Infoseek 楽天

お客さまの悩み事を解決して時を生む! コロナ禍を経てTOKIUMが“脱皮”したワケ

ITmedia PC USER 2024年8月27日 12時0分

【連載一覧】

・日本の中小企業を元気にしたい! 3つのクラウドを中心に「All Adobe」で取り組む理由

・「チャンス」を的確に生かす日本HPが躍進する理由

・リーダーシップへの復権を目指すインテルの取り組みを鈴木国正社長に聞く

・モバイルPCの景色を変えられるdynabookを 5年目を迎えるDynabookが目指す道

・「100万人に喜んでもらえるVAIO」に挑戦しよう! VAIOを触ったことがない山野氏のこだわり

・エプソンの碓井会長が語るマイクロピエゾからPrecisionCoreへの歩み

・コロナ禍でも過去最高の売上を記録! 全米50州を行脚したアイコム 中岡社長が大切にするもの

・各社を渡り歩いたレノボの檜山社長が語る 国内トップPCメーカーの強みを生かす経営術

・「100年後の人にあって良かったと思われるもの」を目指して MetaMoJiが進める現場のDX

・「スピード×3/生産性の爆上げ/挑戦」 弥生の前山社長が呼び掛けるこだわりの理由

・「マウスコンピューターはPCの会社である」 小松社長が創業30周年を迎えて断言する理由

・「IBMはテクノロジーカンパニーだ」 日本IBMが5つの「価値共創領域」にこだわるワケ

・シャープ初の社内スタートアップは成功できる? 波瀾万丈のAIoTクラウドが目指す道

・PC畑を歩んできたエプソン販売の栗林社長が改めて「お客さま」本意の方針を掲げる理由

 支出管理プラットフォームを提供するTOKIUMが高い成長を遂げている。

 2024年7月末時点での導入企業数は2500社となり、そのうち、この2年間で1500社がTOKIUMを新たに導入するという勢いだ。同社は請求書受領や経費精算などの業務を効率化し、電子データとして一元管理できるサービスを提供している。「未来へつながる時を生む」という志は、そのまま社名のTOKIUM(トキウム)につながっている。

 TOKIUMの黒崎賢一 代表取締役は、「最新テクノロジーではなく、最適なテクノロジーを提供するのがTOKIUMの特徴」と強調する。インタビュー前編では、TOKIUMの起業に至るまでの経緯、同社が成長するきっかけとなった施策、そして話題となっているTV CMへのこだわりなどを、同社代表取締役の黒崎賢一氏に話を聞いた。

●テクニカルライターを経て起業 ビジョンを社名にするも……

―― いきなりですが、黒崎さんはかつてIT系のテクニカルライターの仕事をしていたことがあるんですね。

黒崎 中学や高校時代は、Peer to Peer(P2P)技術を応用した「Winny」が注目を集めていた時期で、ネットや雑誌に書かれているさまざまな記事を見て、多くの刺激を受けました。ITは大きな可能性を持った世界だと感じ、そこに憧れてCNET JapanやZDNET Japan、ソフトバンク系の媒体などに原稿を書いていた時期がありました。

 今も、面白いものを発見したり、便利な使い方などを見つけたりして、それを多くの人に広げたいという気持ちはあります。多くの人に貢献したいと気持ちが強いんですね。Winnyに代表されるP2Pのように、ファイルをお互いに渡し合うといった世界や、開発したライブラリーをオープンソースコミュニティーに公開して、それを多くの人に使ってもらうというSharing is Caringの精神がとても好きなんです。テクニカルライターの仕事をやっていたときも、そういった気持ちが、執筆の原動力になっていました。

―― 起業に至った理由は何ですか。

黒崎 面白いものを伝える側ではなく、自分が作っていく側に回りたいという気持ちが徐々に芽生えてきました。そういった中で、2011年3月の東日本大震災で、多くの人が命を亡くし、それを見ていて「命は時間」ということを感じ始めたのです。

 同時に、「時間を多く作れれば、それは人の命を救うことになる」ということにも気がつきました。その当時、エンジニアとしてソフトウェアを開発し、業務の自動化などにも取り組んでいましたから、これを大規模に展開すれば、人の時間を増やすことができ、結果として人の命を救うことができると考えたのです。

 TOKIUMを創業したときから、「無駄な時間を減らして、豊かな時間を創る会社」をビジョンに掲げ、TOKIUMという社名も、「未来へつながる時を生む」という意味から付けました。これも、「命は時間」という考え方がベースにあります。

―― 創業時の社名はBearTail(ベアテイル)でしたね。

黒崎 実はBearTailも、「未来へつながる時を生む」という志を表した社名です。BearTailは、小熊座の尻尾に位置する北極星のことであり、北極星は旅人の道しるべとなります。これと同じように、社会の道しるべとなるような、大きな価値を届ける存在になるというのが社名の由来です。

 その際に、提供する価値のモノサシは「時間」であると考え、豊かな時間を与えること、無駄な時間を減らすことにフォーカスした事業を展開していくことを打ち出しました。説明をすると分かってもらえるのですが、これはストレートには理解されないですね(笑)。

 起業した際に最初に考えたのは、「オンライン墓地」のサービスでした。しかし、死の瞬間の気持ちなどを考えると、どうしても後ろ向きになってしまい、生きている時間をもっと楽しめるサービスを作りたいと考えました。

 楽しい時間の1つが買い物の時間であり、それをサポートするサービスとして、買い物の履歴が残る家計簿アプリの開発にたどり着きました。「何にお金を使うか」ということは、「どう時間を使うか」ということにつながり、時間の使い方で人の人生が変わるともいえます。

 例えば、私が筑波大学情報学群 情報メディア創成学類に進学するために受験料を支払い、大学の近くに住むための家賃を払ったからこそ、そこで得られるものがあったり、新たな人との付き合いが始まったりといったことが起きました。

 何にお金を使うかが時間の使い方を変化させ、その後の人生を大きく変えることにつながります。私の場合は、学生時代のお金の使い方、時間の使い方の延長線の上にTOKIUMの創業があります。

 あるとき、京都で開催されているスタートアップ企業のイベントに、学生スタッフとして参加したことがありました。講演する日本の名だたるスタートアップ企業の経営トップを間近に見たり、控室で話をしていたりするのを聞いて感じたのは、彼らは決して特別な人たちではなく、多くの人たちと同じであるということでした。

 この経験から、自分も起業できるのではないかということを感じたのです。電車賃を払って、イベントを手伝って体験をしたことで、起業する気持ちが固まりました。学生のテクニカルライターの原稿料からすれば、京都までの電車賃は大金だったわけですが(笑)、ここにお金を使ったことが、その後の私の人生が変わりました。

 お金を使って体験をするために、豊かなに時間を創出し、人生を変えることを支援できるサービスとして、家計簿アプリにたどり着きました。

●B2CでスタートするもB2B向けに注力 ブレイクしたきっかけは?

―― TOKIUMでは、B2C向けの家計簿ソフトの発売後に、B2B市場に事業を拡大していくことになりますね。この理由は何でしょうか。

黒崎 2012年に創業して、約1年後の2013年に家計簿アプリ「Dr.Wallet」(ドクターウォレット)を発売しました。そして、2016年に、B2B向けの「Dr.経費精算」(現TOKIUM経費精算)を発売しています。私自身は、B2C向けの家計簿アプリでビジネスを拡大したいと考えていたのですが、ダウンロード数が300万人を超えた段階でも収益化ができていませんでした。

 ユーザーは無料で利用できる一方で、私たちが収益を得るには、収集したデータを加工して販売するとか、ユーザーに広告を視聴してもらうとかが中心となるのですが、Facebookなどの成功を見て、最初は赤字でも、いいものを提供し続けて利用者が増えれば、収益が生まれるはずだという妄信を実践してしまったところに反省があります。

 全ての事業が決してそうはなりません。やり直すことができるのであれば、1人増えれば、1円でも収益が生まれるという仕組みを最初から構築し、それをスケールすべきだったと思っています。

 ただ、会社を維持するためには事業転換をしなくてはなりませんし、サービスを終了すると多くの人たちにご迷惑をおかけします。そのときに考えたのが、家計簿アプリで培ったレシートのデータ化エンジンを、B2B向けに展開することでした。出資をいただいていた金融機関からは、B2C向けでやり切ってほしいとはいわれていたのですが、私自身、B2Bにこのエンジンが使える可能性を感じていました。

 そのきっかけの1つが、創業後に「KDDI ∞ Labo」に参加したときの出来事でした。

 KDDIのような最先端の大手通信会社の社員がコピー機を使って領収書をコピーし、原本はノートにのり付けして管理している様子を知って、とても違和感を持ったのです。不思議に思って、他の大手企業の社員にも聞いてみたのですが、どこも同じことをしている実態が分かりました。

 法人向けの経費精算システムを見てみると、「何十年前のシステムなの?」と思えるようなものばかりで、B2Cでは当たり前だったスマホアプリでレシートを撮影し、経費の管理ができるといったような体験をどこも提供できていないことが分かりました。

 私たちがB2Cで培ったノウハウを、そのままB2Bに持ち込めば、多くの人に喜んでもらえるのではないかという読みがありましたね。

 本当はB2Cで、格好いいビジネスモデルで事業をやることに憧れていたのですが(笑)、B2Bでは困っている目の前の人たちの課題を解決し便利さを感じてもらい、継続的に貢献でき、そこから対価をいただくというビジネスモデルが自分に合っていることに、そのとき気がつきました。

 八百屋さんが毎日おいしい野菜を販売して地域の人たちに喜ばれたり、新聞配達をしてもらったりすることによって、毎朝、自宅で新聞が読めるといったことと同じです。お客さまに喜んでもらうために、絶対に投げ出さないという仕事が、私には合っているようです。

―― ちなみに、家計簿アプリ「Dr.Wallet」のビジネスは黒字化しているのですか。

黒崎 今は子会社のBearTail Xで事業を継続しており、全体として黒字化しています。今後は生成AIを利用して、支出に対するアドバイスをするといったことも可能になりますから、ビジネスを拡大するチャンスがあると考えています。

―― TOKIUM経費精算は、どんなところが評価されたのですか。

黒崎 最初はスマホを使ってレシートを撮影するだけで、経費精算ができるアプリという使いやすさが評価されました。ただ、このアプリの利用企業が爆発的に増加したのは、あるサービスを付加したことでした。

 社内にポストを設置して、レシートをスマホで撮影した後に、このポストに原本を捨ててもらい、これを回収するサービスを開始したのです。これによって、オフィスの中では完全なペーパーレス化を実現できること、原本は法律にのっとって当社が整理して10年間保管し、その後は正しく廃棄しますから、安心してデジタル化を進めることができるのです。単にレシートをデジタル化するだけでは、ニーズには応えきれていないことが分かり、このサービスを開始したわけです。

 2019年1月に、領収書のデータ化/回収/点検/保管まで一括代行する「Dr.経費精算 ペーパーレスプラン」の提供を開始したところ、12カ月で業績は3倍に拡大しました。お客さまからは、「法律に準拠しながら、ペーパーレス化するのは無理だと思っていたが、TOKIUMのアプリとサービスを利用することで実現できた」という声をいただいています。

 特に、大手企業のお客さまからの評価が高いですね。今、当社が保管しているお客さまの領収書は、10トントラックで5台分ぐらいになるかもしれないですね。

●信頼度と知名度が欠かせない 社名変更して新たな挑戦

―― コロナ禍で、TOKIUMのビジネスはどう変化しましたか。

黒崎 コロナ禍の当初は出社することができないという企業が多かったこともあり、それまで大きく成長してきた新規契約件数が、一転して全く伸びないという事態に陥りました。また、企業が取り扱う領収書の数が減りますから、既存のお客さまに対するビジネスも減少していきました。当社にとっては、大きなピンチです。

 そうは言っても営業部門はやることがありませんから(笑)、まずは、お客さまに連絡をしてみました。すると、コロナ禍にも関わらず、経理部門の方々は出社をしていて、すぐに電話がつながりました。出社の理由を聞くと、契約書のデジタル化は少しずつ進んでいたものの、請求書は物理的にオフィスに届いてしまうため、経理部門の方々が、その処理のために出社しなくいはならない状況があちこちで発生していたのです。

 そこで私たちが、何かかお手伝いできることはないかと考えました。手っ取り早いのは、私たちがお客さまの代わりに請求書を受け取って、それをデジタル化して、お客さまは、そのデータを見れば出社しなくて済むということです。ここにビジネスチャンスがあると感じました。

 そこで、お客さまの取引先に1社ずつ電話をして、「来月から、請求書をTOKIUMに送ってください」という送付先変更のお願いをしました。そこで届いた請求書をスキャンして、アップロードし、お客さまはどこからでも見られる状況を構築しました。これがDr.経費精算 インボイスプランであり、現在の「TOKIUMインボイス」です。

 さらに、スキャンしたデータを会計データとして扱えるようにしたり、社内のワークフローに適用したりといった機能を付加することで、2021年には、サービスの利用者数が600社を突破しました。

―― しかし、お客さまの取引先に対して、「来月から請求書を、TOKIUMに送ってください」と、いきなり電話をしても、相手は「はい、そうですか」というわけにはいかないのでは?

黒崎 そうなんです(笑)。「TOKIUMに請求書を送ってくれれば、代わりに支払いの手続きを行います」といっても、TOKIUMとはいったい何なのか、本当に大丈夫なのかという話になるわけです。

 取引先のオフィスに請求書を送るのではなく、当社に請求書を送るという、私たちが提案するこれまでにない仕組みが、社会インフラとして認知される必要があり、そのための活動が必要でした。私たちの仕事は、請求書や領収書など、お客さまにとって重要な情報を扱います。そのためには企業としての信頼度や知名度が大切です。それは、直接のお客さまだけでなく、お客さまの取引先にとっても、同様に信頼度と知名度が無くてはいけません。

 そこで、TOKIUMインボイスを中心とした事業拡大のために、2022年にTOKIUMに社名を変更し、TV CMを開始しました。

 BearTailというそれまでの社名も、私自身も強い思い入れがありますし、簡単には変えたくないという気持ちがあったのですが、TV CMの効果を最大化にするためにはどうするか、それには自分のエゴは捨てて、最大限のことをやろうと考えました。

 TOKIUMという社名は先にも触れましたが、「未来へつながる時を生む」という私たちの志を元にしています。そして、従来のBearTailという社名も、同様に「未来へつながる時を生む」という思いを込めたものですが、それを理解してもらうには、時間をかけて説明をする必要があります。

 この志を1秒で伝える社名は何か。そう考えたときに、社名はTOKIUM(トキウム)しかありませんでした。時を生む会社だからトキウムというのは、すぐに理解してもらえます。

―― TV CMは、ウルトラ警備隊をほうふつとさせる「トキウム防衛隊」が登場し、俳優の永山瑛太さんが、経費精算や請求書の課題であるTOKIUM経費精算やTOKIUMインボイスの特徴を紹介していますね。8月からは新CMもスタートしています。

黒崎 TV CMの狙いは、TOKIUMという社名を知っていただくことが重要でしたから、インパクトを重視しました。ですから、一般的なオフィスを登場させるよりも、宇宙を登場させるといったように、全く異なるシチュエーションとし、インパクトの強さを狙いました。

 ブランドカラーを緑にしたのも、多くのIT企業が採用している青を避けたいという狙いがありますし、TV CMでもそれを効果的に使うことにしました。当社の印象を少しでも多く残したいと思って社内でアイデアを出して、細かいところまで工夫をしたのが、トキウム防衛隊のTV CMとなっています。

―― TV CMの効果はどうですか。

黒崎 お客さまからは、社内で稟議(りんぎ)を上げたときに、TOKIUMの社名が知られるようになり、説明しやすくなったという声をいただいています。社内で経費精算や請求書の仕組みを変える場合には、全ての社員の協力を得なくてはなりません。経理部門の担当者にとっては、大きなハードルです。TOKIUMの知名度が上がることで、ハードルを少し下げることができたのではないでしょうか。

 ※近日公開の後編に続く。

この記事の関連ニュース