Infoseek 楽天

マケイン×豊橋市 “超絶コラボ”実現の舞台裏 作品と地元をつないだキーパーソンたちに聞く【後編】

ITmedia NEWS 2024年10月25日 12時3分

 「負けヒロインが多すぎる!」(略称:マケイン)とのコラボで盛り上がる愛知県豊橋市。アニメ最終話放送の翌日、9月29日からは舞台となった商店街で「豊橋まちあるきスタンプ」がはじまり、本稿執筆時点(10月1日)にはオリジナルスタンプ帳が早くも品薄となっている。

 放送前からの熱量はどこから生まれたのか、豊橋市 産業部 観光プロモーション課の加藤雄規氏に聞いた前編につづき、後編はとよはしフィルムコミッション事務局長の藤沢英樹氏、東海旅客鉄道(JR東海)営業本部 需要創出グループ副長の福井一貴氏にインタビューを行った。

●「No!」と言わないフィルムコミッション

――前編で市役所観光プロモーション課の加藤さんにお話を伺ったところ、市としてモンハンコラボでJR東海との連携が行われていた頃には、A-1 Picturesとのロケが進んでいたそうですね。きっかけはどのようなものだったのでしょうか?

藤沢:私がフィルムコミッションにやってきたのが24年の4月です。23年10月に亡くなられた鈴木恵子さんがそれまでは窓口を務めていました。恵子さんはこのフィルムコミッションを立ち上げた方でもあります。

 記録をたどると22年10月22日に豊橋市中央図書館の開館110周年記念イベントがあり、マケイン原作者の雨森たきび先生と、豊橋を舞台としたマンガ「だもんで豊橋が好きって言っとるじゃん!」(だも豊)の作者の佐野妙先生――このお二人は同級生で非常に仲良しでらっしゃるのですが――をお招きしたトークイベントのなかで、雨森先生が「マケインをアニメ化するのが目標」ということを仰ったんです。

 その年の12月に立ち上がったフィルムコミッションの専務理事となったのがJTBを経て豊橋観光コンベンション協会におられた鈴木恵子さんでした。図書館イベントの盛り上がりをみてマケインを積極的に推していこうという機運が高まったところに、23年3月ごろA-1 Picturesさんからフィルムコミッションにロケの相談をいただき、打ち合わせやロケ地との調整がはじまり、監督、美術の方、EDを作られる方などなど……本当にいろいろな方とロケハンを繰り返していました。ドラマに比べても回数の多さや、取材の精密さに驚かされましたね。

 モデルとなった時習館高校に何度も訪れた北村監督は「母校のように思えてきた」と仰ってました(笑)

●豊橋に根付いた「恵子イズム」

――放送・配信開始が24年の7月ですが、ロケハンの開始が結構間際だったのですね

藤沢:マケインの場合は、原作のなかで舞台となった場所が実名で出てきますので、そういう意味では場所の選定を省いて、いきなりロケや作中に登場する許可を得る調整に入れたという点は大きいでしょうね。また恵子さんが地元で非常に顔が広い方でしたので「恵子さんに頼まれたらとことん一緒にやるしかない」ということで話も早かったのだと思います。

 観光業界出身の恵子さんはいつも「市外から人を呼んで外貨を稼がないといけない」と仰ってました。ロケを通じて街の魅力を知ってもらい、訪問者を増やす。そして、訪れてくれた人が楽しくおカネを使ってもらえる商品を作る、ということですね。その一例が「豊橋カレーうどん」で恵子さんと一緒に何か仕掛けようよ、と盛り上がってうどん屋さんに協力してもらいご当地グルメをつくって全国にPRするに至っています。

 ロケにおいてはいろんな要望が制作サイドから寄せられますが、いきなりNoと言わずに代案も考える、他の地域で断られたとしても豊橋なら何とか形にする、これまでの経験を生かして「次はこうなるな」と先読みして、われわれから助言も行うというモットーも恵子さんが掲げられたものです。

 マケインでは小豆を売るお米やさん――ちなみにモデルとなった米穀店はオリンピック女子マラソン代表の鈴木亜由子選手のご実家です――が登場しますが、ロケハン中にこの近くにお米屋さんはありませんかとのことで、近くのお米屋さんに連絡をして、急きょロケハンをさせていただきました。

――観光プロモーション課の加藤さんが仰っていたように、JR東海や豊橋市のコンテンツタウン構想の枠組みのなかで動くというのはこれまではなかったわけですね

藤沢:はい。フィルムコミッションはあくまで制作陣と動くのが基本です。ただ、恵子イズムにのっとって、作品をきっかけに街を元気にしていきたいということで、「豊橋まちあるきスタンプ」を9月29日からはじめました。これはJR東海さんの第3弾の市内周遊ボイスラリーとタイミングをあわせたものです。

 フィルムコミッションは私も含め3人で現場を担当しているので、なかなか手が回っていないのですが、スタンプイベントをやるにはどうしたら良いか、版権使用料はどれ位かかるかアニプレックスさんにご相談しつつ、豊橋商工会議所青年部の方にもご支援いただきながら参加店舗を拡げていきました。

 今回のスタンプは、アニメの版権そのものではなく、地元のイラストレーターの方にデフォルメキャラを描き起こしてもらい、そのお店や場所のイメージをあしらったりしているものですから、とても細かなところまでアニプレックスさんには監修をいただいています。とにかくはじめてのことなので、いろいろな苦労はありましたね。

――アニメをきっかけとした観光が生まれ、観光業というわけではない地元の事業者や関係者が、自分たちにも恩恵がある、ということを実感し「自分たちでもやろう/続けよう」ということになると良いですね

藤沢:今回の「豊橋まちあるきスタンプ」もそのきっかけになればと思っています。アニメ人気は世界でも強いですからインバウンドにも期待したいですね。そしてマケインを成功事例として、ほかの作品のロケも起点として観光化による街おこしにつなげていきたいと思います。

●鉄道・駅を超えて拡がる「推し旅」

 コンテンツツーリズムにおいて、ファンを現地に運ぶ交通機関が重要であることはよく知られるようになった。鉄道会社での取り組みは「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」(2011)を起点とした秩父を舞台とした西武鉄道の事例(※)が注目されることが多いのだが、マケイン×豊橋でJR東海が果たした役割は送客にとどまらない。

※秩父市を事務局として秩父観光協会、秩父鉄道、西武鉄道、ちちぶ観光機構、秩父青年会議所、駿河台大学、ちっち倶楽部の8団体が参加して「秩父アニメツーリズム実行委員会」が2017年に設立され、秩父商工会議所が版権についての申請・支払をとりまとめている

 あくまでも自社事業の販促という名目ではあるが、作品の放送・配信直後では地域での負担や体制の構築が難しい版権対応を通じて、その盛り上がりを支えることにも一役買っている。最後に豊橋でも第3弾のコラボが行われている「推し旅」事業を推進する福井氏に話を聞いた。

――マケイン×豊橋のコラボでは「推し旅」が早い段階から重要な役割を果たしてきました。まずこの事業の概要や目的を教えてください

福井:21年秋のまだコロナ禍の影響が色濃く、観光需要が落ち込んでいたころにスタートした事業で、平たく言えば推し活を楽しみたいファンの皆さまに移動や旅といったキーワードを通じてサポートを提供しようというものです。マケインのようなアニメだけでなく、アーティストやアイドルのライブ、特定の地域とひも付いていない「モンハン」のようなゲーム、さらには動物園やテーマパークなどさまざまな業界の方々と一緒に沿線でモノづくりをしていこうということを行っています。

 究極的にはJR東海の沿線でのイベントにファンの皆さまが遠征するという形で新幹線をご利用いただくことが目的ですが、まずそのためにも沿線・地元を盛り上げることをさまざまやっています。

――従来、JRといえば「そうだ京都行こう」のように、観光地への送客を図ってきたわけですが、それとは異なるわけですね

福井:観光地を目指してもらう取り組みとは別に、若い人にまずは好きなアーティストやアニメなどの、いわゆる「推し活」を目的にその場所を訪れてもらい、そこで地域の魅力も体験してもらうことで、今度はその地域を訪れてもらいたい、ということに取り組んでいます。

――そんな中でも豊橋で断続的にかなり力を入れてコラボをおこなっているように見えます。コンテンツタウン構想、つまり「一緒に街おこしをしていこう」という動き方にも取材を通じて見て取れました

福井:確かに今年は豊橋×マケインのコラボが多かったですね。豊橋の場合、まず「モンハン」という豊橋に「ゆかりがない」コンテンツを街中に展開することで、ファンの皆さんにそこで楽しんでもらおうという取り組みがまずありました。近年テーマパークでアニメやゲームとのコラボが人気を集めていますが、あれを街という規模でやったらどうだろう、という思いで2年前に提案にうかがったんです。その際も「なぜ豊橋なんですか?」と加藤さんにも聞かれたんですが、特に(コンテンツとの縁という意味では)これと言った理由がないんです、と答えましたね(笑)。

 新幹線の停車駅で、駅から1.5キロ圏内にコンテンツを楽しめるような「見る・食べる・遊ぶ・買う」といった体験ができる場所が整っていて、何よりもコンテンツ、これはモンハンに限らずですが――とコラボできそうな特産物――例えばヤマサのちくわとか、ブラックサンダーとか――が多いんです。ですので、まず豊橋市さんにお声がけしたというわけです。「コンテンツは私たちが誘致しますから、一緒にそれを展開できる場所づくりをしていきましょう」と。

●豊橋市のケースは他の地方でも再現可能か?

――なるほど、その前提があったからマケインでもここまでの盛り上がりが可能となった、とも言えそうですね。一方で、これは豊橋に限らず、いま日本の大都市圏外の地域もさまざまな課題を抱えています。推し旅、コンテンツタウン構想で地域の課題解決につながるような可能性はあるのでしょうか?

福井:若い人が街中を歩き回ってくれるような状況を作りたい、また地元の文化・産業にもスポットライトを当てたいという課題意識は豊橋市さんからは出てきていましたね。まさに「推し旅」やそれを受け皿となるコンテンツタウン構想は、その課題解決につながるものだと思います。

――その効果というのは現れてきているのでしょうか?

福井:われわれとしての直接の成功基準は新幹線の利用客数なのですが、コンテンツが展開された地元企業さんに利益がもたらされることがコンテンツタウン構想の観点からは重要だと考えています。モンハンコラボでは20を超える事業者の皆さまに参加頂いたのですが、数字は公表できませんが非常にたくさんのコラボ商品をモンハンファンの方々に購入いただいています。

――地域にゆかりのないコンテンツを展開した「モンハン」と、とてもゆかりのあるマケインが展開されるということになったわけですが、起点は23年3月の「マケイン総選挙」でしたね

福井:自分で言うのはアレですが、あれはファインプレーだったと自負しています(笑)。恐らくアニメ化が検討されていた時期だと思うのですが、まず22年の冬に小学館さんから私に「豊橋を舞台にした作品があるのだけれど何かできませんか」と連絡があったんです。作品のことや、SNSの熱量を調べたうえで「いまからJR東海として作品を応援します」と決断しました。その第一弾が総選挙で、いま振り返るとあの時点ではわれわれは全くもうからないイベントなんですよね。駅ビル(カルミア)で買い物をしたお客さんに投票を呼び掛けて、1位になったヒロイン(八奈見杏菜)の大きな広告をディスプレイでながしたわけですから(笑)。

 でも、この先行投資はいずれJR東海にも収益をもたらすことになる、と当時社内でプレゼンしました。実際、このイベントで私自身もコンテンツタウン実現の道筋がつかめたんです。まだモンハンコラボもはじまる前でしたが、地元の方々がこうやって作品を応援してくれるという機運が目に見える形になれば、コンテンツタウンが実現できると。だから、利益がでるものではないけれど、とにかくポスターを作って、カルミア以外の地元のお店やホテルの方々にもそれを貼ってもらうようお願いして回りました。

――このときの投票権は駅ビル「カルミア」での買い物が前提ですから、それ以外のお店には直接はメリットはない、にもかかわらず、ですね

福井:そうなんです。実際、門前払いされてしまったこともありました。でも、加藤さんはじめ市の方々、そして商工会議所の方々も協力してポスター掲示を進めていただけました。なにかすごい作品展開をJR東海が豊橋に持ってこようとしている、という期待や、マケインを街をあげて応援しようという機運の高まりを作ってもらえたのだと思っています

――フィルムコミッションが豊橋をロケ、つまり作品の誘致で盛り上げようと積極的に動いていたことも、その機運の背景にありそうですね

福井:その通りだと思います。総選挙の成功もそれがあってこそですね。

――そこからアニメ化の発表がありました。鉄道会社が鉄道や駅をある意味「越境」して街での版権の展開も集約するというのは前例がほとんどありませんから、また説明・調整が必要になりますね

福井:原作の版権からアニメの版権を活用したものへと、またイチからのモノづくりではありましたが、マケインについては特に豊橋という要素を大事にしよう、という共通意識があったのは大きかったと思います。ただ仰るようにコンテンツタウン構想でのお話ははじめてだったので、「なぜJR東海が? 豊橋市はどういう立ち位置?」という、まさにこの取材のような確認作業は結構時間を掛けておこないましたね。

 私が当時いつも言っていたのが「あまり深く考えずにいきましょう」ということですね(笑)。地域とコンテンツが盛り上がるなら、誰がやろうが構わない。アニメ会社でも、豊橋市でも良いし、フィルムコミッションでも良いけれど、ただJR東海を使わない手はないんじゃないですか、と。私たちには「着地でのイベントづくり」のノウハウがある。私たちを巻き込んでもらえれば、実際、総選挙がそうであったように、ファンが大勢いる東名阪という大都市圏で告知を展開し、彼らに豊橋に足を運んでもらって、地元の産業にもメリットを生み出せるものだと思っています。

――現在、まちあるきスタンプを展開しているフィルムコミッションとはどのような関係なのでしょうか?

福井:フィルムコミッションとは以前より交流がありましたが、私としても、企業がずっと主導するのではなく、地元が自ら仕掛けを作って行くことが、コンテンツが長く地域に根づくには欠かせないと考えています。その応援を引き続き行っていきたいですね。

 人気作品の舞台となったことがきっかけとなり、JR東海が積極的に関わることで応援の機運が高まっていった豊橋。コンテンツツーリズムにおける三方良しの関係構築に鉄道会社も版権窓口――ひいては地域にどれだけの利益が生まれているかの計測も可能であるはずだ――として、大きな役割を果たしている。ロケ地誘致にとどまらずそれを地域の活性化にもつなげようとする関係者の長きにわたる努力がそこにあり、その努力だけでは解決が難しい課題を企業が自らにもメリットのある形で解決できる可能性があることは、物語コンテンツ(著作物)を活用した地域振興のモデルケースの一つとなり得るはずだ。

この記事の関連ニュース