NHK放送文化研究所が2021年に発表した「国民生活時間調査2020」によると、テレビを見る人(1日に15分以上テレビを見る人)は全体の8割を切り、16~19歳では5割を下回った。すでに日本国民の2割以上はテレビとあまり縁のない生活を送っていることになるが、NHKのネット受信契約が始まると、そんな人たちもスマホ操作を誤ると受信契約を求められそうだ。しかも誤りやすい状況ができようとしていた。
2025年10月から「同時配信」「見逃し配信」「番組関連情報の配信」を必須業務として展開するNHKは、ネットサービスの提供イメージについて、9月に一部メディアを集めて説明会を実施した。この時の資料と報道から、ネット上の受信契約手順(案)とその画面には、いわゆるダークパターン(ユーザーを騙し、人々の判断を誤らせるインタフェース、総務省の資料より)が含まれているように見受けられる。
●「同意して利用する」クリックは「テレビの設置」と同じ
まずNHKが示したイメージ画像をみてほしい。ユーザーがNHKのコンテンツを見ようとした際、Webブラウザ上に、この「ご利用動向の確認」が表示される。
「NHKのニュース・番組などの全コンテンツを受信・視聴するにあたっては放送受信契約が必要になります。なお、お住まいの地域を選択していただくと、緊急時のお住まいの地域の災害・避難情報をお届けできます」──そんな文言と地域選択のプルダウンメニューがあり、その下に「同意して利用する」ボタンがある。契約する場合は、同意ボタンを押した後で別途アカウント登録や受信契約を行う。
重要なのは、NHKは、利用者が「同意して利用する」ボタンを押した場合、これまでのテレビ放送でいう「テレビを設置した状態」となり、契約義務が発生するとしていること。この仕組み自体も物議を醸しそうだが、ここでは確認画面(案)のおかしい点に着目する。
「ご利用動向の確認」の文章には“契約義務”といった文言は見当たらず、その説明もない。ユーザーは約款(放送受信規約)なども確認していない。ここでは契約義務が発生するだけで、契約自体は後で行う手順になっているためだ。これではボタンをクリックすることの重要性を利用者は全く理解できない。
説明文もおかしい。「受信・視聴する」「放送受信契約」といった言葉はテレビ放送に使われる用語で、ネットサービスの説明になっていない。利用者は「テレビ放送を見る場合の話」と思い、ネットコンテンツと直接の関係はないと勘違いするかもしれない。
さらに契約とは直接関係のない災害・避難情報の説明とプルダウンメニューがあることで、利用者は“災害情報提供に関する同意ボタン”と勘違いするおそれもある。震災を取り上げた番組紹介を挟むパターン(画像=左)はなおさらだ。
これらはダークパターンの類型の1つ「インタフェース干渉」に該当する可能性が高い。
●そもそもダークパターンとは?
ダークパターンは、2010年にUXデザイナーのハリー・ブリグナル氏が開設したWebサイト「DARK PATTERNS」(現在は改称)によって広まり、その後の研究で類型化も進んだ。近年は欧米を中心にダークパターンを規制している国や地域も多い。
インタフェース干渉は、OECD(経済協力開発機構)など複数機関の類型の中に見られるメジャーな手法だ。情報のフレーミング、つまり表現の仕方で情報の印象を変え、事業者にとって都合のよい行為を促す。
NHKの「ご利用動向の確認」画面では、契約義務という重要な情報を出さず(隠し情報)、放送用語や災害情報で誤解を与えかねない(注意そらし)内容になっている。意図的かどうかは別にして、複数のダークパターンが含まれているとみられる。
このうち、文言に放送用語が使われた理由については、一つ心当たりがある。9月に行われた「NHK受信料制度等検討委員会」資料に、受信料を地上契約と同額にする場合に「新たな種別(地上契約のような種別)を設けることなく、地上契約と区別せず取り扱うことに合理性がある」という文言が出てくる。理由は「支払者の視点からすると困惑するおそれがある」からだという。
しかし地上契約と区別しないことがユーザーを惑わせる文言の原因になったとしたら本末転倒だ。NHK受信料制度等検討委員会に名を連ねる大学の先生方は、この画面を見てどう思うのだろうか。
●NHKの見解は?
NHKに上記のダークパターンに関する説明や参考文献へのリンク、ダークパターンに見える理由を細かく書いて見解を求めたところ、以下のような返答があった。
「受信開始の確認ボタンはテレビの設置と同じ意味を持つことを十分に理解してから押していただく、受信を開始した後には契約と支払いをお願いするという、これまでの流れは変わりませんが、受信契約の対象となるサービスの受信開始までの手続き、受信開始後の利用アカウント登録や契約確認までの手続き、解約の手続きなどについては、視聴者・国民の皆さまに誤解が生じないものにすることが重要だと考えています。今後、様々な観点を踏まえて、画面表示の方法・内容も含めた手続きの詳細を検討してまいります」(全文ママ)
「誤解が生じないものにすることが重要」という言質は取れたが、ダークパターンという指摘に対する見解や反論は得られなかった。
後編「NHKのネット受信契約(案)、一度“同意”したら取り消せない、は取り消しか」では、引き続き受信契約の手順(案)や解約方法について、NHKの見解を交えつつ取り上げる。