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PC畑を歩んできたエプソン販売の栗林社長が改めて「お客さま」本意の方針を掲げる理由

ITmedia PC USER 2024年8月7日 12時0分

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 「行動の軸をお客さまに置き、成熟領域の深化と成長領域の探索に挑む」――。

 2024年4月1日付で、エプソン販売の社長に就任した栗林治夫社長はこう切り出した。エプソンダイレクトの社長を務めるなど、28年間に渡り、PC事業に携わってきた経歴は、同社トップとしては珍しい。

 だが、その経験がエプソン販売の成長戦略に生かせるとの期待も高まる。インタビューの前編では、PC事業の経験を振り返ってもらうとともに、エプソン販売の社長として重視する姿勢や、「行動の軸をお客さまに置く」という新たな方針の狙いについて聞いた。

●「行動の軸をお客さまに置く」はどうやって生まれたのか?

―― 社長就任以降の約4カ月間は、どんなことに時間を使いましたか。

栗林 私自身はダイレクトビジネスに長年携わっており、法人向けビジネスの経験が少ないですから、まずは全国のパートナーやお客さまを訪問し、私のことを知っていただくというところから始めています。また、社員との対話会を部門ごとに実施し、部長や課長に直接会って話をして、私の考え方や方針を伝えてました。

―― 社長就任に併せて「行動の軸をお客さまに置く」という姿勢を打ち出しました。この理由を教えてください。

栗林 多くの企業が考える存在意義とは、お客さまの役に立ち、社会に貢献することです。これは基本だと考えています。お客さまにはさまざまなワークフローがあり、そこには課題が生まれており、解決策を提示することが必要です。

 エプソンでは、プリンタやプロジェクター、PC、ロボティクス、財務会計ソフトといった商材を持っており、それぞれの商品が果たす課題解決力には高いものがあると自負しています。しかし、個々の商品で個々の課題を解決するだけでなく、もっと複合的な課題にも対応する必要があり、エプソンは、ここができていなかったという反省があります。

 複合的な課題を解決するには、よりお客さまに寄り添い、お客さまに軸を置き、課題の本質というものを突き詰めていかないと実現できず、お客さまの役に立つという目的が達成できないと考えています。そこで、中期活動方針として「すべての行動の軸をお客さまに置き、寄り添い、お客さま価値を持続的に実現し続け、価値創出を加速させる」ことを掲げました。

―― この方針は、栗林社長のこれまでの経験がベースになっているのですか。

栗林 私はエプソンダイレクトで約15年間に渡り、PCビジネスやダイレクトビジネスに携わりました。セイコーエプソンやエプソン販売の期間を入れると28年間に渡って、PCビジネスに関わっています。

 社長就任後の社員向けメッセージでは、最初のページで私がPC事業に長年携わってきたことから説明しました。入社直後は、セイコーエプソンのコンピュータ事業部PC商品企画グループで、PC-98互換機に携わり、その後、98互換機の撤退と、DOS/Vパソコンへの事業転換にも関わりました。

 そして、エプソン販売のPC販売推進を経てエプソンダイレクトに異動し、営業/マーケティング/事業推進/経営全般に携わってきました。2020年からエプソン販売に戻り、PC事業以外の領域も広く担当する形になり、ビジネス営業本部で東日本エリアを担当後、販売推進本部に異動しました。

 エプソンダイレクトではWebを通じた直接販売を行い、ここではインテルのCPUをいち早く採用したPCを提供したり、低価格で実現したりといった価値を提供することが特徴の1つではあったのですが、それはテクノロジーが変化するタイミングに限定されたり、海外で大量生産するPCメーカーにやはり価格では対抗できなかったりといった課題がありました。

 PC USERの読者であればお分かりだと思うのですが、PCはプリンタのように独自のインクジェット技術で差異化できる商品ではなく、CPUやOSが決まっており、メーカーとしての価値を出すことが難しい商品だといえます。どこに価値を出すのかといったことを突き詰めていったとき、その答えを持っているのがお客さまであるというのが、長年、PCビジネスをやってきて学んだことです。

 ある日、お客さまに対して、なぜエプソンダイレクトのPCを選択していただけたのかということを聞いてみました。日本で生産し、日本にサポート拠点があり、修理が早いといった点を評価していただいたり、余計なアプリが入っていなくていいという声もいただけたりしました(笑)。

 また、ハイエンドモデルが売れている理由を探っていったら、映像編集の用途に使われていることが分かり、そういったお客さまと共に事前検証を行いながら、より求められる仕様に進化させるといったことも行いました。頻繁なWindowsのアップデートに困っているというIT部門の声に対しては、Windows Embedded OS(現在のWindows for IoT)を採用することで解決を図るといった提案も行いました。

 PCは要素技術では他社と差別化ができませんから、お客さまに課題を聞いて、それを元に差別化するポイントを見つけるしかありません。エプソンのPCビジネスはダイレクト販売ですから、これが功を奏して、お客さまから直接お話を聞いたり、あるいは非常に早くレスポンスをいただいたり、それを製品化に反映したりといった強みを生かして差別化ができました。

 私には、PCビジネスで、お客さまを軸としたダイレクトビジネスをやってきた経験があります。これはエプソンのPCビジネスの大きな特徴です。だから、「すべての行動の軸をお客さまに置く」という中期活動方針を打ち出したわけではないのですが、その経験は生かしたいと思っています。プリンタも、以前のように、速い、きれいといったことだけが差別化になる時代は終わり、別の価値を提供する必要があります。そのためには、お客さまを軸にすることがより大切になってきます。

●全社プロジェクトで新たな価値を創出

―― 4月25日に行った社長就任会見で使用した資料では、「お客さま」という文字がたくさんありました。数えたところ、表紙を含めて19ページの資料の中に30回ありました(笑)。

栗林 はい、それは意識をして使っていました(笑)。ただ、この考え方は私が突然始めたわけではなく、前任の鈴村文徳氏が掲げていた「モノからコトへのシフト」と同じ意味があります。

 コトの価値は、お客さまを知りつくし、困りごとを把握しないと実現できません。お客さまを軸にした活動をベースにしようという取り組みは、このときから既に始まっています。エプソン販売の場合には、パートナーと連携は強化しているものの、お客さまのところに行くことが少ないという状態が続いていました。しかし、ここ数年でその意識が変わり、お客さまのところに出向き、課題をしっかりと探るといった活動が始まっています。

―― 栗林社長体制での新たな取り組みとして、全社プロジェクトを開始しましたが、これも「行動の軸をお客さまに置く」という姿勢と連動したものになりそうですね。

栗林 その通りです。全社プロジェクトは、組織横断型で顧客価値創出を加速することを目指した活動です。例えば、環境や省人化といった課題においてエプソンがどんな貢献ができるのかといったことを理解するために、お客さまの声に耳を傾け課題を把握し、包括的な価値提供を行うことになります。

 エプソンが持つ技術を活用し、カスタマイズを加えた提案を行うだけでなく、外部のパートナーとの連携によって価値を提供することも視野に入れています。大切なのは、この商品はこの窓口を通じて個別の課題を解決できればいいというのではなく、お客さまの幅広い課題に対して、どう協業すれば包括的にサポートし、課題を解決し、お客さまを笑顔にできるかを考えるということです。

 すぐに成果が出るとは思ってはいませんし、お客さまの声を聞くということは時間をかけてじっくりと進めるべきだと思っています。お客さまの声を元に、特定の商品やサービスに絞られない新たな提案を模索していきます。

―― 「行動の軸をお客さまに置く」、あるいは「モノからコトへのシフト」といった取り組みが、既に成果につながっている事例はありますか。

栗林 例を挙げると、スタディラボとの協業による「StudyOne」は、その1つです。スタディラボが持つ学習管理システムと、エプソンが持つ遠隔印刷とスキャン技術を組み合わせて、デジタルと紙を融合させた家庭学習を提案し、塾と子ども部屋をつなげる学習サービスとなっています。

 具体的には、学習塾は生徒に合わせた課題プリントを選択して、生徒の家に送信し、生徒は届いた課題プリントをプリントアウトして学習した後に、プリンタのスキャン機能を使って学習塾に返信することで、家に居ながら塾と同じ学習が行えるようにしています。また、各プリントにはQRコードが自動で印刷されるため、これを活用して、生徒の学習ログとしてデータを蓄積できます。

 先ごろ、灘中合格の実績では日本一の実績を持つ浜学園でもStudyOneが採用されました。StudyOneは、塾に通う生徒や保護者、学習塾が何に困っているのかを考え抜いた結果、プリンタが持つ機能を活用して生まれたサービスです。

 生徒には、塾では勉強できるが自宅での学習がはかどらなかったり、自ら学ぶ習慣が身につかなかったりといった困りごとがありました。また、学習塾では、塾にいるとき以外、生徒の学習をサポートできないという課題があります。そこに、オンライン学習のようにデジタルだけで対応するのでなく、プリンタを活用して、紙を利用することで学習効果を高めるといった仕組みを導入することで、課題解決と高い効果を実現することを目指しています。

 つまり、学習塾のノウハウを生かしながら、困りごとを解決するサービスとして提案することができたわけで、「行動の軸をお客さまに置く」こと、「モノからコトへのシフト」をした結果、実現した取り組みの1つだといえます。

 また、これは「成熟領域の深化」といった点でも成果の1つだといえます。コンシューマー向けプリンタを自宅での年賀状印刷や写真印刷だけでなく、学習塾のサービスに活用することで、新たな価値を提供することができるようになるからです。技術は成熟してこなれていますが、お客さまに使いこなしてもらったり、課題を解決したもらったりするために、深化させる取り組みが重要になります。

 先に触れた全社プロジェクトでも、それぞれの営業部門がこれまで担当していた領域へのアプローチに留まらず、お客さまの困りごとを把握し、そこにエプソンはどんなお役に立てるのかといったことを可視化し、必要であればスタディラボとの協業事例のように、パートナーとの連携によってサービスを提供していくことにも取り組みます。

 既にお客さまとの対話を通じて、知らなかった課題に気が付き始めたという成果も上がっており、これを1年後にはいくつかのソリューションとして提供したいと考えています。

●徹底してオペレーションを磨き上げたPCビジネス

―― 顧客に寄り添うといった姿勢に加え、PCビジネスを通じて他に学んだ要素はありますか。

栗林 もう1つは、オペレーショナルエクセレンスです。オペレーションを磨き上げることは大切なことであり、これがビジネスの強さに直結することを学びました。エプソンダイレクトはWebで注文を受けると、そのまま生産工程にデータが流れ、1日でカスタマイズしたPCを生産し、出荷できるという体制を整え、これが大きな差別化になっています。

 修理受付も同様で、土日も含めて1日で対応し、お客さまの業務ダウンタイムを最小限に抑えています。徹底してオペレーションを磨き上げた結果、スピードを価値にすることができた事例の1つです。この考え方はエプソン販売全体にも広げていきたいと思っています。デジタルを活用して無駄なものを省き、業務を改革して、それを強みにしたいと思っています。

―― PC事業での苦い経験はありますか。

栗林 失敗ばかりですよ(笑)。エプソンダイレクトで営業責任者をしていたとき、低価格戦略から、特定業務に価値提案をしていく方針を打ち出しました。その際に、医療分野で錠剤などを分包する専用機のコントロール端末の商談に、エプソンダイレクトのタブレットを提案しました。

 高価な専用機のコストダウンをしたいというお客さまの要望もあり、軽い気持ちでこの提案を受けたのです。しかし、実際に商談を進めてみると、錠剤の分包機では、周辺に静電気が発生しやすく、そうした利用を想定していない汎用(はんよう)タブレットでは、静電気対策という点では完全ではありませんでした。効果的な静電気対策のために、独自に研究を行い、試行錯誤の結果、分包機といった特定領域にも汎用タブレットで対応することができました。

 これは、お客さまに教えていただいたことでニーズを理解でき、専用領域においても汎用的なデバイスで、お客さまに役立てることが分かったという点では大きな成果でした。ただ、結果としては、プラスに働きましたが、どこまでできるかが分からずに受けたわけで、半年間に渡ってお客さまのご協力を得て、ようやく完成することができたものです。

 純粋に考えれば、そういったノウハウが蓄積していないものだったわけですから、安易に受けてはいけない商談だったかもしれません。その点では反省すべき失敗ですが、このような経験をして課題を乗り越えたことで、その後、大手薬局にも提案できるようになりましたし、業務を止めてはいけない領域に、専用機ではなく汎用機で提案し、業種特化戦略を加速するきっかけになったともいえます。

 お客さまとの深い対話を通じて、PCやタブレットが、どのように使われているかを知ることできましたし、私たちがどこまでお客さまに貢献できるのかも知ることもできました。また、その後は、商談の入口で、どこまでできるのかといったことを検証し、本当にお客さまにお役に立てるのかといったことを見極めています。

―― 現在のエプソンダレイクトのPCの強みはどこにありますか。

栗林 エプソンダレイクトでは引き続き、特定業務向けPCビジネスに力を注いでいます。これは、エプソンダイレクトが、課題解決において最も貢献できる分野であり、価値が発揮できる分野です。

 この基本戦略は変わっていません。既に4割近くが特定業務向けビジネスです。PC市場は、2025年10月にWindows 10の延長サポートが終了し、それに伴う買い替え需要が発生します。また、AI PCといった新たな市場の創出が期待されています。そうした需要にも最適なPCを提供していきます。私自身、長年取り組んできた事業ですから、エプソン販売の社長になっても気になる事業の1つです。ちょっと多めに口出ししちゃうかもしれませんね(笑)。

 ※近日公開予定のインタビュー後編に続く。

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