Infoseek 楽天

AMDの新CPUアーキテクチャ「Zen 5」の採用でRyzen 9000/Ryzen AI 300は強くなった? 特徴や変更点を解説

ITmedia PC USER 2024年7月30日 19時10分

 AMDは7月15日(米国太平洋時間)、最新のCPUアーキテクチャ「Zen 5」に関する詳細を説明するイベントを開催した。本アーキテクチャは、デスクトップ向けの「Ryzen 9000シリーズ」、モバイル(ノートPC)向けの「Ryzen AI 300シリーズ」、そしてサーバ/データセンター/HPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)向けの「第5世代EPYC」のCPUコアで採用されている。

 この記事では、イベントでの解説をもとに、Ryzen 9000シリーズとRyzen AI 300シリーズにおけるZen 5アーキテクチャの特徴を解説する。

●ゲーミングPCの“本命”「Ryzen 9000シリーズ」の特徴は?

 Ryzen 9000シリーズは、主に高性能なデスクトップPCへの搭載が想定されている。現状では型番に「X」が付くハイエンドモデルが発表済みで、最上位から「Ryzen 9 9950X」(16コア32スレッド)、「Ryzen 9 9900X」(12コア24スレッド)、「Ryzen 7 9700X」(8コア16スレッド)、「Ryzen 5 9600X」(6コア12スレッド)の4製品が8月上旬~中旬にかけて発売される予定だ。

 Ryzen 9000シリーズの型番の付け方は、Zen 4アーキテクチャを採用する「Ryzen 7000シリーズ」と同様だ。型番の下三桁が同じなら、CPUコアとスレッド数も同一となる。ダイの構成も基本的にはRyzen 7000シリーズと変わりなく、最大8基のCPUコアを集約した「Computeダイ(CCD)」と、入出力プロセッサをまとめた「I/Oダイ(IOD)」をパッケージとして1チップに集約実装するチップレットアーキテクチャを採用している。

 Ryzen 9000シリーズの場合、Ryzen 9は「CCD×2+IOD×1」というパッケージで、Ryzen 5/7は「CCD×1+IOD×1」というパッケージだ。

 Ryzen 9000シリーズのCCDの製造プロセスは、台湾TSMCの「N4X(4nm)」を採用している。ちなみにZen 5アーキテクチャには同社の3nmプロセスを採用した物理設計版も存在するそうだが、投入時期は未定だという(特に根拠はないが、筆者は高価格でも売れる第5世代EPYCで使われるのではないかと推測している)。

 一方、IODは今回もTSMCの「N6(6nm)」で製造されている。今回もIODにはGPU(Radeon Graphics)が内蔵されているが、Ryzen 7000シリーズから設計に変わりはなく、RDNA 2アーキテクチャで演算ユニット(CU)2基の“ミニGPU”となる。「画面を映す」程度の性能しか持たない。

 対応CPUソケットは、Ryzen 7000/8000シリーズと同じ「Socket AM5」を引き続き採用する。マザーボードのチップセットはZen 4世代の「AMD 600シリーズ」に引き続き対応する一方で、Ryzen 9000シリーズのリリースに合わせて新型の「AMD 800シリーズ」も登場する。AMD 800シリーズは、上位モデルでUSB4(≒Thunderbolt 3)ポートの実装が必須化されたこと以外は、AMD 600シリーズから基本仕様に大きな変更は加えられていない(詳細は後述)。

●「Zen 5」は「Zen 4」から何が変わった?

 Zen 5アーキテクチャのCPUコアについて、もう少し詳しく見ていこう。

 フロントエンド部では、命令発行部がZen 4の6基から8基に拡張された。また、分岐予測器も劇的にパワーアップ。分岐予測精度を改善した上で、分岐予測が失敗した際の「パイプラインストール」を最小限に留めることに成功している。

 最近のCPUのトレンドになるつつある「順不同命令実行(アウトオブオーダー)」については、並べ替えられる命令数をZen 4の最大320命令から最大448命令に拡大された。言い換えると、アウトオブオーダーのカバー範囲が1.4倍に拡大している。命令実行部を見てみると、整数命令や浮動小数点命令の実行ユニットをシンプルに“増量”することでパワーアップしている。

 SIMD命令の実行部に関しては、「AVX-512」命令にネイティブ対応を果たした。具体的には、レジスタ用のデータバスを256bitから512bitへと拡張したことで、512bitレジスタに対して1クロックでアクセスできるようになり、結果としてAVX-512命令の実行効率が改善している。キャッシュメモリへのアクセスアルゴリズムも改良している。

 上記の取り組みの結果、既に相当に優秀だったZen 4のIPC(1サイクル当たりの命令数)が、Zen 5では平均16%も改善したという。

●Ryzen 9000シリーズに合わせて登場する「AMD 800シリーズ」チップセット

 Ryzen 9000シリーズのリリースと合わせて登場するAMD 800シリーズチップセットだが、CPUと同時に発表されたハイエンド向け「AMD X870E(Extreme)」「AMD X870」に加えて、エントリークラスの製品として「AMD B850」と「AMD B840」が登場する。

 600シリーズの次なので、順当に行けば「AMD 700シリーズ」になるところ、今回は800シリーズとなっている。その理由について、AMDから特に説明がないが、一説によるとIntelが2024年後半にリリースするとされているデスクトップPC向けの「Core Ultraプロセッサ」(開発コード名:Arrow Lake)のチップセットが「Intel 800シリーズ」になることを“意識”したマーケティング戦略だと言われている。

X870E/X870:USB4の搭載を“必須”に

 ハイエンド向けのX870E/X870は、GPUとNVMe SSDの接続の両方にPCI Express 5.0バスを利用できることが特徴だ。また、両チップセットを搭載するマザーボードではUSB4ポートの搭載が必須(Mandatory)となる。加えて、オーバークロック機能はCPUとメモリの両方にフル対応可能だ(詳細は後述)。

 ……と、これだけ見ると、X870EとX870の違いが分からないが、実はチップセット経由で提供されるPCI Express 4.0バスのレーン数が異なる。X870Eは20レーン用意されているのに対して、X870では12レーンにとどまる。「グラフィックスカード(GPU)を2基以上搭載したい」「NVMe SSDをたくさん使いたい」という人にはX870Eをお勧めするが、ゲーミングを含む一般用途ではX870でも十分だ。

B850/B840:PCI ExpressバスとUSB規格に注意

 メインストリーム向けの上位モデルであるB850では、原則としてグラフィックスカードをPCI Express 4.0 x16で接続する。ただし、NVMe SSDの接続数を妥協(削減)すれば、PCI Express 5.0 x16接続に変更可能で、そのような仕様のマザーボードも出てくるようだ。USBポートは、最大でUSB 3.2 Gen 2x2(USB 20Gbps)となる。オーバークロック機能は、CPUとメモリの両方にフル対応可能だ。

 一方、メインストリーム向けの下位モデルとなるB840は、グラフィックスカードがPCI Express 3.0 x16接続となる。USBバスもUSB 3.2 Gen 2(USB 10Gbps)までとなる。オーバークロック機能はメモリに対してのみ対応する。あえていうなら、B840は「Socket AM5対応CPUをとりあえず動かすためのチップセット」で、ゲーミングPCやクリエイター向けPCには向かない。

AMD 600シリーズのチップセットではUEFI更新が必要

 先述の通り、Ryzen 7000シリーズに合わせて登場したAMD 600シリーズチップセットは、Ryzen 9000シリーズでも問題なく対応している。ただし、言うまでもないが、マザーボードの出荷時期によってはUEFI(BIOS)の更新が必要だ。マザーボードによっては、UEFIの更新に“古い”Ryzen 7000シリーズを用意する必要があるかもしれないので注意したい。これから購入するのであれば、Ryzen 9000シリーズに対応済みのマザーボードを選ぶと良さそうだ。

 なお、AMD 800シリーズチップセットは「順次提供」とのことで、最初は搭載マザーボードがそれほど潤沢でなさそうなニュアンスだ。当面は、AMD 600シリーズを搭載するマザーボードが主流となるだろう。ただし、Ryzen 9000シリーズの新しいオーバークロック機能は800シリーズでのみ利用できるとのことなので、Ryzen 9000シリーズは800シリーズチップセットを搭載するマザーボードと同時購入したい。

●Ryzen 9000シリーズの新オーバークロック機能「Curve Shaper」

 Ryzen 9000シリーズと、B840を除くAMD 800シリーズチップセットを搭載するマザーボードを組み合わせると、新しいオーバークロック機能「Curve Shaper(カーブシェイパー)」を利用できる。

 その名を聞いて、過去のRyzenシリーズにもあったオーバークロック機能「Curve Optimizer(カーブオプティマイザー)」を思い出す人もいると思う。端的にいうと、Curve Shaperは、Curve Optimizerの設定をよりきめ細かくできるようにしたものだ。

 Curve Optimizerでは「電圧」と「動作クロック」の組み合わせを設定できる。Curve Shaperでは、その設定値を土台とした上で「温度ポイント」3点と「周波数ポイント」5点の計15ポイントにおいて電圧の微調整を行える。例えば「安定している領域は電圧そのまま」「不安定な領域は電圧アップ」といった設定が可能だ。

 説明からも分かる通り、Curve ShaperはCurve Optimizerと同様に上級者向け機能であることに変わりはない。

 Zen 5アーキテクチャは、モバイル向けAPU(GPU統合型CPU)であるRyzen AI 300シリーズでも採用されている。

●Ryzen AI 300シリーズの見どころは「高速NPU」だけではない

 昨今のAI(人工知能)ブームを受けて、スマートフォン業界のみならずPC業界にも「AI対応」の大きな流れが押し寄せてきており、PC向けCPUにも推論に関わる演算に特化したNPU(AIプロセッサ)を搭載する動きが進んでいる。

 そんな中、Microsoftは5月、新しいAI PCの定義を発表し、要件を満たしたモデルに対して「Copilot+ PC」というブランドを付与し始めた。

 Copilot+ PCでは、CPU(またはSoC)に40TOPS(毎秒40兆回)以上の処理性能を備えるNPUの搭載が求められる。この要件を満たすCPUは当初、Qualcommの「Snapdragon X Elite」または「Snapdragon X Plus」のいずれかのみで、x86(x64)ベースの製品はなかった。

 この要件に適合できるx86ベースのCPUをいち早く出すべく、AMDは今回Ryzen AI 300シリーズも同時発表したわけだ。

 Ryzen AI 300シリーズの「300」は、第3世代であることを表している……のだが、AMDのモバイル向けAPUのラインアップを見てみても、「第1世代」「第2世代」に相当すると思われる製品が見当たらない。そう、実は本シリーズのリリースに当たり、AMDはこっそりと“リブランディング”を実施したのだ。

 第1世代の「Ryzen 7040シリーズ」、第2世代の「Ryzen 8040シリーズ」を経て、第3世代たるRyzen AI 300シリーズに至る――そんな感じである。このように、新モデルがリリースされる際に行われる「歴史改編」は、AMDに限らずIntelやNVIDIAでもたまにある。

CPUコアに「Zen 5c」も採用

 さて、Ryzen AI 300シリーズのCPUコアはZen 5アーキテクチャなのだが、Ryzen 9000シリーズとちょっと違うポイントがある。

 本シリーズの場合、CPUコアが2種類用意されている。通常の「Zen 5コア」は、1基当たり最大4基のCPUコアを統合している。Ryzen 9000シリーズのCCDと比べるとCPUコアの最大数が半減しているものの、基本的な設計に変わりない。

 もう1つのコアは「Zen 5cアーキテクチャ」を採用している。Zen 5cの「c」は「コンパクト(compact)」を意味しており、通常のコアと比べると実装面積が削減されている。両アーキテクチャの違いについては、後ほど触れる。

 ちなみに、Ryzen AI 300シリーズの発表済み製品におけるCPUコアの構成は、以下の通りだ。

・Ryzen AI 9 HX 370:合計12コア24スレッド

・Zen 5コア×1(4コア8スレッド)

・Zen 5cコア×1(8コア16スレッド)

Ryzen AI 9 365:合計10コア20スレッド

・Zen 5コア×1(4コア8スレッド)

・Zen 5cコア×1(6コア12スレッド)

内蔵GPUは「RDNA 3.5」に

 Ryzen AI 300シリーズの内蔵GPUは、RDNA 3.5アーキテクチャを採用する「Radeon 800Mシリーズ」だ。上位モデルのRyzen AI 9 HX 370には16コアの「Radeon 890M」が、下位モデルのRyzen AI 9 365には12コアの「Radeon RX 880M」が搭載されている。

 ここで「はて、『RDNA 3.5』なんて聞いたことないぞ」と思う人がいるかもしれない。それもそのはずで、RDNA 3.5はRadeon RX 7000シリーズで使われている「RDNA 3アーキテクチャ」のレンダリングパイプラインをノートPCの特性に合わせて改良したもので、本シリーズが初採用となる。

 APUの場合、CPUが扱うシステムメモリの一部からグラフィックスメモリを確保する。そのため、独立したグラフィックスメモリを備える外部GPUと比べると、どうしてもメモリの帯域幅が狭い。RDNA 3.5ではレンダリングパイプラインを改良し、メインメモリへのアクセスを減らすことで、グラフィックス回りの処理パフォーマンスを改善している。

 なお、ピーク時の処理パフォーマンスはRadeon 890Mで11.88TFLOPS、Radeon 880Mで8.91TFLOPSとなる。内蔵GPUのピーク性能がPlayStation 5のGPU(約10TFLOPS)超えとは、感慨深いものがある。

目玉のNPUはピーク時で「50TOPS」の性能

 Windows 11における「Copilot+ PC」の要件を満たすべく、Ryzen AI 300シリーズにはピーク性能が50TOPSのNPUが搭載されている。これはPC向けCPU(SoC)に搭載されるNPUとしてはかなり規模が大きい。

 このNPUを含めて、Ryzen AI 300シリーズのダイは全てTSMCの4nmプロセスで製造される。複数のダイを集積するのではなく、1チップ構成だ。標準TDP(熱設計電力)は28Wで、15W~54Wの範囲内で調整できる。

 リアルモバイル系のノートPCというよりは、性能重視のノートPC向けのAPUだ。

●Pコアだけど高効率!? 「Zen 5c」の果たす役割

 CPU市場におけるAMDのライバルであるIntelは、CPUコアについてピーク性能重視の「高性能コア(Pコア)」と、電力効率重視の「高効率コア(Eコア)」を混載するアーキテクチャを採用している。

 それに対してAMDはEコアの搭載を極度に嫌っている。Intelへの対抗もあってか、ここ最近の新CPUの説明会では「AMDのCPUは全部Pコア!」なんていうアピールをすることも珍しくない。

 そんな中、Ryzen AI 300シリーズに搭載されているZen 5cのCPUコアは、IntelでいうところのEコアに近い存在といえる(AMDは『Eコア』と言ってほしくないだろうが、Zen 5と比べたらEコア的な立ち位置なので便宜上こう呼ぶ)。

 先述の通り、Zen 5cは「コンパクトなZen 5」だ。マイクロアーキテクチャは同一で、ピーク時のIPC(クロック当たりの実行命令数)も同等だという。「では何が違うの?」というポイントだが、一番大きいのはL3キャッシュの構成の違いだ。

 Ryzen AI 300シリーズの場合、Zen 5コアには最大4基、Zen 5コアには最大8基のCPUコアが搭載される。Zen 5コアでは4基のCPUコアが16MBのL3キャッシュを共有する。それに対して、Zen 5cコアでは8基のCPUコアで8MB(6基の場合は6MB)のL3キャッシュを共有している。要するに、Zen 5では「1コア当たり4MB」、Zen 5cでは「1コア当たり1MB」のL3キャッシュを用意しているということになる。

 加えて、Zen 5cのCPUコアはZen 5と比べて30%ほど小型化されおり、ピーク動作クロックも低く抑えているという。L3キャッシュの容量削減と併せて考えると、全部Zen 5のコアにするよりも電力効率は高いといえそうだ。

 ちなみに、競合のIntelはモバイル向けの次世代Coreプロセッサ(開発コード名:Lunar Lake)のPコアにおいて、マルチスレッド動作を“無効”とする決断を行ったが、AMDではクライアント向けCPUにおけるマルチスレッド対応を今後も続けるという。

●2024年末に向けてCPU戦線が熱くなりそう!?

 Ryzen 9000シリーズの直接のライバルは、Intelが2024年後半に投入を予定するデスクトップ向けCore Ultraプロセッサ(Arrow Lake)となるだろう。デスクトップPCやゲーミングPCの新調を考えている皆さんは、この両者が出そろってから選んでも遅くはない。

 一方、Ryzen AI 300シリーズのライバルは、次期Core Ultraプロセッサ(Lunar Lake)と現行のCore Ultraプロセッサ(シリーズ1)になりそうだ。次期Core UltraプロセッサのNPU性能はRyzen AI 300シリーズと拮抗(きっこう)するものの、ターゲットが「リアルモバイル」なので、直接競合するかというと、そうでもなさそうである。

 GPU性能が圧倒的に優れるRyzen AI 300シリーズは、携帯型ゲーミングUMPCへの採用で盛り上がりそうだ。

 ともあれ、2024年末はCPU回りの戦いが“熱く”なるだろう。

この記事の関連ニュース