2024年4月から日本型ライドシェアが始まりました。今回は、東京においてTesla Model 3でライドシェアドライバーとして働いている山野晃弘さんを紹介します。ライドシェアの実際やModel 3での業務の様子などを取材しました。
大前提として、最初にお断りしておくことがあります。山野さん自身、副業としてライドシェアに従事していることは事実です。
しかし、ライドシェアを始めたのには別の目的もあります。山野さんの本業は、ゼップエンターテインメントという環境コンサルタント企業の代表取締役です。あるタクシー会社に太陽光パネルの設置を提案しにいった際、その会社の顧問として参画するように依頼を受けました。
しかし、山野さん自身タクシー事業や業界に対する知識はありません。そこで、自身でライドシェアドライバーを経験することで、まずは現場の実情を知ろうと考えました。従って、一般的なライドシェアドライバーと異なり、副業として収入を得ること以外の目的もあるということを知っておいてください。
●タクシー会社のドル箱である羽田空港での営業は禁止
山野さんの自宅は千葉県木更津市です。週3~4日実施している業務の始まりは、朝6時頃自宅を出て東京湾アクアラインを経由し、環状8号線と第1京浜道路の交差点あたりを目指します。環状8号線の内側が業務エリアです。
日本型ライドシェアの場合、地域毎に業務可能な曜日や時間枠が規定されており、山野さんは、基本的に平日の午前7時から11時の枠で乗務します。7時までにコンビニ等でトイレを済ませ、スマートフォンを利用してアルコールチェックや出勤報告を行い業務開始です。
たいてい、7時15分~30分くらいの間に専用アプリに配車の連絡が入ります。山野さんの場合、その時間帯は大田区あたりから都心に向かって出勤する顧客を乗せることが多いといいます。
出勤組の時間帯が終わると、次は都心の繁華街に向かう湾岸エリアや大崎・品川あたりのタワーマンションの乗客を乗せることが多いそうです。そして、規定に従い午前11時に業務を終了します。
ライドシェアでは通常のタクシーの様に流しで乗客を拾うことは許されていません。全て配車アプリ経由の割当のみです。「おそらくスマホをお持ちではないのでしょう。移動中、交差点などで、明らかにタクシーを拾おうとしている老人に遭遇することもありますが、ルール上、乗せることはできません」(山野さん)と表情を曇らせます。
また、環状8号線と第1京浜道路の交差点で業務を開始するのであれば、羽田空港にはタクシーを使いたい顧客がたくさんいるように思うのですが、「現状、羽田空港への配車はライドシェアには認められていません。乗客が目的地に羽田空港を指定すれば向かうことは可能ですが、空港で乗客を乗せることはできません」(山野さん)と明かします。タクシー業界からすると、空港のような需要の多いところは、既得権を死守したいのでしょう。
既得権という部分でいうと、乗客との会話の中で面白い気付きもあるといいます。アプリで配車を依頼した乗客には、周辺を走行するタクシー車両の情報がマップ上に示されます。乗客からすると、ライドシェアを含め最も近い場所を走行するタクシーが配車されると考えるのが普通です。
しかし、わざわざ遠いところに位置する車両がやって来ることが珍しくないというのです。乗客には、タクシーを呼ぶまでは配車される車両がライドシェアのものか一般のタクシーかは分かりません。このことから、山野さんは次のように類推します。
「効率性を考えAIを使って配車していることになっていますが、実際にはタクシー会社の配車担当による恣意性が入ってるのではないでしょうか。乗客が配車を依頼した時点で、タクシー会社側には目的地が分かるわけですから、遠方地など条件の良い案件を通常のタクシーに割当てることもできます」
これはあくまでも山野さんの推測なので、真実は分かりません。しかし、業界の既得権を脅かされまいとする日本版ライドシェア導入の経緯などを鑑みると、自社で正規雇用するドライバーに有利な案件を割り当てたいという意識が働いても不思議ではありません。
●運行に必要なエネルギーの8割は太陽光でまかなう
Model 3であることのメリットについて聞きました。まず、気になるのはエネルギーコストです。1日に約200km程度走行するそうですが、山野さんは、自宅に太陽光パネルとTeslaのパワーウォールを導入しています。
そのため、「晴れが続けば、ソーラーパワーによる蓄電分だけで事足りますが、曇天や雨天ともなると電力量が足りません。電力会社の電気で充電する必要があります。全体として、ライドシェア業務に必要なエネルギーの7~8割程度は自給自足しているイメージです」(山野さん)。
タクシー利用者は、Tesla Model 3のことをどう見ているのでしょうか。アプリでタクシーを呼んだ際、配車車両が決定した時点で。ライドシェアであること、車両がTeslaであることが分かるそうです。
「Teslaが来るって言うんでワクワクしてました」「前から乗ってみたかったんです」といって話しかけてくる人がいるそうです。中には、オートパイロットを見たいという要望もあるそうで、見せてあげると喜んでくれるそうです。山野さんは大画面のタッチスクリーンはタクシー向きだと力説します。
「麻布台ヒルズのような大規模商業施設には複数のエントランスがあります。大画面で衛星写真を拡大表示してあげれば、希望するエントラスに迷うことなく乗り入れることができます」(山野さん)
その一方で困ることもあるそうです。乗り降りのしやすさという視点で見ると、Model 3の後席はタクシー向きではありません。特に、初めての人は、あの、特殊なハンドルによるドアの開け方に悩みます。
「開け方が分からない人がほとんどです。自動ドアではないので、降りていって開けてあげる必要がありちょっと不便です。Model Xなら運転席からボタン1つで開けることができるし、そもそもファルコンウイングドアは、かっこいいですよね」と山野さんは笑います。
●ライドシェアドライバーは割に合わない副業か?
読者の方が気になるのは、どのくらいの稼ぎがあるのかという点でしょう。多くは、1000~2000円程度の顧客が多いそうです。最高額案件は、六本木から神奈川県のある都市までで1万1000円程度ですが、総じて、1日の売上は1万数千円から多くて2万円程度だと教えてくれました。
しかし、山野さんは、本音ベースで次のように話します。ライドシェアドライバーは他のアルバイトと比較して割の良い職種ではないと言うのです。
給与体系は所属するタクシー会社により異なりますが、山野さんの場合、車両代や燃料補助などを含め時給2000円です。一般のアルバイトと比べると高いように見えますが、諸経費を考えると東京のアルバイト時給と実質的には変わらないのではないかと予測します。
走行距離が増えることによる車両メンテや故障のリスクに加え、タイヤの摩耗を折り込んだ分析です。「ライドシェアを始める前は、3年ごとにタイヤを交換するイメージでしたが、この様子だと1年ごとの交換が必要になるかもしれません」(山野さん)とこぼします。
特に、Model 3 RWDの純正タイヤであるミシュランのパイロットスポーツ235/45R18は、最安値でも1本あたり3万円前後です。これを1年ごとに交換するのはさすがに負担が大きいでしょう。山野さんは「安価でお勧めのアジアンタイヤがないかとSNSで質問を投げました」と笑います。
タクシー会社によってはドライブレコーダーを自分で準備しなければなりません。また、事故のリスクもあります。タクシー会社はライドシェア事業向けの自動車保険の契約と提供が認可条件となっているのですが、有事の際の対応や精神的なストレスなどを考えると副業としてのコスパは、高いとは言い難いのではないでしょうか。
●驚くほど少ないシフト枠
この原稿を書くために神奈川県のライドシェアの実情も取材しました。筆者自身で日本交通横浜のライドシェアについての説明を受けてきました。業務に関する一般的な説明の後、担当者は驚きの説明をしました。
これはルールで決められていることですが、タクシー会社の規模に応じてライドシェア配車枠の上限が決められています。例えば、神奈川県の場合、金、土、日曜日の午前0~6時、午後4~8時にしか働けません。
日本交通横浜のような大手であっても、午後4~8時のシフト枠は5枠しかありません。1日につきたった5枠です。つまり、日本交通横浜に所属するライドシェアドライバーは、最大で5人しか働けないことになります。
ドライバーはアプリを利用して1カ月先までの枠を予約することができるのですが、「現状はドライバー過多状況で枠は奪い合いになり、1カ月前にすぐに埋まる」(担当者)と明かします。
実際、正式にドライバーとして採用され、事前の研修を受け、いざ乗務開始と奮起しても、現状では、1カ月先までは乗務できないということになります。それも運良くシフト枠を確保できればということです。
さすがに、午前0~6時の深夜は20枠確保されているそうですが、こちらも夕刻枠との比較でシフトを取りやすいものの、それでも順次埋まっていくようです。
このことを山野さんに話すと、「日本交通横浜のような大手であっても、その程度のシフト枠しか割り当てられていないのであれば、他の会社はもっと少ないと思います」(山野さん)と教えてくれました。
今回の取材を始めた当初は、Teslaを使ってライドシェアビジネスを行うことの悲喜交々をつづる予定だったのですが、山野さんの話を聞いたり、自身での取材を終えたところで、日本版ライドシェアの実情を伝える方が価値ある記事になると思い、その部分の比重が高くなりました。
米国では、副業のライドシェアで月に数十万円をコンスタントに稼ぐドライバーもいるそうです。果たして制度としての日本版ライドシェアは今後どのような方向に進むのでしょうか。ライドシェアでこれだけの制約があるのですから、自動運転のロボタクシーなど夢のまた夢といったところかもしれません。