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「Snapdragon X Elite」って結局どうなのよ? ASUS JAPANの「Vivobook S 15」を試して分かったこと

ITmedia PC USER 2024年8月15日 11時53分

 ASUS JAPANから登場した15.6型のノートPC「Vivobook S 15」(S5507QA)は、6月18日に一斉に発売になった世界初の「Copilot+ PC」のうちの1つだ。

 スリムなボディーにQualcommのSoC「Snapdragon X Elite」を搭載しており、Windows 11に加わった新しいローカルAIアプリケーションを活用できる。このSnapdragon X Eliteというプロセッサは、従来のSnapdragonとは全く異なる性格のプロセッサであり、従来のPC向けSnapdragonシリーズのイメージを引きずっていると、本製品を含めたCopilot+ PCの本質は見えてこない。

 例えば、過去に筆者がレビューした日本HPの「HP Elite Folio」は、電力効率の高さや発熱の低さなど見るべきところはあったが、パフォーマンスとなるとArmネイティブ対応のテストですら、当時から3年も前に発売されたCore i5-8350U搭載のノートPCよりも劣っていた。

 今回はSnapdragon X Eliteに関する知識を整理するとともに、Vivobook S 15 S5507QAについて、より踏み込んだパフォーマンスや使い勝手の検証をしていきたい。

●Snapdragonなのに15型で1.42kg!? フォームファクターに感じた違和感

 本機は15.6型画面を搭載した約1.42kgの大画面薄型ノートPCで、システムの中核をなすSoC(System On Chip)として、Snapdragon X Elite(X1E-78-100)を搭載している。

 実を言うと、筆者は最初にこのPCのフォームファクターとハードウェアスペックを聞いた時にはどうにもピンとこなかった。「Snapdragonなのに15.6型で1.42kg?」「WWAN(5GまたはLTE)ついてないの?」と思ってしまったのだ。

 というのも、Snapdragonといえばやはり「スマートフォンのCPU(SoC)」であり、「省電力で低発熱でロングバッテリーという印象がある。そして、WWAN機能をスマートに統合できる一方、パフォーマンスはいまひとつ」というイメージが強い。

 その先入観に囚われ、Copilot+ PCをいち早く試せることに心を躍らされつつも、ハードウェア自体についてはそこはかとない違和感を覚えていた。同じように思った読者も少なくはないのではないだろうか。まずはこの認識の違いを改めるため、Snapdragon X EliteというSoCの知識を整理しておきたい。

 ちなみに、SoCというのはSystem On Chipの略であり、CPUコアやGPUコア、メモリコントローラやインタフェースコントローラー、さらにカメラ用のイメージプロセッサやオーディオDSPなど、コンピュータシステムを構成する主要な機能を1チップに高度に統合したチップのことを指すが、カッチリした定義や規則があるわけではない。

 既にIntelやAMDのモバイル向けCPUもずいぶん前から多くの機能を統合しており、実際に文脈によってはSoCと呼ばれることもある一方、PCでは中核であるCPUと呼ぶのが一般的だ(AMD製品の一部をAPUと呼ぶ人もいるが)。スマートフォンではSoCという名称が浸透しており、QualcommもSoCと呼んでいるので、それにならっている格好だ。

●Snapdragonのイメージを覆すパフォーマンス志向

 Snapdragon X Eliteについては、PC USERでも発表時に記事化されている。これまでのSnapdragonのイメージを大きく覆すハイエンドのCPU(SoC)だ。

 Qualcommは、これまでもPC向けのSnapdragon系CPUの発表時にパフォーマンスをアピールしてきた経緯があるが、それらはあくまでもスマートフォン向けSoCの延長線上にある製品であり、「速い」といってもスマートフォン向けSoCとの比較上でのことだった。

 一方、このSnapdragon X Eliteは、PCにフォーカスした新しい設計思想の元で開発されており、CPUコアから完全新規に設計されている。そのCPUコアが、開発コード名「Oryon」(オライオン)だ。

 そして、Snapdragon X Eliteは、Arm系SoCで一般的な、性能重視のコアと省電力重視のコアを組み合わせて使う「big.LITTLEアーキテクチャ」を採らない。パフォーマンス重視のOryonコアのみを12基搭載するという、パフォーマンスへ大きく振った構造となっている。もっとも、単にパフォーマンスに全振りしたというわけでもなく、プロセス技術(4nm)やアーキテクチャの優位から、電力効率も優れている。

 また、Snapdragon X Eliteには4種類のバリエーションモデル(SKU)が存在するが、本機は最も低いグレードの「X1E-78-100」を搭載している。CPUの周波数が最大3.4GHzで、2コアブースト機能を省いた仕様だ。

 なお、TDPは可変であり、IntelやAMDのUシリーズが採用される薄型ノートPCから、Hシリーズが搭載される高性能ノートPCまでをカバーする。つまり、PCベンダーの熱設計ポリシーによって、Snapdragon X Eliteの同じSKUを備えても、性能はかなり変わってくる可能性がある。

●バッテリー駆動時間は「性能の割には優秀」という理解が妥当

 Snapdragon X Eliteの発表時の記事を改めて見てみると、Qualcommの訴求はどうもズレているように感じる。

 発表時のプレゼンテーションにしても、「Geekbench 6.2.1のSingle-CoreのスコアがIntelのCore i9-13980HXより高いがはるかに省電力」「マルチコアのスコアについては、Core i7-1335Uや1360Pと比較して最大で60%高速」という説明で、何とも分かりにくい。これでは「良いところだけ選んでアピールしているんだな」という印象しか受けない。これまでの経緯も経緯なだけに、せっかくのパフォーマンスの飛躍的向上がうまく伝わらなかった感がある。

 また、Qualcommは、電力効率も強くアピールしているが、バッテリー駆動時間ということでは実際はさほどでもない。一例を引くと、本機のバッテリー駆動時間(公称値)は約18時間と長時間ではあるが、70Whの大容量バッテリーを搭載していることを考えれば、驚く数字ではない。パフォーマンスがきちんと伝わらなければインパクトに欠ける要素だ。

 あくまでも「パフォーマンスの割には優秀」という理解が妥当だろう。Snapdragonのブランドイメージとして電力効率の高さは定着しているため、電力効率の高さを強調したことで、以前の(電力効率は高いがパフォーマンスが低い)Snapdragonのイメージへと引っ張る印象を受ける。。

●互換性の課題を抱えるArmアーキテクチャ

 一方で、Snapdragon X Eliteに関しては、CPUコアの命令セットアーキテクチャが、Arm64アーキテクチャであることも忘れてはならない。動作するOSは「Arm版Windows 11」であり、IntelやAMDのCPU(x64アーキテクチャ)で動作する「(x64版)Windows 11」とはUIは共通だが、中身は全く別のものである。

 そのため、アプリの互換性については注意が必要になる。Snapdragon X Elite本来のパフォーマンスが発揮できるのは、Arm64ネイティブアプリに限られる。Arm版Windows 11は、x64(64bit)/x86(32bit)のアプリはエミュレートする機能を持っているのでArmネイティブ以外でも多くのアプリは動作するが、ハードウェアに直接アクセスするようなアプリや、アーキテクチャで起動やインストールを制限するようなアプリは動作しない。

 動作しないアプリの代表的なところではアドビのソフトウェア群がある。PhotoshopとLightroom(Classicではない簡易版)は早々にArmネイティブ対応をしたものの、Premiere ProやLightroom Classicといった愛用ユーザーが多くいる定番ソフトの多くはインストールもできない状況だ。Snapdragon X Eliteのパフォーマンスは、クリエイティブでこそ生きると思われるだけにArm対応が待たれる。

●「動作する」「しない」だけではない 複雑なやっかいごとも

 実際に使って見ると、動く動かないだけではない、やっかいなこともさまざまある。1つは、アプリがArmネイティブ対応しても、「必ずしも既存のx64版と同じ機能が全て使えるとは限らない」ということだ。

 例を挙げると、2022年の日本HPのHP Elite Folioのレビュー当時のZoomは、Armネイティブ対応していたものの、その機能はx64版には遠く及ばないシンプルなものに限られ、背景効果すら利用できない状態だった。既に現在のArmネイティブ版Zoomでは解消されているが、同じことは全てのアプリで起こりうるため、懸念点として頭に入れておきたい。

 もう1つは、プログラムの相互運用時の問題で、代表例がIMEだ。例えば、ジャストシステムのATOKが挙げられる。ATOKはArm版Windows 11上でもエミュレーションで動作するが、Armネイティブアプリとの組み合わせでは動作しない。Armネイティブアプリとx64アプリ(エミュレーション)、どちらもArm版Windows 11で動作するものの、相互に連携して運用することはできないというわけだ。

 これはIMEに限らず、アプリのプラグインなどでも同様の問題が起きることであり、開発が進まない理由の1つになっている。Microsoftでは、この問題の解決策として、x64アプリと相互運用可能な「Arm64EC」というバイナリインタフェースを用意し、Microsoft OfficeをこのArm64ECベースで構築している。

 MicrosoftがArm64ECを実装したのは、Office用のプラグインを動作させるためであり、IMEのためというわけではなさそうだが、結果的には、これによってWordやExcel、PowerPoint上では、ATOKを使っての入力が可能になっている。しかし、Edgeやフォト、ペイントなど、Arm64ネイティブのOS標準アプリではATOKは使えないままだ。Arm64ECの利用がもっと広がれば解決に近づくのだが、Microsoft Office以外ではArm64ECの実装例は確認できていない。

●GPUはDirectX 12対応 45TOPSのNPUを統合

 Snapdragon X EliteはGPUコアとして「Adreno GPU」を統合するが、これはDirectX 12に対応している。つまり、DirectX対応ゲームなどの描画についてはエミュレーションではなくネイティブ動作だ。そのため、ある程度のゲームプレイは現実的だ。

 浮動小数点演算性能は最大4.6TFLOPSだが、これは上位2モデルであり、本機が搭載するX1E-78-100では、3.8TFLOPSとなる。ちなみに、IntelのCore Ultra(開発コード名:Meteor Lake)内蔵GPUは約4.6TFLOPSだ。

 また、「Adoreno VPU」としてメディア処理エンジンも統合しており、AV1/H.264(MP4)/H.265(HEVC)形式の動画のハードウェアエンコード/デコードが可能だ。当然ながら、これを活用するには、アプリ側の対応が必要になる。

 NPUコアとして4TOPSの演算能力をもつ「Qualcomm Hexagon」、カメラISP(イメージプロセッサ)「Qualcomm Spectra」を統合している。ストレージインタフェースは、PCIe 4.0 x4(NVMe)/SD v3.0(UHS-I)/UFS 4.0をサポートする。

 通信機能については、5G対応のWWANモデム「Snapdragon X65 5G Modem-RF System」、Wi-Fi 7対応の無線LAN/Bluetooth 5.4対応の通信モジュール「Qualcomm FastConnect 7800 Mobile」をサポートする。いずれもM.2カード形式で提供されている通信モジュールであり、M.2ソケットにそれぞれのモジュールを装着することで機能を有効にできる。

 従来Snapdragonといえば、WWAN機能もセットで付いているというイメージだったが、今回のCopilot+ PCでは、WWANのRFモジュールを搭載していない製品が多く、選択はPCベンダーの裁量に任されているようだ。

●Snapdragon X Eliteの魅力を生かしたフォームファクター

 そろそろ、本機の話に戻ろう。これまで見てきたSnapdragon X Eliteの性格を知れば、最初の製品であるこの15.6型で約1.42kgというフォームファクターになったことも理解できる。パフォーマンス志向のSnapdragon X Eliteの性格を、ストレートに生かしたフォームファクターとなっている。

 同社製の製品らしく、MyASUSユーティリティーでは、ファンモードが選べるようになっており、静音志向のPCとしても活用できる。

 さらにMyASUSユーティリティーでは、有機ELディスプレイの焼き付き予防の設定(OLEDケア)、サウンドモードの設定、タッチパッドの設定などが用意されている。このあたりの使い勝手に関する部分は、x64版Windows 11モデルと変わりなく作り込まれている。

●Core Ultra 9 185Hと互角以上! Snapdragonのイメージを刷新

 それでは、本機のパフォーマンスを検証しよう。MyASUSユーティリティーで設定できるファンモードについては、特に言及がない限り「フルスピード」で実行している。前回の記事でも一部のテストは掲載しているが、その後ファームウェアとOSの大きなアップデートがあったため、テストは改めて実施した。

 純粋なCPUのパワーを計測するCINEBENCH 2024は、x64版/Arm版/macOS版が用意されているため、Snapdragon X Eliteのネイティブパフォーマンスを計測できるが、このスコアが非常によい。Core Ultra 9 185Hを搭載したゲーミングノートPCである「ROG Zephyrus G16(2024)」をも上回っている。

 Snapdragon X Eliteの中では最も低いグレード(X1E-78-100)でありながら、これまでのSnapdragonのイメージを一新するパフォーマンスを披露している。

 続いて、多様なアーキテクチャにネイティブ対応したクロスプラットフォームのベンチマークであるGeekbench 6のスコアも見てみよう。「Multi-Core」で1万4039、「Single-Core」で2408というスコアだ。Core Ultra 9 185H搭載機の上位クラスとほぼ互角であり、パフォーマンスの高さをさらに裏付ける結果となっている。

 なお、Armネイティブ対応していないCINEBENCH R23(最低実行時間10分)も実行した。比較対象と比べて特にCPU(シングルコア)のスコアが低く、エミュレーションの影響が見て取れる。それでもIntelの6コアCPUレベルのマルチスレッド性能は維持しているのは立派だ。

●カジュアルゲームなら快適に遊べる描画性能

 一方、3DMarkのスコアを見ると、GPUの描画性能はさほどでもないことが分かる。Core Ultra 7 155H/Arc Graphics搭載機や、Ryzen 9 8945HS/Radeon 780M搭載機と比べると見劣るスコアだ。それでも、FINAL FANTASY XIV:暁月のフィナーレベンチマーク(1920×1080ピクセル/ノートPC標準)では1万12と「快適」評価のスコアで、カジュアルゲームなら快適に遊べる。

 PCMark 10については、標準のテスト(PCMark 10)は動作しないため、Microsoft Office(Word/Excel/PowerPoint/Edge)を利用してテストするPCMark 10 Applicationsを実行している。

 スコアを見ると、GEEKOM NUC A8と比べてWord/Edgeで勝っている一方、ExcelとPowerPointでは振るわなかった。いずれのアプリもArmネイティブ対応だが、グラフ描画などのGPUアクセラレーションの部分で少し差がついているのかもしれない。

 バッテリーのテストについても、PCMark 10 Applicationsベースで行っている。経験上、PCMark 10のバッテリーテストにおけるModern OfficeとApplicationsの違いは大差なく、どちらもオフィスアプリ中心の利用方法における実際の駆動時間の目安として有用だ。今回はウィスパーモード/画面輝度50%という条件で、バッテリー残量5%で休止状態に入るまで14時間35分動作した。

 以前にレビューした」VivobookS 15 OLED BAPE Edition」は、Core i9-13900HのCPUを採用し、バッテリー容量も75WhというスペックでPCMark 10/Modern Officeで12時間54分動作している。これと比べても優秀だが、劇的というほどではないというのは前述した通りだ。

●放熱設計は優秀 ハイレベルな静音運用も可能

 ファンモード別のパフォーマンスと動作音を見てみると、スタンダードやウィスパーでは相応にパフォーマンスが下がるが、静音性がグッと増す。ウィスパーモードでもネイティブのパフォーマンスはかなりのものだ。

 放熱に関しても優秀で、室温27.5度とやや高めの環境でもフルスピードモードやパフォーマンスモードでも手がよく触れるパームレストは最大でも体温と同等以下と快適に利用できた。

●最初のCopilot+ PCとして手堅くまとまった製品

 Vivobook S 15(S5507QA)について掘り下げてみてきた。優れたパフォーマンスでありながら電力効率も高く、ボディーの熱設計に応じた柔軟な運用ができるという万能プロセッサであるSnapdragon X Elite(X1E-78-100)の特徴を生かしつつ、Copilot+ PCの第一弾として手堅くまとめた製品といった印象だ。

 15.6型で約1.42kgの薄型のフォームファクターのボディーは、同社製品としては比較的地味な印象ながら、普段使いの使い勝手にストレスのないサイズと持ち運びやすさを両立している。MyASUSユーティリティーで動作モードを選ぶことで、パフォーマンス志向のPCとしてもバランス型のPCとしても、静音志向のPCとしても運用できる点は、Snapdragon X Eliteというプロセッサの特徴にフィットしており、魅力をうまく引き出しているといえる。

 Copilot+ PC/新しいAI体験という目新しい要素、Armアーキテクチャ/Arm版Windows 11というクセのあるプラットフォームを採用する一方、ハードウェアは手堅く完成度が高いので、Copilot+ PC、Arm版Windows 11、Snapdragon X Elite搭載機を試してみたいという人のリファレンス的な存在として適しているだろう。

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