という数字が出ているからである。これは飲酒運転に匹敵する交通事故リスクであるという。加えて日本大学の試算によれば、睡眠障害全体の経済的損失は年間3兆5000億円と推定されるという。

 物流ということからすれば、「2024年問題」はすぐに思い当たるところである。この4月からトラックドライバーの時間外労働が960時間に制限されたのも記憶に新しいところだが、この背景には慢性的な長時間労働により、事故リスクが拡大したことも要因の1つに上げられている。

 SASは関係ないのではと思われるかもしれないが、慢性的な眠気と疲労の区別は困難との見方もある。つまり事故リスクが高まったのは、疲労ではなくSASである可能性も否定できないと言うことになる。

 実際にSASと診断されながらも乗務したことで起こった事故は、すでに20年前から報告されており、トラックに限らず高速バスや路線バス、船舶等で事故が起こっている。これを受けて全日本トラック協会では、2019年4月よりSASのスクリーニング検査助成制度をスタートさせた。

 一方Sleep Docの検査は医療機関による検査ではないので、検査の結果を受けて、改めて専門医の診察を受ける事になる。そこでもう一度、今度は医療行為に属するレベルの検査を行うという流れだ。

 Sleep Docの検査は無駄ではないかと思われるかもしれないが、すでにSleep Docの事を把握している病院も首都圏、中部、関西地域を中心に拡がっており、そこで受診すれば予備検査なしに、すぐ精密検査に移る事もあるという。もちろんそれ以外の地域の病院でも、Sleep Docのレポートを持参すれば、専門医の参考になるだろう。

 すでに23年からのB2Bサービスでは数千人規模でSleep Docが利用されており、医療機関からも高く評価されている。当初は腕時計型の計測器しかなかったが、眠るときに腕に何か付けて寝るのが苦手という声も多かった事から、24年の一般個人向けサービスを展開するにあたり、お腹のあたりにクリップで挟むスタイルの計測器も新規開発した。また国内ではApple Watchの利用者が多いということで、アプリをインストールするだけで計測できるようにした。

 Apple Watchを利用すれば2800円、計測器レンタルでは7980円となっている。約8000円で気軽にリスクがチェックできるわけだが、その後の診察や治療にもお金がかかるわけで、金銭的負担を考えると尻込みする人も一定数いるのではないだろうか。

 SASの検査や治療は、交通事故や疾病のリスクも下げることから、生命保険会社にも歓迎されるはずだ。1度の検査で低リスクと出ても、毎年検査して経過観察するべきだろう。保険会社がSASのリスクに前向きになれば、検査費用や治療費をカバーする保険商品などが登場してもおかしくない。まあ有り体に言えば、ソニー生命やソニー損保は何してんのという話である。

 SASは、特に交通事故の原因になりやすいことから、無関係の人の命まで失われる可能性が高い疾患である。仕事効率が下がるということも重要な話だが、人命に関わるという側面は軽視すべきではないだろう。

 筆者も中リスクと判定されたことから、近日中にオンラインでの診察を申し込む予定だ。定年年齢が65歳だ70歳だといわれている昨今、長く健康で働き続けるためにも、睡眠の改善は社会的にも重点的に取り組むべき課題なのではないかと思っている。

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