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VRやハイスペックPCは教育をどう変えるのか? マウスコンピューターと大阪教育大学が「VR教材」セミナーを開催

ITmedia PC USER 2024年7月25日 17時10分

 マウスコンピュータと大阪教育大学は1月30日、包括連携協定を締結した。それ以来、両者は中学校や高等学校のパソコン教室に設置する「PCの仕様」や「高性能PCで実現できる新しい学び」について、共同研究を行っている。

 6月11日、その成果を披露する教育関係者向けセミナー「VR教材で実現する主体的・対話的で深い学び~GIGA端末の活用と次世代PC教室の在り方~」が開催された。筆者も参加してきたので、その様子をレポートする。

●「学校教育の充実」や「教員の資質向上」のきっかけに

 セミナーの冒頭では、大阪教育大学の岡本幾子学長が登壇し、大阪教育大学の概要と、マウスコンピューターとの包括連携協定に関する説明を行った。

 大阪教育大学は、全国に幾つかある教員養成に特化した国立大学の1つで、2024年で創立150周年を迎える。私立大学を含めて、西日本における最大の教員養成大学でもあり、2022年には「教員養成フラグシップ大学」の指定を受けた(※1)。2025年4月には大学院に博士課程が新設される。

(※1)2024年現在、同大学の他に東京学芸大学、福井大学、兵庫教育大学(いずれも国立大学)が指定されている

 同大学には学部生と大学院生と合わせて約4300人の学生が在籍し、教員志望者の教員就職率は99.5%と非常に高い。教員養成に特化していることもあり、付属学校/幼稚園も11ある。

 岡本学長は「日本の教育課題が縮図化している大阪において、多様な主体と協働しながら、教育DXとダイバーシティ教育を重点的に推進し、大阪から日本の教育を変えていく」と語る。

 本大学とマウスコンピューターとの包括連携協定は、「教育研究の推進」と「地域発展」を目指して締結されたという。岡本学長は「マウスコンピューターは、学校教育の現場にPCを提供され、ICT教育の推進に貢献をなさっている。今回の特別セミナーを皮切りとて、教育課題の解決や学校教育の充実、教員の資質向上に関して、一緒に前に進んでいきたい」と抱負を語った。

●次世代の「パソコン教室(パソコン室)」はどうあるべき?

 本セミナーは2部構成で、第1部ではマウスコンピュータと大阪教育大学が実施した共同研究について紹介された。

 第1部の冒頭であいさつに立ったマウスコンピューターの軣秀樹常務(※2)は、マウスコンピューターは2023年に創業30周年を迎えたことを紹介。その一環で「新しいことにどんどん取り組もうというスローガンを掲げている」と語る。

(※2)軣氏は6月20日付で社長に就任している

 同社では2010年から夏休みに「親子パソコン組み立て教室」を開催しており、2024年も7月に開催する予定であることにも触れ、大阪教育大学と「教育関連全般で協力をさせていただきたい」とした。

 続いて、大阪教育大学の鈴木剛理事(副学長)が、共同研究の背景と目的について説明した。

 この共同研究は「次世代PC教室プロジェクト」という名称で、探教育現場で求められる学びを支えるために必要な「パソコン教室」の在り方を探ることを目的としているという。

 鈴木氏によると、GIGAスクール構想でICT(情報通信技術)を活用した教育が一気に広がった反面、それに伴い校内のパソコン教室を廃止する学校も出てきているという。パソコン教室の廃止により、「探究学習」「STEAM教育(※3)」など、教育現場で必要な学びに支障が出る事例もあるそうだ。

(※3)Science(科学:理科)/Technology(技術)/Engineering(工学)/Arts(芸術:図工科や美術科)/Mathematics(数学)に関する教育の総称

 ただ、こうした現状を踏まえて「次世代のパソコン教室はどうあるべきか?」「ICTを活用した学びの最適化を進めるには、どういうスペックのPCを整備すべきか?」といったことを検討するにしても、まだ分かっていない部分もある。今回の共同研究は、それを明らかにする目的もあるのだという。

 研究に当たって、具体的には「教育機関に対するヒアリング」「360度視点移動が可能なVR映像の教育利用について、効果や教材作成に必要なPCの性能検証」「これからの教育現場で求められる学びを支えるために必要なPCの性能検証」の3つを実施した。その結果については、同大学の堀一繁教授(産学官イノベーション共創センター長)から報告された。

 ヒアリング調査は、茨城県立竜ヶ崎第一高等学校と佐賀県立到遠館高等学校の2校で実施した。2校は共に文部科学省から「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」に指定されており、竜ヶ崎第一高校では流体シミュレーションや「マインクラフト」、3Dプリンタでの印刷などに高性能PCを活用しており、到遠館高校では3Dプリンタによるプロペラやロケットの試作、ビッグデータ処理などに高性能PCを活用しているという。

 PCの必要スペック検証に当たっては、「VR教材の編集(自作)」「動画編集」「3Dプリンタの利用」「マインクラフトの描画」の4ケースを想定し、さまざまな種類のPCを用意して臨んだという。VR教材の編集をする場合はハイスペックなPCが必要である反面、動画編集や3Dプリンタの利用にはミドルスペックが望ましいという結果となった。マインクラフトの描画については、GIGAスクール構想における最低スペック基準のPCでも十分に行えるものの、滑らかさに欠けた。

 以上のことから、GIGAスクールにおける学習用端末の活用と並行して、パソコン教室の整備や活用を進める必要性があり、そのことが各教科の学びの質の向上や効果的な探究学習を後押しできると分かったとのことだ。

 少し言い方を変えると、VR映像の作成や動画編集、3Dプリンタを活用するには、現状の学習用端末やパソコン教室の旧世代PCではスペック的に不十分ということになる。

●「VR教材」が教育にもたらす効果を実体験

 セミナーの第2部は、授業における「VR(仮想現実)教材」や「次世代パソコン教室」の活用事例報告と、セミナー参加者による“実体験”が主な内容だった。

 VR教材の授業への活用については、大阪教育大学の中野淳客員教授が「VR教材で実現する主体的・対話的で深い学び」と題して、VR教材の体験時間を交えつつ講演を行った。

 中野氏は「VRというと、(教材を)作るのが大変だと思われるかもしれないが、VR撮影用の360度カメラを使えば、映像の撮影は簡単にできる。撮影した映像は、専用のHMD(ヘッドマウントディスプレイ)だけでなく、(児童/生徒が使う)学習用端末でも自由に見ることができる」と語る。

中学校の音楽科における活用事例

 とはいえ、実際に体験しないとVR教材のメリットは分かりづらい。そこでセミナーの参加者を幾つかのグループに分けて、HMDやタブレット端末を使って「オーケストラのVR映像」を視聴することになった。

 このVR映像については、大阪府豊中市立第七中学校の内兼久秀美教諭が利用に至った経緯や効果を説明した。

 小中学校における音楽科の授業は、音楽的な見方や考え方を働かせ、生活や社会の中にある“音や音楽”と豊かに関わる資質や能力の育成することが目的とされている。その一環として行われるのが「音楽鑑賞」だ。

 従来、音楽鑑賞ではDVDに収録された映像などを用いることが多かった。しかし、内兼久氏は「2Dの映像では、オーケストラのように数多くの楽器が一斉に演奏される楽曲では、いろんな音が同時にたくさん聞こえてくる。しかし、画角が(映像の)編集者の意図によって決まっているので、生徒たちが『この楽器はどんな音色をしているんだろう?』とか『この楽器はどんなメロディーを奏でているんだろう?』といった“気付き”を得ることが難しい」と課題を指摘する。

 その点、VR映像は360度見渡すことが可能で、生徒(や児童)が学習用端末で見たいと思った視点に切り替えながら見ることもできる。確かに、内兼久氏の指摘する課題を解決する手段として有用だ。

 音楽鑑賞にVR映像を活用する――この取り組みは、内兼久氏が前任校である大阪教育大学付属池田中学校に在籍していた頃に実施された。

 同中学校では、中学3年の音楽の授業でVR映像による「ブルタバ(モルダウ)」の鑑賞を行った。ブルタバはチェコ出身の作曲家スメタナの代表曲の1つで、鑑賞の目標は「曲想や音楽の雰囲気と、音楽の構造がどのように関わっているのかということを理解すること」だ。

 この曲は、チェコを流れるブルタバ川(モルダウ川)の様子が全編を通して描かれる。「この部分はこんな川の様子かな、水量はこれぐらいで、川の太さはこれぐらいというのが、音楽を聞くだけで想像できるような楽曲」(内兼久氏)……なのだが、学習用端末で個別に鑑賞すると音が混ざり合ってしまうので、イヤフォンを装着した上で、鑑賞してもらったという。

 生徒に気付いたことを「ワークシート」へと記入してしてもらったところ、ハープに注目した生徒がいたという。通常の2D映像と音の組み合わせだと「『ハープ、演奏してたかな?』と思うような、すごく弱い音色」(内兼久氏)にもかかわらず、だ。

 存在感が薄いはずのハープの音色に、なぜ気が付けたのか――それはVR映像でハープの奏者を“見つけられた”からだ。

 生徒たちは、視点を変えつつVR映像を見回す。するとハープ奏者がいて、手を動かしていることに“見て”気が付く。すると、奏者が手を動かしている前後の映像を繰り返し再生し、最終的にハープの音を特定できたようだ。

 内兼久氏の言う通り、これは「VR映像でないと、なかなか気付くことができない」。

 内兼久氏によると、この鑑賞を通して「言葉で表さなくても、音楽を通じて自分の思いを相手に伝えることができる」「音楽はコミュニケーションの(手段の)1つではないか」といった感想を寄せた生徒が複数いたという。また、先のハープの“発見”にもあるように、楽器の音色に対する理解も深められたという。「自分で見つけたということは、人に伝えられるようにもなる」という観点から、VR映像は音楽文化の深化に資するものにもなりそうだ。

 自ら進んで楽器の音色を見つけて共同的に学ぶ姿、そして気付きから生まれた新たな疑問を自ら探求する姿勢――VR映像による音楽鑑賞は、一定の効能があったようだ。

小学校の音楽科における活用事例

 続いて、大阪教育大学付属池田小学校の石光政徳教諭が小学校課程の音楽科におけるVR教材の実践例を紹介した。

 基本的な映像の作り方は、先に紹介した大阪教育大学付属池田中学校の事例とおおむね同様で、この事例ではオーストリアのヨハン・シュトラウス1世が作曲した「ラデツキー行進曲」の演奏の様子を授業に用いたという。

 映像が使われたのは小学3年生の授業で、児童には“音色”を意識してVR映像の実況をするというお題が与えられた。これはオーケストラで使われる楽器の“音色”を知ることが目的だ。

 石光氏は、これまでの音楽科の授業では鑑賞にCD音源を使うことが多いと語る。しかし、「CD音源では、オーケストラ全体の響きを味わうことしかできなかった」と課題も指摘する。

 授業ではまず、オーケストラ全体の音源(=CD)を聞かせたという。するとある児童が「シンバルの音によって、行進曲らしい感じが出ている」という感想を寄せた。しかし、同じ児童がVR映像を見たら「これはシンバルではなく大太鼓だ!」と気が付いたのだという。

 気付いたきっかけはシンプルで、シンバルをたたいていたと思っていた場面で、大太鼓がたたかれていたことを“視覚的に”確認したことだ。「(映像を見た後)『この大太鼓の力強い音色が行進曲感を出している』と彼は気が付き、すぐさま実況に反映してくれた」(石光氏)という。

 視覚面から各楽器の音色を捉えやすくする上で、VR映像が大いに役立ったことが分かる。

 別の児童は「ピッコロ」に注目をして実況を行ったという。

 ご存じの方もいるかと思うが、ピッコロはフルートよりもさらに小さい。そのため、一般的なオーケストラの映像では見えづらかったり、そもそも視認できなかったりすることもある。

 しかし、VR映像なら視点を変えて視聴できるため、ピッコロのような小さな(目立たない)楽器でも、どのように演奏しているのか分かりやすい。この児童はグループで実況文を考えていたようで、学習用端末(Chromebook)から流れる音声をスプリッター(分配器)を介してイヤフォンで同時に聞いていたそうだ。これぞまさに「協働的な学習」である。

 授業では3人1組で9班に分かれて実況文を作っていたそうだが、どの班もVR映像を何度も繰り返し見て、より納得感の高い文章に作り帰って行ったそうだ。

 「見る」という観点に立つと、オーケストラの演奏を“目の前で”見せるという方法も考えられる。しかし、石光氏はVR映像は同じ所を繰り返し見られることと、演奏の様子を演者の“間近”で見られるという、生演奏では得られないメリットもあると語る。音と映像の関連性も分かりやすくなるため、楽器の“音色”を知る上でも効果は高い。

 今後、池田小学校/中学校では、VR映像を活用した授業の実践を重ね、手作りのVR教材も積極的に制作していく予定だ。

大学生の「理科実験」講義にもVR教材を活用

 続いて大阪教育大学の串田一雅教授(理数情報教育系)登壇し、大学1年生向けの「理科実験」に関する解説教材をVR映像として制作した際のエピソードを紹介した。

 通常の動画の制作では、複数の場所(視点)で撮影した複数の動画を編集して“ひとまとめ”にする手間が掛かる。複数台のカメラで同時に撮るという方法もあるが、手間とコストはどうしても掛かってしまう。

 そこで串田氏は、1カ所に置いたVRカメラの映像をアプリで編集した後、Blinkyに投稿した。学生は、Blinkyに投稿された動画をスマホやPCで視聴して、実験の方法や動作を確認できるという仕組みだ。

 このやり方は、教える側における教材作成の労力の大幅な削減はもちろん、学生側にとっても画角の変更や拡大/縮小によって、見たい所をしっかりとチェックできるというメリットがある。ある意味でWin-Winな取り組みだ。

●次世代の「パソコン教室」に置くべきPCとは?

 セミナーの最後には、マウスコンピューターの金子覚執行役員(第一営業本部 本部長)が登壇し、次世代の「パソコン教室」に置くべきPCについて説明を行った。

 金子氏によると、教育分野では「パソコン教室」「高等学校」「(大学などの)研究室」からの問い合わせが最近増えているという。「年次で1.5倍くらいのペース」というので、伸び率としては結構大きいと考えてよいだろう。

 GIGAスクール構想と並行する形で、文部科学省では職業系専門高等学校(農業高校や工業高校など)においてICT機器を使った「スマート専門高校」構想(事業)を推進している。

 この構想では、実現にむけて整備すべき装置類の例として「高性能PC端末を配備した実習室(パソコン教室)の整備」が挙げられている。そのこともあって、工業高校や大学の理工学部を中心にデスクトップPCに関する問い合わせが特に増えたそうだ。

 このスマート専門高校は、政府が目指す「Society5.0」の動きの一環でもある。金子氏は「用途や目的別に、適材適所の端末(PC)を選ぶことが重要」とした上で、「Society 5.0時代の人材育成に高性能PCを導入した成果が出ている」として、マウスコンピューター製PCの導入例を幾つか紹介した。

 GIGAスクール構想の学習用端末を巡っては、「スペックが足りないのではないか?」という指摘が絶えない。特に学年が上がるにつれて児童/生徒の活用能力が高まると、その傾向が顕著になるとの指摘もある。しかし、「1人1台」の端末を確保する観点に立つと、予算が限られ、スペックを絞り込まなくてはならない。

 パソコン教室を(再)整備して、そこに高性能PCを設置するという方法は、予算を抑えつつ、より高度な学習ができる環境を作る“一手”として有効だ。このような手法でICT環境を整備する学校や自治体は、今後増えていくことになるだろう。

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