iPhoneにタイヤをつけたようなクルマ」と表現されるTesla。IT・ビジネス分野のライターである山崎潤一郎が、デジタルガジェットとして、そしてときには、ファミリーカーとしての視点で、この未来からやってきたクルマを連載形式でリポートします。
2024年10月10日、世界中のTeslaファンが待ち望んでいた発表がありました。かねてより、イーロン・マスク氏が予告していた完全自動運転のタクシー「Cybercab」です。
「We, Robot」と題された今回の発表イベントは、ハリウッドのワーナー・ブラザースのスタジオで実施されました。スタジオツアー向けと思われるノスタルジックな町並みの中を20台のCybercabが実際に人を乗せて自動運転で走行していました。日本でいうと太秦映画村の中を走り回る感じでしょうか(違うか……)。
何はともあれ、Cybercabのプロモーション動画をご覧ください。キャビンの前方に、大きなスクリーンが設置されているだけで、ハンドルはありません。移動中にオンラインのビデオ会議、動画の鑑賞、睡眠などを行う乗客の様子が描かれています。
中には、「My hooman will be back」と映し出されたスクリーンの前に、犬(おそらく柴犬)がちょこんと座っているシーンもあります。ちなみに、「hooman」というのは、動物目線による「人間」という意味だそうです。
この動画にあるような世界が現実のものになったらと思うと、今からワクワクします。ただ、現在のTeslaの自動運転FSD(Full Self-Driving)バージョン12は、ドライバーの監視を必要とするものです。
順番としては、ロボタクシー事業を始める前に、完全な自動運転を実現しなければなりません。イベントに登壇したイーロン・マスク氏は、25年にはテキサス州とカリフォルニア州でModel 3やModel Yによるドライバー監視なしのFSDを可能にすると発言しています。
ただ、監視なしの自動運転は当局の認可が必要なので、本当に実現するのかどうか現時点では疑問符だらけです。いつものマスク節全開で、我田引水な時間軸を口にしたものなのか、既に当局との折衝が進行しており、ある程度見込みが立っているのか、そのあたりはなんとも分かりません。
●米国ではロボタクシーがすでに営業中
Alphabet傘下のWaymoは、完全自動運転、つまり無人走行による配車サービスをサンフランシスコ、フェニックス、ロサンゼルスなどで開始しています。
テクノロジー系ジャーナリストの西田宗千佳さんが「グーグル兄弟会社の自動運転タクシー『Waymo』に乗ってみた」という動画を公開しています。ネット上には他にも日本人による体験記、目撃談、動画が散見されるので、前述の都市では、日常的な光景になっているのかもしれません。
12月に入り朗報が飛び込んで来ました。Waymoは、配車アプリのGOや日本交通との協業で25年初旬に東京都の港区、新宿区、渋谷区、千代田区、中央区、品川区、江東区などで自動運転技術の導入に向けた実証実験を実施するそうです。いきなりドライバーの監視なしの無人走行というわけにはいかないようですが、一歩前進であることは事実です。
●自分のTeslaがロボタクシーになる!?
マスク氏は、イベント登壇時に次のように発言しています。「Cybercabを大量に生産するより前にあなた方は、監視なしのFSDを搭載したModel 3やModel Yでロボタクシー事業を経験することになる」(意訳)と。
いつも通りの微妙に支離滅裂気味なスピーチなので、英語読解力の低い筆者の解釈が正しいか自信はありませんが、要は、フリート車両(現在ユーザーが運用しているクルマ)に監視なしのFSDを搭載し、それを利用して各ユーザーが配車事業に参入できると言いたいのでしょう。
それが実現するのが、監視なしFSDが認可される25年という理解でいいのでしょうか。ただし、マスク氏自身はその後、「僕の時間観念は楽観的に過ぎる傾向があるかもね」と自虐的な発言の後に「2026年…、いや2027年までに...」と言い訳をして笑いを取っています。
仮に、フリート車両に監視なしFSDを導入するだけで、一般ユーザーによるロボタクシー事業が可能になるなら、普段はガレージで眠っている愛車のTeslaが、街の中を自動で走り回ってタクシーとしてお金を稼いでくれる、などという夢のような未来がやってくるかもしれません。
とはいえ、技術的には可能でも、制度や慣習がそれを許さないというのは百も承知です。米国の制度は分かりませんが、緑ナンバーとして事業用車両の運用が許可制になっている日本ではとてもではないですが、簡単な話ではないでしょう。ライドシェアを導入するだけであれだけ大騒ぎしている国ですから。
そもそも、日本でドライバーなしのレベル5の完全自動運転が一般の車両に認可される日はいつになるのでしょうか。各国における自動車機能の相互承認を実現するための国際的な枠組みとして国連傘下の「自動車基準調和世界フォーラム(WP29)」があります。
自動運転等の技術基準も検討されており、欧州、日本を含むアジア諸国も参加していますが、米国だけは別の基準の下で認証されています。従って、監視なしFSDが米国でOKになったからといって、日本を含む各国で実現するとは限らない、というのが現状のようです。
特に日本においては、統計的な根拠を示し自動運転の方が人間より安全であるとした場合でも、「安全」以上に「安心」を求める国民性が、それを簡単には許さない可能性もあります。
ちなみに、先頃、自動運転スタートアップのティアフォーが、長野県塩尻市の一般道におけるレベル4自動運転の認可を得ました。あくまでもコミュニティーバスによる運用ですが、日本にとっては大きな1歩なのでしょう。
●免許の返納日までにロボタクシーの実現を
フリート車両によるタクシー事業への道のりは遠いのかもしれませんが、個人ユースの範囲内でのロボタクシーが実現するだけでも、われわれの生活は大きく変わる可能性があります。
例えば、朝、最寄りの鉄道駅まで愛車で出かけ、そのまま電車にのって出勤するものの、愛車は、自動運転で自宅のガレージに帰ります。そして、仕事が終わり、最寄り駅に到着する時間を目指して、愛車が迎えに来てくれる。そんな生活が可能になるのかもしれません。
今回のイベント動画には、ドジャー・スタジアムやロサンゼルス空港の巨大な駐車場が緑豊かなスペースに変わるCG画像が示されていました。ロボタクシーが実現することで、駐車場というスペースが不要になり、都市部の緑化を推進することができるという主張です。
先日、クルマ好きの友人との会話で「自動運転のクルマなんて面白くないだろ」という話になりました。確かに、筆者は「クルマ好き」というより「運転好き」な一面があるので、Cybercabのようなハンドルのないクルマには興味がわかないのかもしれません。
ただ、選択肢が増えるというのは素晴らしいことで、今は興味が無くとも、いざ免許の返納というXデーを迎えたその日には、移動の自由を確保するために、3万ドル(約450万円)を捻出してCybercabを購入するかもしれません。Cybercabの日本導入が早いか、筆者のXデーが早いか、We, Robotのイベント動画を見ながらそんなことを考えました。