電子書籍や音声作品のダウンロード販売サイト「DLsite」のメールマガジンを読んだことはあるだろうか。中にはまじめなものもあるが、一方ですさまじく強烈な内容のものもある。特にアダルト系は顕著で、どれくらい強烈かというと、これくらいだ。商業メディアのリード文に載せるにはいささかはばかられる“ドスケベさ”なので、ぜひリンク先から読んでほしい。
「ばか過ぎて感動する」と時折Xなどでも話題になるDLsiteのメルマガだが、実は制作しているのは、若手女性社員率いるチーム。運営元・エイシスのマーケティング部門に所属する女性リーダー1人、男性メンバー2人からなるチームが手掛けているという。
「一見ふざけているかもしれませんが、実はこだわりを持って取り組んでいます」──チームを率いる内藤さん(マーケティング部 マーケティングチーム CRMユニット サブリーダー)は、自身が書いた件名についてこう話す。パッと見は“ドスケベ”なだけのメルマガかもしれない。しかしその仕事ぶりからはチームの真剣なまなざしと活躍がうかがえた。
※本人たちの希望により、メルマガ制作チームの名前はフルネームではなく名字のみで記載しています。
●男女がジャンル問わず執筆 プロフェッショナルな仕事ぶり
DLsiteのメルマガは、同人作品などのセールやキャンペーン、新作の告知を目的に配信しているもの。頻度は海外向けを含め週に20回、配信通数は月間で数千万件規模という。
同社のマーケティング部門は30人ほどが所属しており、内藤さんたちもその一員。3人は、同人作品、成年コミック、ゲームソフトなどを担当している各事業部から依頼を受けてメルマガを作成しているという。
どんな商品のメルマガを書くかは都度割り振る仕組みだ。女性が女性向け、男性が男性向け作品のメルマガを書くのはもちろん、男性が女性向け作品のメルマガを書く場合や、その逆もあるという。内容は会議での合意などではなくそれぞれが自身の判断で決めている。
内藤さんは各メンバーの仕事について「互いの仕事ぶりを見ていても、素知らぬ顔でDLsiteらしい件名を作る姿はプロフェッショナルな印象を受けます」と評する。
●メルマガ“ドスケベ化”の背景 きっかけは2019年
しかし、DLsiteのメルマガは最初から突き抜けた文面だったわけではない。DLsiteのメルマガが、現在のような形になったのは2019年ごろ。同社マーケティング部門の始動と同じタイミングだった。同部門が従来のマーケティング戦略を大きく変える中で、メルマガ施策にもメスが入った。
以前のメルマガは現在のような形ではなく、開封率などに課題もあったと、同社のマーケティング責任者である谷島貴弘さん(マーケティング部/コンテンツ部 ゼネラルマネージャー)は振り返る。当時のメンバーからは「クーポンの割引率を上げても、開封率や売上が向上しない」との相談もあったという。
相談をきっかけに「割引率を上げるだけではお客様の心を動かしづらいのでは?」という気付きを得たという谷島さん。「メルマガは受け取ることを許諾したお客様しか受け取ってはもらえない。お客様が何をDLsiteに望んでいるのか? 潜在ニーズを掘り起こすことが必要」と考えた。そしてこの問いの答えを探るうちに「そもそもメルマガ自体の存在を認知してもらうことが重要ではないか?」という結論にたどり着いた。
「最終的には『メルマガを受け取っていない人に、メルマガを認知してもらう』という目的に切り替えると成果が上がるのではないか? という結論に至った」(谷島さん)
この目的ならば、達成の自信があったと谷島さん。なぜなら、DLsiteはコアな作品の宝庫。「メールタイトルをDLsiteの魅力あるコアな作品のような文面にし、まずはメルマガ自体をコンテンツにすることで、DLsiteのお客様がSNSで面白いとネタにしてもらえるはず」──その結果、生まれたのが、冒頭で見せたようなメルマガたちだったわけだ。
方針転換によって「メルマガを受け取っているお客様がSNSで投稿し、その投稿がバズってメルマガ自体が認知されやすくなった」という。詳細な数字は伏せたが、開封率やメルマガの認知度も伸び、売上向上にも貢献。マーケティング部にとっても成功体験になったという。
●チームメンバー3人の多種多様なバックグラウンド
文面に反して真剣な経緯で生まれたDLsiteのメルマガ。現在作成を手掛けている3人は、それぞれ異なるバックグラウンドを持つ人材だ。
リーダーの内藤さんは、新卒で“3次元”のアダルトコンテンツを扱う会社に入社。その後ITコンサルタントなど数回の転職をへて、エイシスにたどり着いたという。
「もともとDLsiteユーザーで、男性向け作品、女性向け作品、BL作品を買って楽しんでいたので、どのメルマガを作ることにも抵抗がありませんでした」(内藤さん)
メンバーの一人、渡邊さんは、インターンでDLsiteの運営に携わったことがきっかけで入社した。
「もともと同人作品を鑑賞するのが趣味で、ジャンルの知識は蓄えていたためメルマガの作成を大変だと感じることはありませんでした。知らないニッチジャンルに出合える可能性があるのでそれが楽しみの一つです」(渡邊さん)
同じくメンバーの中軽米(なかかるまい)さんは学生時代、自然科学の研究をしていたという。しかし「2次元に救われてきた人生だったので、インターンを経て新卒入社という形で今に至ります。正社員となってほぼ同時期に、メルマガ作成を担当することになりました」という。
「学生時代から、同人作品というクリエイターの個性が濃く出るものを楽しむのが好きでした。男性向け女性向けなど広く触れてきていたので、ジャンル違いなどに対する抵抗や大変だという印象は持ちませんでした」(中軽米さん)
●教えて、仕事の楽しさとやりがい 3人に聞いた
3人は自身の仕事の楽しさややりがいについて、それぞれ以下のように意気込みを語る。
「メールマガジンを担当していて最も楽しいのは、ユーザーからの反応をダイレクトに感じられるところです。開封率やクリック率などの定量的なデータはもちろん、Xでの言及といった定性的な反応も大きな励みとなっています。どういった内容がユーザーさんに響くのかを見極め、その結果を次回に生かせるかがやりがいにつながっています。またメールを開封してもらえるかどうかは、件名にかかっています。だからこそ、一見ふざけているように見えるかもしれませんが、実はこだわりを持って取り組んでいます」(内藤さん)
「メルマガ作成の中で特に楽しいと感じるのは、ユーザーと直接コミュニケーションが取れる点です。メールへの反応は毎回異なり、どんな要素に興味を持たれるのかを解明していくのはまるで謎解きのようで非常に興味深いです。特に件名はユーザーの皆さんが最初に目にする重要なコンテンツなので、パンチの効いた表現になるようにこだわりを持って作成しています」(渡邊さん)
「開封率やクリック率だけではなく、SNSなどでメールマガジンに対する生の反応を見られることが日々のメルマガ作成をするうえで特に楽しく、やりがいとなっています。見られないと始まらないメルマガだからこそ、ただ情報を届けるだけでなくユーザーさんが面白がって興味持ってくれるものを作れるよう考えて日々まじめに作成しています。より印象的で、より強烈な一撃を与えられるような件名を求めて修行を重ねてまいります」(中軽米さん)
3人の活躍により、メルマガによる発信の需要もさらに高まっているという同社。現在は組織の拡充に向け、新しい人材も募集中という。