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Arm版の「Copilot+ PC」で既存アプリは快適に動作する? 新型「Surface Laptop」で試してみた

ITmedia PC USER 2024年8月6日 12時10分

 筆者はSoCに「Snapdragon X」シリーズを搭載した「Surface Laptop(第7世代)」を発売日に購入し、使い始めてから1カ月以上が経過した。スペックの話などはこれまでに紹介してきたが、読者の皆さんは「Arm版Windows 11は果たして使い物になるのか?」と疑問に思っているのではないだろうか。

 そこで、今もSurface Laptop(第7世代)をメインのモバイルPCとして利用している筆者の経験を基に、その疑問に答えていこう。

●Arm版Windows 11のx64エミュレーションのおさらい

 実際にアプリの動作を確認する前に、Arm版Windows 11のx64エミュレーション機能(バイナリ変換)について軽くおさらいしよう。本来、OSがArmアーキテクチャで動作している場合、IntelやAMDなどのx86/64アーキテクチャ向けに開発されたアプリは実行できない。このままではArm版のOSを使っているユーザーの利便性が著しく低下してしまうことだろう。

 そんな状況ではいつまでたっても使う人は増えないだろう。そこでArm版Windows 11には、従来のアプリケーションをエミュレーションして動作させる機能が用意されている。これはApple Siliconを搭載したMacで利用できる「Rosetta 2」と同じ仕組みだ。

 実は従来のArm版Windows 10まではx86アプリのエミュレーションをサポートしていたにもかかわらず、x64アプリは実行できなかった。しかし、Arm版Windows 11では新たにx64アプリの実行もサポートされるようになり、従来のソフトウェア資産を有効活用できる基盤が整った。

 ただ、純粋なArmアプリと比べると、x86/x64アプリを実行する際はバイナリ変換を挟むため、どうしてもオーバーヘッドが発生してしまう。

 オーバーヘッドが発生してしまうとはいえ、x86/64アーキテクチャからArmアーキテクチャへの移行を緩やかに実施できるため、ユーザーに取ってもサードパーティーアプリ開発者にとってもありがたい話だ。

●筆者が普段利用しているアプリは快適に動くのか?

 x86/64アプリの動作もエミュレーションで対応可能であることは分かったが、実際に筆者が普段利用しているアプリが正常に動くのか、詳しくチェックしていこう。

Google ChromeはArmネイティブ対応

 まずは、メインで使っているWebブラウザのGoogle Chromeだ。Windows開発キット2023が発売された当初は、Arm対応はしていなかったのだが、2024年の初頭にリリースされたCanaryビルド(試験運用版)のVer.123.0.6288.0にて、Arm版Windowsに対応した。しばらくテストが行われた後、2024年3月末に正式対応となった。

 ChromiumベースのMicrosoft Edgeは、Windows開発キット2023が発売された時点で既にArmネイティブ完了していたが、個人的には普段から利用しているGoogle Chromeをネイティブアプリとして利用したかっただけに、このニュースは非常にうれしい出来事だった。さらにこれなら「メインのノートPCをArmアーキテクチャのPCにしてもいいな」と考えたきっかけでもあった。

 過去にWindows開発キット2023のレビューを行った際にも触れたが、ネイティブ版と比べてx86/64エミュレーションではオーバーヘッドが発生する分、パフォーマンスも落ちることに触れたが、それだけでなく余計な処理を挟まなくなるため、バッテリーの持ちにも大きく影響してくる。

 PCを利用する時間の中で大多数の利用時間を誇るWebブラウザがArmネイティブ対応することは、ArmアーキテクチャのPCを選定する上で非常に大きな追い風となる。

 ただ1点注意すべき点がある。Surface Laptop(第7世代)の購入当初、wingetコマンドでGoogle Chromeをインストールした際は、Arm版ではなくx86版がインストールされた。ある程度、Windowsに精通した方ほど、Arm版ではなく実はx86版を使っていた、なんて可能性があるので注意してほしい。

 余談ではあるが、筆者も引っ掛かった1人でもある。これは裏を返せば普段利用では、アプリがx86/64エミュレーションで動いている事に気付きにくい、ということを経験できた。

Visual Studio Codeもネイティブ対応

 続いてはMicrosoft社がリリースしているVisual Studio Codeだ。テキストエディタにとどまらず、豊富な拡張機能や内包されたターミナルのおかげで、今ではGoogle Chromeに次いで必須アプリとなった。

 こちらはMicrosoft製アプリということもあり、Microsoft Edgeと同じくWindows開発キット2023が発売された頃には既にネイティブ対応が完了していた。デフォルトのままではそこまでCPUリソースを利用しないが、拡張機能を複数組み合わせて利用することを考えると、早期からArmネイティブ対応が完了しているのは非常にありがたい。

WSL2もArmネイティブ対応 独自でアプリを動かす場合は注意が必要な場合も

 続いてはWSL2を見てみよう。筆者は普段、Linuxを利用する際はDebian GNU/Linuxを愛用しているため、WSL2でもUbuntuではなくDebian GNU/Linuxを導入している。

 こちらも特に普段と変わらない方法でWSL2を有効化し、Microsoftストア経由でインストールしたのだが、しっかりArmネイティブ対応だと確認できる。

 1つ注意点を挙げるとすると、neofetchの実行結果からも分かる通り、Arm64版のDebian GNU/Linuxが動作しているので、WSL2向けに何か導入する手順を解説した書籍や、Webサイトの情報をそのままコピペして利用すると、x86_64向けにビルドした実行ファイルをダウンロードしてしまい、結果として動かないなんてこともある。

 基本的にはソースコードをダウンロードして、ビルドするかaptなどのパッケージ管理ツールを使うので、そこまで気にする物でも無いが、念のために覚えておきたい。

Docker for DesktopもArmネイティブ対応しているが、インストールには注意が必要

 Docker for Desktopについても。Microsoft Build 2024にてArmネイティブ対応が発表され、Ver.4.30からArmネイティブ対応しているのだが、執筆段階では少し注意が必要だ。

 Docker for Desktopを公式サイトからダウンロードしてインストールしたのだが、Unexpected WSL errorが発生してしまう。詳しく確認してみると、Docker for Desktopがx64エミュレーションで動作しており、Arm版WSLにうまく対応できていないことが分かった。

 それもそのはずで、Arm版のDocker for Desktopはまだβリリースにあり、ダウンロードページからはダウンロードできない。

 Arm版のインストーラをダウンロードするには、Docker for Desktopのリリースノートのページから、「Windows Arm Beta」をクリックする必要があるので、もしDocker for Desktopを利用する場合は注意されたい。

●x86/x64アプリはおおむね動作 しかし正常に動作しない場合も

 主要なアプリを確認してみたところ、おおむねArmネイティブ対応していたが、もちろんまだネイティブ対応できていないアプリも多数存在している。x86/x64エミュレーションはなかなか優秀だったので、いくつか試してみよう。

 パスワードマネージャーとして有名な「1Password」については、まだArmネイティブ対応はしておらず、x64で動作することが分かる。しかし動作自体は何ら問題無く、パスワードの管理から、ブラウザの拡張機能を利用したパスワードの自動補完、Windows Helloを使ったロック解除まで正常に動作する。

 こうしてみると、やはりx86/x64エミュレーションの互換性も高いし、「利用できないアプリはないのでは」と考えていたのだが現実はそう甘くはなかった。

 IME(日本語入力)で有名なATOK Passportを筆者は愛用しているので、Surface Laptop 13.8インチモデルにインストールしてみた。インストール自体は問題なく完了するのだが、Armネイティブアプリでは何をやってもATOKが利用できず、Microsoft IMEに強制的に切り替わってしまう。

 試しにArmネイティブ非対応アプリで、ATOKが利用できるか試してみたところ、正常にATOKが利用できることが分かる。このことから、Arm版WindowsでもATOKのインストールは可能だが、Armネイティブアプリでは利用できず、x86/x64エミュレーション下で動くアプリでしか利用できない。

 開発元であるジャストシステムも、ATOK Passportの動作環境ページに「※Arm版Windowsは動作保証外です」との記載しているため、現時点ではArm版Windowsに完全対応できていない状況だ。個人的にはATOKが利用できない点はかなり苦痛を感じるため、開発元のArmネイティブ対応がリリースされることを期待して待ちたいところだ。

 いくらx86/x64エミュレーションが優秀であっても、OSコンポーネントに近い所に影響を与えるアプリについては、ネイティブ対応していなければ正常に動作しないため、注意が必要だ。

●Adobe Creative Cloudも一部アプリは動作可能

 続いてはAdobe Creative Cloudをチェックしていこう。筆者はAdobe Creative Cloudのコンプリートプランを契約しているので、基本的に全てのアプリが利用できるはずなのだが、Arm版WindowsにインストールしたCreative Cloud Desktopアプリを開くと表示されているアプリが少ない。

 試しにメインのデスクトップPCでCreative Cloud Desktopアプリを開くと、利用できる全てのアプリが表示されている状態だ。いろいろと原因を確認してみると、Arm版Windowsで動作するアプリは下記だけで、それ以外は動作しないためインストールボタンが表示されていない事が分かった。

・Adobe Photoshop(Armネイティブ対応)

・Adobe Photoshop Lightroom(Armネイティブ対応)

・Camera RAW(Armネイティブ対応)

・Adobe Acrobat(x64エミュレーション)

・Adobe Acrobat Reader(x64エミュレーション)

 Adobe Acrobatをインストールしようとすると、「IntelベースバージョンのAcrobatをインストール」というダイアログが表示され、x64版のインストールが開始される。実際にインストールしてみると、バイナリ変換の処理のせいかインストールに非常に時間がかかる。

 ただ一度インストールさえしてしまえば、動作自体は特に引っかかりもなく快適に動作するので、現時点でも既に利用には問題ない状態だ。

 続いてAdobe Photoshopを使って、Nikon Z5で撮影したRAWデータを読み込み、「被写体を選択 デバイス(高速)」と「被写体を選択 クラウド(詳細な結果)」を試してみたが、速度としてもかなり早く、メインのデスクトップPCと遜色ない動きを見せる。手元のモバイル用ノートPCでも、RAWデータの編集作業や、同人誌の原稿作業ができるので、Adobe Photoshop用のマシンとしてはかなり優秀だ。

 ただし、残念な点もあって原稿執筆時点でのCamera RAW(Arm)16.4では、Nikon Z6IIIで撮影したRAWデータに対応しておらず、データの編集ができない。IntelベースのCamera RA 16.4では既にNikon Z6IIIで撮影したRAWデータにも対応しているので、RAWの互換性の観点からは、少し頼りない印象を受ける。

 その他の主要なアプリへの対応については、Adobe社が専用のナレッジベースを公開している。具体的には下記の通りだ。

・Adobe Illustrator

・Adobe InDesign

・Adobe After Effects

・Adobe Premiere Pro

・Adobe Media Encoder

 現時点ではネイティブ対応しているAdobeアプリは少ない物の、主要なアプリについても精力的に対応作業が進められているようなので、ひとまず安心と言ったところだろうか。

 Armネイティブ対応したAdobe Photoshopの動作が非常に快適だったので、より動作の重たいAdobe After EffectsやAdobe Premiere Proが、Snapdragon Xシリーズでどれくらい快適に動作するのか期待が膨らむ。

 現在も基本的なアプリは動作するが、やはりArmネイティブ対応したアプリの充実を期待したい

 普段よく利用しているアプリを中心に、Snapdragon X Eliteを搭載したSurface Laptop(第7世代)でテストしてみたが、結果としてはおおむね快適に動作することが分かり安心した。

 x86/x64エミュレーションについても、当初は間違ってx64版のGoogle Chromeをインストールしても気付かなかったほどには優秀であることも分かったが、OSコンポーネントに影響を与えるアプリについては、一部動作しないアプリや、開発元が明確に現時点では非対応である、としているアプリも散見されている。

 「Surface RT」の頃と比べると、状況としては雲泥の差ではあるが、それでもより広くArm版Windowsを普及させるためには、Armネイティブアプリの充実が鍵となることには変わりない。

 ただ、現時点では特に悲観的になる必要も無いだろうと筆者は考える。それは、Windows RTの頃と違って、MicrosoftがArm版Windowsのエコシステム整備にハードウェアの面でも、ソフトウェアの面でも積極的に取り組んでいるためだ。

 手元にあるSurface Laptop(第7世代)とともに、Arm版Windowsの今後どのように進化していくのか楽しみでたまらない。

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