青少年とネットコミュニケーションについては、もう長いこと議論が行われ、それなりに調査研究も進んでいる。とはいえ、毎年毎年新しい現象やサービスが誕生しており、毎度毎度「なぜか」を考えることになる。
今Z世代で人気とされているのが、リアルタイムトークアプリ「Jiffcy」である。株式会社穴熊が開発し、2024年4月にサービスを開始した。プラットフォームはiOSのみだが、電話番号とひも付けされる点はLINEと同じだ。
24年5月に出されたプレスリリースによれば、ユーザーの94%が学生、70%が女性となっている。当初は招待制を採用していたが、24年7月にこれを終了し、誰でも利用できるようになっている。
また新しいSNSか、と思われるかもしれないが、厳密には通話とメッセージングサービスの中間ぐらいのサービスである。
特徴的なポイントはいくつかあるが、大きなポイントとしては、相手とコミュニケーションを始める際には、相手のスマートフォンから呼び出し音が鳴るということである。つまり通話と同じように、音声通話であるかのような通知が表示される。相手が「通話に出る」というアクションをとれば、その相手をリアルタイムで捕まえたことになる。その後のコミュニケーションを、音声ではなくテキストでやろうというわけだ。
通話のような親密さとプライベートさをもちつつ、声を発しないことから周囲に内容を知られることなく、会話できる。家族に聞かれたくないとか、電車の中とかでも、親密なコミュニケーションができるというわけだ。
別に他のメッセージングツールでも同じようなことはできるだろう、と思われるだろうが、まあそれはその通りである。ただし他のツールでは、相手の時間をリアルタイムで占有している感は薄い。他のことをしながら片手間で相手されているかもしれないという疑念は残る。
Jiffcyではこうしたライブ感を得るためのシカケとして、2つのモードが用意されている。「テキスト通話」と、「メッセージ」だ。
メッセージは、いわゆるLINEのようなメッセージングツールと変わりない。自分と相手のメッセージがフキダシのように左右に分かれて表示される。送信時刻や既読が付く点も、LINEとよく似ている。
●「テキスト通話」と「メッセージ」の2つのモード
特徴的なのは、「テキスト通話」のほうだ。上下2段のメッセージボックスが表れる。相手方が上、自分側が下だ。ここでは、相手側が入力しているテキストがリアルタイムで表示される。もう少し詳しく言うと、入力中の状態からすでに相手方に届いている。
通常のメッセージングアプリに実装されているチャット機能は、テキスト入力欄にテキストを入力、漢字変換などを行ったのち、「送信」ボタンをタップした時点で相手に送信される。だがJiffcyの場合は、入力中の画面からすでに相手方に見られている。リアルタイム性をもう一段階奥に進めた格好だ。
人がしゃべるのと同じで、文章として全体を言い終わらなくても相手にどんどん伝わっていくというのは、「テキスト表現の新しいスタイル」だといえる。
デメリットとしては、言おうかどうしようか迷って、入力はしたが消した、みたいなプロセスも、全部丸見えである。正直そこはトラブルになりやすい要素であり、利用者がこの仕様を十分理解しているという前提が必要になる。
入力できる文字数としては120字となっており、その範囲で一回右下の輪っかのアイコンをタップして、テキストを送る事になる。送られたテキストはその場では消えてしまうが、「メッセージ」のほうに記録として積み上げられていくという仕様だ。
「テキスト通話」では、さっきなんて言ってたっけ、とさかのぼることができない。画面上部左の戻るボタンをタップすれば「メッセージ」に行って確認する事はできるが、そこから「テキスト通話」に戻る方法がない。「テキスト通話」に戻るには、もう一度トップ画面から相手を探して「テキスト通話」をやり直すことになる。こうした仕様は、お互いが今の会話に集中できるスリリングさをもたらす事になる。
●何が「新しい」のか
筆者が子どものネットリテラシー教育に関わったのが2008年ごろの事で、もう16~17年になろうとしている。まだガラケーの時代から、いわゆるオンラインコミュニケーションのやり方に関しては、そのリアルタイム性を強要することのマズさを訴えてきた。例えば、「メールをもらったら3分以内に返信すること」といった勝手ルールを子供達が作って他者に強要すると、子ども達は四六時中メールが来ていないかチェックしなければならなくなる。これでは日常生活もままならない。
テキストメッセージの良さとは、あとで読めばいいことを、前もって伝えられる事である。いわゆる伝言板(もう若い人は知らないかもしれないが)や置き手紙みたいなものであり、それがメリットなのにそれをつぶしてどうする、という方向で指導を行ってきた。
逆に今伝えなければならないこと、すぐに回答が欲しい時には、リアルタイムで相手が捕まえられる通話を使うといった具合に、ケースによってツールを使い分けることがリテラシーだと考えられてきた。
だがJiffcyの登場で、これまでリアルタイム・コミュニケーションであった音声、ビデオ通話に、テキストが加わった事になる。
Jiffcyが注意深く設計されている部分は、「リアルタイムのコンセンサス」だ。通話と同様の音と通知で相手方に知らせ、これからリアルタイムで時間をとるが大丈夫か、というコンセンサスを得る仕様になっている。いったんメッセージに降りるとリアルタイム性を失い、再びテキスト通話に戻るにはもう一度通話モードにしなければならないのは、リアルタイム性の再確認のためだと考えられる。
テキストによるリアルタイムチャットの存在は、1990年代のパソコン通信にさかのぼる。複数人がリアルタイム専用の会議室に入り、テキストで会話するのである。この魅力は他にはないもので、いわゆる掲示板には一切書き込まないが、リアルタイムチャットにだけ来るというユーザーも居たほどである。
スマホ時代に登場した3分以内返信みたいな勝手ルールが生まれた背景には、当時の子供達にもテキストによってリアルタイムでつながりたいという欲求は存在したわけで、ある意味パソコン通信のリアルタイムチャットを再発明したともいえる。Jiffcyはそうした欲求を、ちゃんとしたレギュレーションを整えてかなえたツールだといえる。
ただ現在Jiffcyは、複数人でチャットできる機能はなくなり、1対1のみとなっている。話が錯綜する混沌としたテキストチャットというのは、ニーズがなかったのかもしれない。それよりも、より親密さを感じさせるツールにしたかったという事だろう。
声を聴きたいというニーズがあるのも事実だ。遠く離ればなれになった恋人達の間では、声を聞くのは必須だろう。一方で、若い人は音声の通話をあまり利用しない。それほどリアルタイムで相手を捕まえなければならない喫緊の用事もないということもあるだろうが、リアルで会えば話は間が持つものの、顔が見えない状態での通話では間が持たないのだ。従って社会人になってから、電話応対でつまづく新人も多い。
リアルタイム・コミュニケーションにおいて音声通話が衰退したとするならば、それに変わるものが必要になる。Jiffcyの登場でそれがテキストになった、ということであり、これは文字表現の新しい可能性を開いたということになる。
テキストでは時間がかかりすぎるだろうと思われるかもしれないが、今のiOSは予測変換が優れており、全文を入力しなくてもある程度入力した段階で選択肢から選べばよい。別なことに気が散ってしまうほど間延びするわけでもなく、次の話題を考える程度の時間が稼げる程度のスピード感が、今のZ世代にはちょうどいいということなのだろう。
この仕組みがビジネスツールに入ったら、と思わなくもない。MetaのMessengerでは、相手が入力中の場合は「入力中」との表示が出るようになっている。だが相手の書き込みを待っていてもいつまでも返事が返ってこない、なにやってんだ、と思うことも多い。相手が入力中の文章が分かれば、ちゃんとやってんなとか、ここでつまづいてるんかということが分かるはずだ。
スピード感と集中力が求められるテキストベースの打ち合わせというのも一度経験してみたいところではあるが、ビジネスマンの多くは「それならしゃべった方が早い」と思う人のほうが多いかもしれない。