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「Apple Vision Pro」を真っ先に体験した林信行氏が改めて考える「空間コンピュータ」の現在地

ITmedia PC USER 2024年8月22日 12時30分

 「初の空間コンピュータ」としてAppleが発表した「Vision Pro」の国内発売から2カ月が経過した。発売時にはTVもソーシャルメディアも大騒ぎとなったが、最近、その話題もずいぶん落ち着いてきた感がある。

 果たしてApple Vision Proの魅力はその程度なのだろうか。Appleの社員以外の日本人として私が最初にApple Vision Proを体験してから14カ月がたった今、改めてApple Vision Proについて考察し、その現在地を検証したいと思う。

●今買える3~5年後の未来

 Apple Vision Proが発表されたのは2023年6月だ。当時、私はAR/VRゴーグルには懐疑的で、できればAppleには出してもらいたくないと思っていた。にも関わらず、日本人でただ1人、1日早い先行体験をする重責を担ってしまった。

 14カ月前の2023年6月6日、Apple本社内に3日間だけ建っていた真っ白い建物に案内された。この建物内に呼ばれ、Apple社員以外の日本人では初めてApple Vision Proを体験した。直前までは「日本での発売予定はないから日本のメディアは体験できないのではないか」ともウワサされていた。しかし、「とりあえず6日、まずは林さん1人だけが体験できるみたいです」との連絡を受けた。

 結局、他の日本人プレスも翌日には体験することになったが、6日時点で私はそんなことを知らない。もし他の人が体験しなかったら、私への責任は重大だ。

 そのため、わずか20分の体験会には全神経を集中して臨んだ。そうやって書いたのが、日本時間の同日21時公開の「『Apple Vision Pro』を先行体験! かぶって分かった上質のデジタル体験」という記事だった。

 そして2024年2月、Apple Vision Proの米国での販売が始まり、米国メディアの先行レポート記事に続き、日本の熱心なジャーナリストや開発者もわざわざ渡米していち早く購入、日本語の記事もネットを賑わせた。

 その後、しばらくソーシャルメディアは変な場所でApple Vision Proを使う人々の動画で賑わった。だが2カ月もすると、その賑わいは少し落ち着いた。

 6月に開催されたWWDC24の直前のアップデートで、突然それまで英語仕様だったApple Vision Proが日本語入力に対応した。WWDC24では6月末には日本でも発売されることが発表されたのに加え、秋にリリース予定の大幅に進化した次期OS「visionOS 2」の詳細が発表された。

 数週間後、日本において発売されたことで、ニュースは一時期“Apple Vision Pro一色”になった。しばらくの間は、さまざまなイベントでApple Vision Proがにぎやかし的に使われていた。私は出張や引っ越しが重なり、ネットでニュースを静観するだけだった。

 秋のvisionOS 2リリースを控えて穏やかな状態に入った今、このタイミングで改めてApple Vision Proという製品と向き合ってみたいと思う。

 正直、この製品の体験のすごさは2023年6月の20分の体験で書いた記事に今でもほとんど全てが凝縮されていると思う。ただ、あの時は記事の掲載を急ぐあまり重要なことを書き忘れた。

 それは、現行のApple Vision Proは製品名と価格が示す通り、一般向けの製品ではなく、これを仕事に活用しようとするプロフェッショナル向けの製品であるということだ。

 最近、人に「Apple Vision Proはどうか?」と尋ねられたとき、私は「今買える3~5年後の未来」と答えている。

 おそらく3年もすれば、今のApple Vision Proでできているのと同じレベルのことが、もっと安い価格と軽い本体で実現できるようになる。現行のApple Vision Proは、その時代に備えて新時代のコンテンツを開発したい人々への先行投資の製品だと思っている。

●Apple Vision Proの“本番”は2025年から

 Apple Vision Proの話題は、なぜ長続きしないのだろうか。

 1番の原因はまだアプリも少なく、継続して利用する動機が少ないからだと思う。現在のApple Vision Pro用アプリの多くは、確かにこれまでにない品質の没入体験ができるが、2~3回も楽しめば十分で、そのまま起動しなくなってしまうという類のものが多い(もっとも、これは他のVR/ARゴーグルも同様だろう)。

 そのような中で、筆者が個人的に気に入っているのはDJアプリの「DJay」だ。iPhone/iPad版もよくできていたが、Apple Vision Pro版の楽しさはレベル違いの面白さで、バーチャル空間の中でリアルな大きさのDJコントローラー(ターンテーブル)を操作してスクラッチなどを含めたDJプレイが可能で、選択シーンによってはDJプレイに合わせて踊ってくれるバーチャルなロボットダンサーまで楽しむことができる。

 PGA Tour Visionも、優勝した松山英樹のショットの軌道を目の前に表示される縮小サイズのゴルフ場を3Dで確認できて胸が熱くなる。

 とはいえ、これらも含め日常生活や日常業務に定着しないアプリばかりだ。

 Microsoft Word/Excel/PowerPointなど、ジャンル的に日常使いとして定着しそうなOfficeアプリもある。しかし、そのほとんどはMacやiPadから工夫なくそのまま移植しただけだ。これなら、Mac上で利用した方が他アプリとの連携もしやすく実用的で、使うメリットを感じられない。

 それでは意味がないと分かっているからか、AppleはワープロのPagesも表計算のNumbers共にApple Vision Pro用をリリースしていない。唯一、リリースしているKeynoteには「さすが」と思わせる機能がある。

 実際にステージの上に立ってプレゼンテーションをしている気分が味わえるリハーサルモードがあり、Apple製品の発表会でおなじみのSteve Jobs Theaterらしきステージなどいくつかサイズの異なる講演会場に立って講演を練習できる機能が加えられているのだ。

 こういった「Apple Vision Proならでは」の体験をちゃんと追求したアプリなら意味がある。しかし、開発者が実機を手に入れたのもわずか半年前ということもあり、現時点で出ているアプリのほとんどは、まだApple Vision Proの実機での動作確認が難しい発売前に作られたアプリがほとんどだ。

 もっとも、この状態が永遠に続くわけではない。

 2月以降は開発者も実機を手に入れている。おそらく秋のvisionOS 2のリリース後に照準を合わせて良質なアプリをリリースしてくる開発者は多いはずだ。

 そう考えると、Apple Vision Proの本番は2025年以降ではないかと思っている。

●標準機能だけでも十分に魅力的なApple Vision Pro

 では、現状のアプリが少ない状態のApple Vision Proは、数日も経てば飽きてしまう製品かといえばそんなことはない。

 Macの仮想の大型ディスプレイとして使える仮想ディスプレイ機能はかなり実用性が高い。Apple SiliconのMacであれば4K(Intelであれば3K)の解像度まで対応しておりディスプレイサイズは20型どころか拡大すれば200型くらいの大画面にもリサイズできる。ノートPCの内蔵ディスプレイでは確認できないA4書類が、印刷したときにちゃんと文字が読みやすい大きさかも原寸大で確認できるし、iPhoneで撮影した4K動画をプロジェクターで映し出した時の印象もつかみやすい。写真のレタッチ時でも写真の問題点を見つけやすい。Apple Vision Proは、大画面の快適さを携帯できるようにしてしまった点で画期的製品と言える。

 もう1つ、実用的かつ画期的と言えるのが、FaceTimeでのビデオ通話だ。自分の顔をVision Proで3Dスキャンしておくと、ウィンドウの中にApple Vision Proを外した状態の顔、ペルソナが現れて通話できることは多くの人が知っているだろう。

 しかし、すごいのはβ版の没入モードでの通話である。何と、通話相手が自分のいる部屋にちゃんとその人の実際の背丈で表示される空間ペルソナという機能だ(ただし、顔と手だけだが)。相手が座ると、顔の位置が椅子に座った位置の高さになり、通話しながら歩き回ると、それに合わせてその半身像がちゃんと部屋の中を動き回り、聞こえてくる声の方向もそれに追随して動く。全身こそ見えないが、「通話」ではなく、まるで相手が本当に目の前にいて「対話」しているような超リアルな体験を最大4人まで共有できる。

 しかも、この状態でSharePlay機能を使えば、音楽や書類、プレゼンテーションといったコンテンツを共有できる。中でも一番可能性を感じたのが、建築設計事務所の友人に設計中の建造物を原寸大で見せてもらった時だ。物置小屋ほどの原寸大の3Dオブジェの周囲を歩き回りながら解説してもらった際、「これぞ空間コンピューティング」という感じがした(現状の問題点は、複数のモデルを同時に共有して見比べることができないことと、SharePlayをする度に相手の立ち位置が勝手に変わってしまう点だ)。

 仮想ディスプレイとFaceTime没入モードでの通話は、Apple Vision Proの実用面での伸び代を感じさせる機能である。

 一方、実用面以外ではやはり最強なのは動画コンテンツの再生だ。特にApple TV+に用意された3D映画を仮想のシアターに座って楽しむ体験は格別である。これまで他のVRゴーグルでもやってきたことだが、画質が高いし音までAirPods Proをつければ立体音響で楽しめるので、体験の質がかなり違う。

 YouTubeやNetflixなど対応アプリのない動画サービスも多いが、WebブラウザのSafariを使えば楽しむことができる。ただし、YouTubeにたくさんアップされている180度VRなどの3Dコンテンツが再生できないことには驚いた。一刻も早くYouTubeの公式アプリをリリースして見られるようにしてほしいところだ。

 現状のApple Vision Proは、本体重量(約650g)の割には快適だがそれでも重いものは重い。個人差は大きいと思うが、快適に使えるのは数十分から1時間程度だろう。ヘッドレストのあるイスなどで重量を分散しても不快に感じずにいられるのは、せいぜい映画1本分の時間(2時間くらい)だと思う。

 そういう意味では、製品の形状や重さが変わるまでApple Vision ProはMacやiPad、iPhoneと連携させて、必要な時だけ装着するといった使い方が主になると思う。

●デジタルとは思えないエモーショナル体験 パノラマ写真がすごい!

 標準でApple Vision Proに用意されている魅力的な機能は他にもある。先日、AXISという媒体のために同製品の担当デザイナーにインタビューを行った。初代iPhoneからApple Vision ProまでのApple製品のインダストリアルデザインを担当してきたリチャード・ハワース氏に、すぐに伝わるApple Vision Proの魅力を聞くと「空間ビデオ」だという答えが返ってきた。

 実はApple Vision Proはただの画像表示装置ではなく、Apple製の空間ビデオ撮影用のカメラでもあるのだ。最近、訪れた三重県のVISONや倉敷の旅館などの景色を空間ビデオで収めてきた(さすがに外でApple Vision Proを装着するのは恥ずかしいので室内だが)。

 それらをVision Proで再生すると、よりリアルに旅の思い出が蘇ってくる。以前、iPhone 15 Pro Maxで撮影していた音楽演奏の様子なども、まるで本人が目の前で演奏しているような生々しい感覚が蘇ってくる。視点の位置が自分の目の高さと同じということもあり、Apple Vision Proで撮った空間ビデオの方が体験としてしっくりくる。

 とはいえ、私はApple Vision Proの写真関連の機能で本当にすごいのは空間ビデオではなく、むしろパノラマ写真の方ではないかと思い始めている。

 Apple Vision Proには、iPhoneなどで撮影したパノラマ写真の世界に入り込む没入モードがあり、これを選ぶとパノラマ写真の被写体の中に入り込むことができる。

 自分が撮影したパノラマ写真の中に入り込むというのは、撮影した当時の記憶や感動が鮮明に蘇る、何とも言い難いエモーショナルな体験だ。もちろん、最新のiPhoneで撮影したパノラマ写真だけでなく、古い解像度の低いiPhoneの写真の中にも没入できるので、気がついたら数十分間、ひたすら過去に撮ったパノラマ写真を見続けていたなんていうこともある。

 10年前にiPhone 5で撮影した解像度の荒いパノラマ写真ですら没入するのが楽しく、実は解像度よりも「その写真と自分との繋がりをどれだけ身体的にリアルに感じられるか」の方が重要だったという実感を得た(実業家の友人も全く同じ感想を語っていた)。

 この体験をした人は、おそらくiPhoneでこれまで以上にパノラマ写真を撮影するようになるのではないかと思う。

 ちなみに、visionOS 2ではAI機能を用いて平面写真を空間写真のように立体化する機能が追加されるが、パノラマ写真も立体化してくれる。パノラマ写真の再生は、Apple Vision Proのあらゆる機能の中でも、最も心動かされる体験になるのではないかとひそかに思っている。

●今後の方向性を決める2代目こそ重要な製品

 このようにApple Vision Proは非常に優れた「今日買える3~5年後の未来のコンピュータ体験」だと言える。

 しかし、万人に勧められる製品ではない。そもそもすぐに役立つわけでもないものとしては約60万円と高価過ぎる(円/ドルレートに合わせて、価格の補正を行ってほしい程)。

 また、先に触れたように重たくて長時間つけるのには難があるのに加え、Appleの技術の枠を集めているはずなのに搭載するプロセッサがM2であるのも少し残念な部分だ。

 WWDCで今後、Appleのほとんどの製品に搭載されていくAI技術「Apple Intelligence」が発表されたが、Apple Vision Proはその対象製品になっていない。それもこのプロセッサの問題が大きいのではないかと推察している。

 現行のApple Vision Proは、Appleが考える「空間コンピューティング」とはどういうものかを人々に体験を通して教え、「実はAR/VRにおいては精度こそが非常に重要だった」ということを教えた非常に重要な製品だと思う。

 今後、開発者はこのApple Vision Pro品質を基準にしてアプリを開発してもらいたい、おそらくこの製品は、そんな思いで製品化され、本来なら開発者向けとして限定的に売るべきだったものだと思うが、一方で「一般ユーザーにも十分魅力的」ではあるし、一般ユーザーに出しても恥ずかしくない物としての品質のブラッシュアップも行ったため、あくまでも実験的製品として一般販売も行った――これこそが現行のApple Vision Pro販売の背景ではないかと私は思っている。

 実際、そうやってプロだけでなく、余裕のある一般の人も使ってくれれば、その人たちがどんな風に製品を活用しているかを学んで次期製品の開発の参考にできる。

 では、Appleの空間コンピューティングがもっと広く一般ユーザーにも勧められるようになるのはいつのことだろうか。

 ちゃんとした根拠があるわけではないが、これまで30年以上にわたってAppleを取材してきた私の勘では、2~3年後なのではないかと思っている。その頃には、どの技術は切り捨ててもいいかの見極めがつき、製品の劇的な小型化ができるだろうし、もっと幅広い用途のアプリも出そろう。製品名に「Pro」がつかない一般向けの「Apple Vision」の登場もその頃になるのではないかと思う。

 それまでの間のAppleにとって、まず急務なのはAI処理に最適化したM4プロセッサ以降を搭載した次期Apple Vision Proの開発だろう。AI最適化プロセッサの採用は写真の立体化などの処理においても真価を発揮するはずだし、Apple Vision Proの視界に入っている物体をリアルタイムで画像認識する上でも重要になる。

 今後登場するApple Vision Proの後継製品については、もう1つ気になることがある。それは、どのような形で販売するかだ。Apple Vision Proは高いフィット感を実現するために本体、光の侵入を防ぐライトシーリング、顔の接触している部分への負担を和らげるライトシーリングクッション、バンド(ソロニットバンドとデュアルループバンドが付属)、バッテリー、さらには視力矯正が必要な人のための「ZEISS Optical Insert」といったいくつかのモジュールで構成されており、それぞれがマグネットなどでくっつくことで多種多様な人の顔へのフィット感を高めている。

 後継製品が出た際、アップグレードしたいユーザーは製品をまるまる買い直すのか、それともいくつかのモジュールはそのまま継承して本体だけ、あるいは一部モジュールだけ買うことができるのか。

 高価なZEISS Optical Insertは後継製品でも継続して使えないと困るが、それ以外にも使い続けられるモジュールがあるとしたらどれなのか。

 これらは、製品の最大の弱みである価格的負担を軽減する上でも重要だ。

 いずれにしても、Appleの製品は2代目こそが面白い。iPhoneにしても2代目のiPhone 3Gから極端に性能が上がったし、iPadもiPad 2になって一気に薄型化しカメラが付いた。Apple WatchのFeliCa/GPS/防水機能搭載もSeries 2からだ。

 そうした過去を振り返ると、Apple Vision Proという製品がどのような方向に伸びていきそうかを考える上では、2代目の製品こそが重要だと思っている(さらに格段にユーザーが増えるのは3~4年後にもっと安価な製品が出てからだ)。

 現行の初代Apple Vision Proは、そんな時代を見越して早めに準備をしておきたい人、そのための投資ができる人に向けた製品だと私は認識している。

 最後に今回、この記事の作成にあたってスクリーンショットを撮っていてあることに気がついた。私は20年ほど前に台湾を訪れた時に左足をくじいてから、左足に体重を乗せずに歩く癖がつき、自然に真っ直ぐ立っているつもりがつい左肩が上がっていることが多い。

 撮影したApple Vision Proのスクリーンショットも、ものの見事に私の肩が斜めになっていて(それに気が付いてから撮り直した)、長い間、この姿勢を維持してきたことで自分の見方にも生理的な補正がかかっていたことに気がついた。と、同時にこれはApple Vision Proに姿勢矯正などの健康維持の道具としての可能性があるのではないかとも思った。アイデアを模索している開発者の参考になればと思う。

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