11月に開催された「Inter BEE 2024」のソニーブースでは、各種クラウドソリューションが前面に押し出されていたわけだが、その中でよく分からなかった展示が、「Contents Production Accelerator」である。来場してソニーブースに立ち寄った人は多いと思うが、これがなんなのか分かった人はほとんど居なかったのではないだろうか。
一応カメラからファイルが来てます的なものが動いているのは確認できたが、まあそれだけではさっぱり分からない。それもそのはずで、このソリューションはまだ完成しておらず、ある意味開発発表といった意味合いで展示されていたものだ。こうしたコンセプト段階のものを、誰でも立ち寄れる、ある意味競合他社でも見に来られるオープンスペースで公開するのは珍しい。
これは一体何なのか、詳しい話を聞いてみた。
●IPソリューションの現在地
「Contents Production Accelerator」は誤解を恐れずに言えば、「次世代報道編集支援システム」である。もっとも機能的には特に報道に限るというものではないことから、あえてソリューション名には「NEWS」とか「報道」とかを含んでいない。
報道は、テレビ放送のもっとも強みとなる部分だ。リアルタイムで現場とつないで中継することもあるし、特集として長期取材を行った編集ネタもある。あるいは定時のニュースまでに起こった事件事故を取材・編集して、デイリーニュースとして報じる場合もある。
いわゆる報道系と呼ばれる番組ジャンルの特徴は、スタジオ部分は生放送であることだ。ニュース番組は当然だし、お昼のワイドショー系情報番組も、報道の枠に入る。またライブ中継という意味では、サッカーや野球の中継放送も、報道的手法による番組と言える。
放送局のIP化と言えば、昨今はOAに関わる基幹システムのIP化を指すところだが、実は局内編集部分においてはかなりIP化は進行している。その理由は、取材カメラがもはやテープベースではなく、ファイルベースになったからだ。
素材はいったん素材用ビデオサーバに集積され、そこにネットワークでぶら下がっている編集システムが素材を引っぱってきて編集し、完成Vをサーバへ送る。ニュース送出プログラムはその完成Vを拾って登録し、台本順に放送していくわけだ。
こうしたファイルベースの報道編集支援システムは、すでに2010年から2014年ぐらいまでには各局に整備された。だがこうしたシステムは全て、各放送局が独自に仕様を決めてベンダーに開発させた、いわゆる一点ものである。これまでのやり方を変えずにIP化するには、こうした方法しかなかったわけだ。
もちろん、開発コストや時間は膨大にかかった。OSのアップデートもままならず、基本的には塩漬けで使うシステムである。いまだWindows 7で動いているシステムもザラだ。さらにそのメンテナンスともなれば、開発ベンダー側にもめちゃくちゃ負担がかかる。サポート終了OSを無理して使い続けているわけだから、セキュリティレベルも下がる。
放送局の設備更新は、だいたい10年から12年周期で行われる。初期に導入した編集支援システムも、更新時期にさしかかっているわけだが、いわゆる一点もののシステムの問題点も見えてきた。開発コスト、開発期間、メンテナンスコスト、セキュリティといった課題を解決できない。
初期IPシステムは、とにかくベースバンドでやってきたことと同じ事ができるようにして欲しいというところからスタートした。だが局内IPシステムも第2期を迎え、もう少しIPならではのメリットを生かしたいといった具合に、局の意識も大きく転換している。
●“注文建築”から“建売”へ
そこでソニーでは、局の都合に合わせた一点ものではなく、どうせならもう少し汎用性の高いシステムに入れ替えませんか、という提案を考えたわけだ。
「Contents Production Accelerator」を担当するソニーマーケティング B2Bプロダクツ&ソリューション本部の統括課長 庄野 雄紀氏は、この考え方を独特の言い回しで表現する。
「従来はお客様に対して、重厚長大な”注文住宅”を作るっていう世界だったんですけど、 ある時から標準的なモデルを組み合わせることによっても、お客様のニーズをより効率的に満たすことができるっていうところが見えてきたんです」
例えば「Ci Media Cloud」は、わざわざカスタマイズしなくても、そのままの機能で多くの映像制作会社やハリウッドの映画制作会社には受け入れられている。放送局の報道においても、生放送というタッチーな部分の直前、編集支援システムのところまでは標準モデル、すなわちSaaSでいけるんじゃないか、という話である。
SaaSのメリットは、その代表選手であるMicrosoft 365を考えれば分かりやすい。現在ビジネスシーンではメインストリームとも言えるオフィスツールだが、標準的な機能でビジネスは十分に回るし、特殊な用途に関してはマクロを組んだりプラグインの追加でカバーできる。アップデートが行われれば、全てのユーザーに恩恵がある。何より、特注開発よりも圧倒的に安いし、出来上がったものを入れるだけなのので、開発期間という待ち時間も実質ゼロだ。
開発するソニーにもメリットがある。これまで一点もののメンテナンスのために、開発環境や開発資料、技術者を10年以上キープしなければならなかった。いつお呼びがかかるか予測できないが、もう10年前なんで分かりませんと投げ出すわけにもいかない。そうしたメンテナンスのための「維持」が不要になる。SaaSなら常に最新システムだけを面倒みていけばよくなる。
「Contents Production Accelerator」は、報道編集支援のバックボーンプラットフォームというか、いわば1つのパッケージ商品となる。編集システムは、報道系で採用の多いEDIUSにまず対応し、その後順次他のソフトウェアも対応していくという。EDIUSはさまざまなファイルフォーマットをネイティブで読めるところにメリットがあり、プラットフォーム側ではただ素材を変換せずそのまま通せばいい事になる。
●これからのキーは「ニアライブ」
現場で起こっていることを撮影し、いち早く電波に乗せるというのは、報道の究極の形である。そのために中継車があるわけだが、中継車の数には限りがある。日本では法的な問題で実現しなかったが、ソニーでは2000年以前から衛星回線を使い、カメラとその周辺機器だけで局へ映像を直接送るというソリューションを、Betacam SXでやろうとしていた。
その後4Gや5Gといったキャリア回線の高速化により、LiveUやTVUPackを使って映像をライブでストリーミングするという手法が一般化された。だが実際には、フレーム落ちや遅延なしで放送品質のライブ映像を保証するのは、大変リソースを食う。出払っているあらゆるカメラにそれらの機材を搭載するわけにもいかず、また受け側のサーバにもリソースの限界がある。
そこで昨今注目されている技術が、カメラの録画中にある程度の量がたまったら、そこから順次小分けファイルとしてクラウドに送るという手法である。最小が30秒単位のぶつ切りなので、ライブではない。最低でも30秒遅れになる。だがライブストリームを送るのではなくファイル転送なので、均一なスピードが出なくても構わない。
待ち構えるクラウド側は、最初の30秒が届いた時点でファイル化するが、次が届けばそれを同じファイルに継ぎ足していくので、ファイルはどんどん伸びていく格好になる。最初にファイルができた時点で、プレビューや編集作業が開始できる。つまりライブではないが、「ニアライブ」ではある。
編集が前提であれば、実際にはこれで十分だ。これまではカメラが局に帰ってこなければ着手できなかった編集が、現場から30秒遅れで着手できる。送るのはプロキシだが、昨今はフルHD解像度のH.264で16Mbpsぐらいある。そもそも地上波放送が1440×1080解像度でMPEG-2の16Mbpsしかないわけだから、それだけあればオンエアに耐える画質だ。
こうした転送方式は「チャンク転送」と呼ばれ、ソニーのカメラではPXW-Z280、今年9月に出たPXW-Z200、シネマラインのFX6が対応している。現在ソニーには、5G対応ポータブルデータトランスミッタ「PDT-FP1」という製品がある。スマホ技術を使ったカメラ映像伝送器だが、これと上記のカメラを組み合わせることで、キャリア回線経由のチャンク転送が可能になる。「Contents Production Accelerator」は、このチャンク転送による「ニアライブ」をフル活用するシステムとなる。
撮影している最中にどんどん映像が転送され、編集にかけられるというソリューションは、もう30年ぐらいあれやこれやと各社が模索し続けているわけだが、コスト面やリソース面で常用できなかった。「Contents Production Accelerator」によって、これがようやく実用レベルで普及しそうだ。