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「AI PC」は普及する? 「日本市場だからこそ広がる余地がある」HPの幹部に聞く

ITmedia PC USER 2024年8月15日 8時5分

 2024年1月にIntelがMeteor Lakeこと「Core Ultraプロセッサ(シリーズ1)」を発表して以降、PCの世界でも製品紹介の場面で「AI」というキーワードが頻繁に現れるようになった。そしてAI処理に使われる推論演算を低消費電力かつ高速に処理できる「NPU」を内蔵するPCを「AI PC」と呼ぶようになった。

 この動きを“先取り”してきたのは、スマートフォンなどのモバイル端末だ。音声入力や文字の書き起こし、その場での撮影写真加工などの用途でAIは大いに活用され、メーカー間での差別化ポイントとして何年にも渡りアピールされてきた。この動きは普及価格帯のモバイル端末にも波及しており、ある意味でモバイル端末では“必須機能”となっている。

 こうした経緯もあるのか、スマホ向けSoCの流れをくむQualcommのPC向けSoC「Snapdragon X Elite」を搭載するPCは、Microsoftから「Copilot+ PC」の名称を与えられ、今後何年にもわたって「PC上で充分なAI処理が可能な性能を持つPC」としてのお墨付きを得ることになった。

 Copilot+ PC(新しいAI PC)の要件は別の記事に詳しいが、現状ではSnapdragon X Eliteか、その下位シリーズとなる「Snadragon X Plus」のいずれかを搭載するPCのみが対象となる。Intel(x86)アーキテクチャのCPUでも、AMDの「Ryzen AI 300シリーズ」であればその性能要件を満たすことが可能で、同シリーズを搭載する「HP OmniBook Ultra 14」も、遠からずCopilot+ PCの仲間入りを果たすだろう。

 ただ、現状のCopilot+ PCの要件を満たすPCは、米国における販売価格が税抜き1000~1600ドル程度、日本国内では税込み20万~30万円前後の価格帯となっており、価格帯だけで見ればミドルハイ~ハイエンドのカテゴリーに属する。個人が気軽に買うのは難しいことはもちろん、企業でも全従業員に一気に行き渡らせるような一斉(大量)導入は困難だろう。

 PCメーカーとしては、Windows 10のサポート終了(EOS)が2025年10月14日と、約1年後に控えていることもあり、何とかこのチャンスに「最新PCのセールスをかけたい」とも考えているはずだ。

 少し前置きが長くなったが、HPが米ニューヨーク州ニューヨーク市で開催した「HP Imagine AI」に合わせて、同社のサミュエル・チャン氏(PCコンシューマーシステム部門担当プレジデント兼シニアバイスプレジデント)から話を聞く機会があった。同社はAI PCについて、どう考えているのだろうか。

●エントリーPCも「AI PC」になるのはいつ?

 PCがハードウェアにひも付く新機能を搭載したとして、それが全ラインアップとは言わずとも、広い範囲に適用されるまでには数年の歳月を要する。PCには一定の「買い換えサイクル」が存在するからだ。

 加えて、こうした特別な機能は、得てしてハイエンドの製品から投入される傾向が強く、ミドルレンジ~ローエンド(エントリー)にまで広がるまでには一定の時間を要する。

 ただ、チャン氏は現状では“特別な機能”であるNPUは、比較的早期に浸透すると見ているという。

チャン氏 確かに、われわれが(Copilot+ PCを含むAI PCの)デモにおいて示しているユースケースの多くは企業の従業員とクリエイターの生産性向上に結びついていて、(対象としては)限られたものかもしれません。 一方で、実際にAIが使われている場面を見ると、学生の間で最も浸透していることも分かっており、幅広いセグメントでの需要があることが見て取れます。 AI PCはハイエンドなセグメントでスタートしていますが、業界では数年後にAI PCの普及率が56%がに達すると予想しています。当社も、今後の12カ月間でAI PCのラインアップをさらに拡大する予定です。そうすれば、2025年は2024年よりも確実にAI PCの価格は下がり、より多くのユーザーの手に届くものになると考えています。

●日本に最適化されたAIアプリはさらに増加する?

 とはいえ、AI PCの普及には懸念事項もある。

 例えば、オンデバイスAIにおいてPCに先行するしているスマホの世界では、プラットフォーマー各社のAI機能投入合戦が過熱している。スピードと“深化”に比重を置くがゆえに、機能面でもプラットフォーマーらの“母国語”である英語が優先され、サービス自体も米国限定となるケースが珍しくない。日本語を含む他言語は“後回し”または“機能限定”にされがちだ。

 AI PCの世界においても、このような「英語優先」「米国優先」という問題が発生する可能性も否定できないが、チャン氏は日本市場攻略の観点から次のように指摘する。

チャン氏 おっしゃる通り、多くのAI企業や大規模な基盤モデルの開発者は、シリコンバレーなど米国に拠点を置いており、当然ながら“自国市場”の母国語である英語を第一優先としています。しかし、Microsoftを筆頭に、既に多くのアプリがサポートしているAIベースの「ライブ翻訳」機能では、対応言語に日本語も含まれています。これは(英語を母国語とする)私たちにとってはそれほど意味のある機能ではないのかもしれませんが、日本市場にとっては大きな意味を持ちます。 同時に、米国と日本のテクノロジー企業がさらにAIをサポートし、さまざまなユーザー行動やUX(ユーザー体験)のデザインに至るまで、ターゲットをローカル市場に絞るようになることも期待されます。「LINE」のように、米国ではほとんど利用されていませんが、日本では非常に人気のサービスは「顧客にとっての価値は何か?」を考える上で、重要なものだと考えています。LINEヤフーのような日本のIT企業が、AIを完全に受け入れることにも期待しています。(生成AIは)まだ普及の初期段階であり、今後も進化が期待できるでしょう。 日本の経済は巨大で、人口も世界の国々では多い方です。技術的な深みもあり、ビジネスに与える影響も大きいと考えます。ゆえに、日本向けに最適化された日本固有のAIサービスとソフトウェアが、間もなく利用可能になると確信しています。

 チャン氏はマクロな話題だけでなく、HP自身の日本市場に対する取り組みについても説明している。

チャン氏 私たちは、日本市場に適した製品への投資も継続していきます。直近では1000ドル未満のカテゴリーに属する「HP Pavilion Aeroシリーズ」の新製品をリリースしたばかりですが、こうした日本の顧客に“響く”デバイスへの投資は重要です。 日本市場について、より語れる人物は他にもいるかと思いますが、私が実際に現場を見て気付いたのは、顧客が一貫して“非常にハイスペックな”消費者向けデバイスを買っている点です。その一方で、最新のテクノロジーのサポートと共に下位互換性を含む“全て”を求めていること、具体的にはアナログRGB(D-Sub)出力端子の実装や、ノートPCへの光学ドライブ搭載を求めている点は驚きでした。これは、他の市場では見られない傾向です。例えるなら、高齢者の方が年に1回などのあいさつ状を印刷するために必要な素材やデバイスを求めているのです。 1000ドル以下のPCを求める需要から“全て”を載せたPCを求める需要まで、(日本市場には)非常に洗練されて幅広いニーズがあるといえます。

●メーカー間の競争が「AI PC」をより身近に

 対応アプリやサービスの増加によって、今後もAI PCに対する需要は増加する――少なくともメーカーの視点では「AI推しの施策は思ったほど受け入れられないのでは?」という懸念を抱いていないことは分かった。

 チャン氏は「PCは人間にとって最高の生産性と創造ツールの1つであり、その体験はAIによってさらに向上する。私の記憶では、過去10~20年ほどの間にISV(独立ソフトウェアベンダー)がこれほど盛り上がっている様子は見たことがない」と語る。AIが盛り上がりを見せるタイミングで積極的にハードウェアとソフトウェアまで幅広い分野に投資を行うことで、AIトレンドを一層盛り上げていこうという意思が感じられる。

 もう1つ、筆者が抱いていた懸念がある。現状で「AI PC」をうたうためにはCPU/SoCの選択肢が限定的であり、各社が性能面でPCの差別化を行いにくくなっているという点だ。Copilot+ PCの要件を満たすとなると、選択肢はさらに絞られてしまう。

 しかし、チャン氏はこのような見方に否定的だ。

 例えばSnapdragon X Eliteを採用したノートPCの場合、他メーカーでは16時間程度のバッテリー駆動時間しか提供していないのに対し、HPでは26時間以上の駆動時間を確保しています。このように、ハードウェアだけでも多くのことをエンジニアリングで差別化できると思います。 加えて、私たちは「AIコンパニオン」のようなものにも投資を行っていきます。当社が開発するソフトウェアレイヤーは、顧客にとって価値とメリットを多く含みます。差別化ありきの機能追加ではなく、顧客が実際に見て感じて体験できる価値を実際に組み込むことで、私たちのビジネスチャンスにもなると考えています。

 同じPCでも、エンジニアリングや各分野における投資の差異が大きな差別化ポイントとなるという。

 CPU/SoCの選択肢という観点では、Snapdragon X Elite/Plusに加えて、OmniBook Ultra 14が採用したRyzen AI 300シリーズが登場した。そして9月にはIntelが「Lunar Lake」(開発コード名)が発表される見通しで、同じタイミングで各社からも搭載PCが続々と発表されることになるだろう。Snapdragon Xシリーズについては、10月にも新製品の発表を控えているとされる。AI PCで利用できるチップは、水平展開が拡大している。

 この流れに乗る形で、今後はAIソフトウェアの開発もさらに活発になると見られる。この新しい技術によって、PC市場はしばらく盛り上がることになりそうだ。

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