2024年7月期テレビアニメの話題作となった「負けヒロインが多すぎる!」(略称:マケイン)は、原作者雨森たきび氏の出身地、愛知県豊橋市を中心とした地域を舞台とする青春ラブコメだ。この豊橋がまさに「地域を挙げて」マケインコラボで盛り上がっている。
取材のため豊橋を訪れると、新幹線豊橋駅はマケインのスタンド看板や映像でにぎやかに彩られ、駅前から拡がる商店街ではのぼりやポスターをあちらこちらで目にし、極め付きは市役所正面に巨大な懸垂幕が掲げられていた。9月29日からは新たなコラボ(JR東海の『負けヒロインのボイスが多すぎる!』/とよはしフィルムコミッションの『豊橋まちあるきスタンプ』)もはじまっている。
アニメの放送・配信前から自治体、地域コミュニティー、そして鉄道会社によるコンテンツツーリズム、地域振興策が積極的に行われているマケインと豊橋について、仕掛け人たちに詳しく話を聞いた。
本稿は前編として、豊橋市 産業部 観光プロモーション課の加藤雄規氏、後日公開の後編では、とよはしフィルムコミッション 事務局長の藤沢英樹氏、東海旅客鉄道 営業本部 需要創出グループ 副長の福井一貴氏に聞く。
●アニメ放送・配信前からコラボが展開
──市役所の懸垂幕はびっくりしました。市をあげてのコラボはどのように始まったんでしょうか?
加藤さん(以下敬称略):JR東海で「推し旅」事業を担当されている福井一貴さん(※)が22年に市役所にお越しになったのが最初ですね。その際のお話しのポイントは2つあって、1つが推し旅の次にある「コンテンツタウン構想」について、もう1つはそれをカプコンさんの「MONSTER HUNTER」(略称:モンハン)でやっていけないかというご提案でした。
※「推し旅」は東海旅客鉄道(JR東海)の営業本部需要創出グループが担っており、福井氏はそこで副長を務めており、後日公開の後編で話を伺っている。またJR東海エージェンシーは製作クレジットにも名を連ねている
――最初は豊橋を舞台としたマケインではなかったんですね
加藤:そうなんです。豊橋はいわゆる観光地ではありません。観光産業に分類される事業者も多くない。そんな場所、しかもいわゆる「聖地」(作品の舞台となった場所)でも何でもない街にコンテンツを投下することによって、人の動き(人流)が生まれ、推し活が繰り広げられ、結果として街も潤う、そんな仕組みを考えたいというお話でした。具体的には「CAPCOM TRIP TOKAI」という取り組みで、東海地方各地の街でデジタルスタンプラリーなどを展開し、東京・大阪からモンハンファンの送客を目指すというコラボが第1弾となりました。
●豊橋がすぐに“乗る”ことができた理由
――豊橋が提案にすぐ乗ることができた要因はあるのですか?
加藤:豊橋はロケ誘致に力を入れてきました。TBSでドラマ「半沢直樹」シリーズ(2013~)などを手掛けられた福澤克雄監督の作品を積極的に誘致し、「ルーズヴェルト・ゲーム」(2014)や「陸王」(2017)などの舞台になっています。「物語の舞台を受け入れる」風土が醸成されてきたところに、モンハンをテーマとしたコンテンツタウン構想の提案があり、やってみようということになりました。
――ロケ誘致は多くの自治体でフィルムコミッションが担当しています
加藤:はい、豊橋市でもマケインのロケでA-1 Picturesのスタッフの皆さんを精力的にご案内していたのはフィルムコミッションでした。それまでも豊橋市とフィルムコミッションは協力してドラマや映画のロケ誘致に力を入れてきたのですが、作品の舞台にはなってもアニメのように大勢のファンが観光に訪れるわけではない……という悩みを抱えていたところに、まずモンハンの企画がやってきたわけです。
JR東海さんと豊橋市は作品を活用してどう観光誘客につなげるかという部分を担当し、制作チームとつながってロケーションを行い、舞台地を作っていくのがフィルムコミッションという役割分担ですね。豊橋市は22年から「豊橋が作品の舞台ではない」このモンハンをテーマにしたコンテンツタウン構想を進めていたので、マケインのロケハンをサポートしていたフィルムコミッションとは別軸での動きだったんです。
一方、JR東海さんは23年12月にマケインのアニメ化が発表される前から、原作ラノベとのコラボを進められていました。
モンハンコラボが進む中で、JR東海の福井さんから「もう1つやりませんか」と提案されたのが、アニメ化が発表されたマケインだったんです。
――フィルムコミッションが進めていたドラマやアニメのロケ活動、JR東海が進めていた原作コラボという歴史があって、現在に至るというわけですね
加藤:そうですね。実は、総選挙の前に市営の動植物園「のんほいパーク」でも原作ラノベとのコラボが行われていたのですが、これは市を挙げてというものではなく、当時の熱心な担当者によるものでした。JR東海さんから総選挙のポスター掲示の依頼が来たときも観光とか地域振興という前のめりなものではなく、「豊橋出身の作家さんの応援になるなら」という気持ちでお応えしていました。
アニメ化発表後、私たち行政に正式にコラボのご提案が来た段階では、フィルムコミッションとA-1 Picturesさんとの間には既に信頼関係ができている様子でした。そこから、JR東海さんのご提案をきっかけとして行政も加わり、観光誘客を目指す現在の形になっています。
●舞台の地域における「三方良し」の関係とは?
ここで少し解説を加えておきたい。今回のマケインのように、アニメの舞台やモデルとなった地域で従来とは異なる観光(コンテンツツーリズム)が盛んになることは珍しくなくなった。
埼玉県鷲宮市が舞台となった「らき☆すた」(2007)でも地元商工会とファン、権利元であるKADOKAWAが協力を得て現在も地元のお祭り(土師祭)などコラボが続いている。JR東海「推し旅」によるコラボも行われ、加藤氏も参考にしたという沼津の「ラブライブ!サンシャイン!!」も成功事例として取り上げられることも多い。
しかし、アニメの舞台となったからと言って、必ずしも地域に恩恵がもたらされるとは限らない。作品が人気となることはもちろん大前提だが、それぞれ異なる思いを持つ地域社会・ファン・権利元が良い関係を築いていることが舞台巡りを楽しく、皆が満足できるものにするために重要だ。
そして、3者(アクター)の関係を良いもの(三方よし)にするためには、更に「タイミング」と「コスト」も重要となってくる。
作品が人気となってから舞台となった地域が準備をはじめていては機会――ファンの盛り上がり以上に、わずか3カ月間の放送・配信で勝負が決まる権利元が作品PRに積極的である時期が重要だ――を逃すだけでなく、自治体や商工会など地域組織が費用を掛けて取り組み(例えばのぼりの製作や掲示)を行うには、通常少なくとも放送・配信の前年度には予算化が完了している必要がある。
「なんだか普段と違う来訪者がいる」と気がついた時点では既に手遅れとなっている可能性が高いのだが、地方自治体も動くとなると議会での説明や説得に難航するという話もよく耳にする。
マケイン×豊橋の事例で注目したいのは、これら3つのアクターの関係・タイミング・コストの全ての歯車が上手く噛み合っている点だ。タイミングについては、地元出身の作者によるラノベが刊行されていた時期に既に熱心な地域のファンが中心となってコラボをスタートさせていたことがアニメ化発表以後の取り組みにもつながっていたことが分かる。一方でコストについてはどうだろうか? 更に話を聞いていこう。
●マケインコラボを支えるJR東海との取り組み
――懸垂幕やのぼりなど、盛り上がりには欠かせない販促物ですが、その費用がどうなっているのかも気になります
加藤:部材費以上に基本的に料率ベースでお支払いすることになる権利料がネックになりますよね。自治体の予算でそういった費用を捻出するのは非常にハードルが高く、そこを解決してくれたのがJR東海さんでした。もちろん市でも予算を確保して取り組んでいますが、「お互いのもつ資源や得意技を出し合って最適解を探っていきましょう」ということで、コンテンツタウン構想についての連携協定を結ぶことができたのです。これは豊橋が舞台となったマケインに限らず、JR東海さんの「推し旅」企画のもと、さまざまなコンテンツで街を盛り上げようという狙いがあります。
コラボの際は、「駅前・街を作品で染め上げたい」ということで、地域の事情に通じた私たちが豊橋の街のどこなら、JR東海さんが権利処理のうえ用意いただいたフラッグやポスターを掲示することができるかを市役所内の各部署にも確認しつつ調査し、その場所のオーナーさんたちに許可を得る、ということをやっています。オーナーさんも地域のためになるならと快くOKしてくれました。
――なるほど、JR東海としては自分たちではリーチしづらい駅の外までコラボが拡がることで、より鉄道利用の促進につながる。自治体としては事業者の販促費で機動的にコンテンツ露出=にぎわいを創出できるというわけですね。さらには特定の作品の人気に頼らず、持続・自走も視野に入れての取り組みでもあると
加藤:その通りだと思います。さまざまなコンテンツとのコラボによってお土産などが売れることが、地元事業者の皆さんに実感してもらえれば、今度は自らそういった取り組みを行おうという機運が高まることにも期待しています。9月29日からはフィルムコミッションが中心となった「豊橋まちあるきスタンプ」がはじまりましたが、まさに地元の皆さんに実感していただきたいという狙いがあります。そして、ゆくゆくは「マケインの街、豊橋」のみならず「コンテンツの街、豊橋」にしていきたいという思いを持って取り組んでいるところです。
こういった展開を可能にした「推し旅」についてはぜひ福井さんにもお話を聞いていただくとして、私も含めフィルムコミッション前事務局長の鈴木恵子さんに感化された関係者は多いはずです。
――マケインのエンドクレジットにもお名前があり、A-1 Picturesとの窓口となっておられた方ですね。残念ながら昨年お亡くなりになったとうかがいました
加藤:「Noと言わないフィルムコミッション」という標語を掲げ、ロケ誘致にとどまらず、その熱量を街づくりにまで拡げようと努力されていた方です。舞台となった学校でも何度も、かなり細部に至る取材があったと聞いていますが、それを実現したのも鈴木さんの調整のたまもので、作品のクオリティーにも良い影響があったと伺っています。行政はあくまで黒子に徹するべきと思っていますが、私自身もこれからも「恵子イズム」を受け継いでいくつもりです。
舞台となった地域の盛り上がりを創出するには、作品の力だけでなく、人手もおカネも必要となる。送客によって直接の利益があり必要なコストを負担したJR東海、鈴木恵子氏が中心となりロケを通じて制作チームとの信頼関係を築いたフィルムコミッション、結果的に両者をつないだ自治体の3者の歯車が噛み合ったのがマケイン×豊橋だ。後編では、フィルムコミッションやJR東海の立役者がどう動いたのかを聞いていく。