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ロジクール初の60%キーボード「PRO X 60」がゲーミングでも仕事用途でも“惜しい”と感じてしまった理由

ITmedia PC USER 2024年8月28日 16時25分

 ロジクールが5月に発売した60%ゲーミングキーボード「PRO X 60」は、テンキーレスで独立した各種機能キーを廃し、キー数を65キーまで減らしたコンパクトなモデルだ。

 テンキーレスということは、マウスを右手で持つ人であればキーボードとマウス間における手の移動距離が抑えられ、仕事での生産性向上も期待できる。定価が税込みで3万3110円と高価格だが、仕事でも使えるとなれば実質半額(?)、検討もしやすくなるはず……ということで使ってみた。

●ようやく登場したロジクール60%キーボード

 キーボードは、コンピュータの最初期から存在している最古のコンピュータインタフェースと言っても過言ではない。テレタイプ時代を含めると、実に70年以上の歴史を持つ。しかも、一部の配列の変更やキーの増減はあるものの、形状そのものに大きな変化は見られない。つまり、当初からかなり完成されたインタフェースだったといえる。

 だが、実際にはキーボードの進化は止まることなく、今も多くのメーカーから多数の新製品がリリースされている。完成されたインタフェースであるはずのキーボードのどこに改良のポイントがあるのか――。それは極論してしまえば、ひたすらにフィーリングを向上させ、マンマシンインタフェースとしてのユーザー満足度を上げていく、そこに尽きる。

 チャタリングを回避し、正確な反応の追求は、静電容量無接点方式や磁気、光学などのスイッチ方式につながった。無接点押下圧、キータッチ、キータイプ音へのこだわりは、タクタイル、リニア、クリッキーといったユーザーの好みに合わせた多くのキースイッチバリエーションを生んだ。

 さらにFPSを中心としたeスポーツの普及に伴い、Nキーロールオーバーやラピッドトリガーといった、ユーザーの意思を高速かつ正確に反映させる機能、アクチュエーションポイントやキーマップのカスタマイズなど、新しい技術も枚挙にいとまがない。

 そのような背景で、高品質なキーボードメーカーの老舗として知られるロジクールが、同社初の60%ゲーミングキーボードを出した、とあれば注目されるのも当然だといえるだろう。上位モデルを示す「PRO」を冠した「PRO X 60」という命名にも同社の自信が現れている。

 ゲーミング用途のみを考慮するのであれば海外で販売されている英語配列の方が使いやすいケースが多いが、今回は日常使いとの兼用を意識した日本語配列を試してみた。

●コンパクトながら物理スイッチを多く備える

 PRO X 60のサイズは約39(幅)×103(奥行き)×290(高さ)mm、重さは約610gと、コンパクトキーボードに分類される。携帯に便利なキャリーケースも付属している。付属品を全て収納できるキャリーケースはかなりしっかりした作りで、単体で持ち運んでもキーボードを十分保護できる。

 接続方式は有線、Bluetooth、LIGHTSPEEDの3つだ。LIGHTSPEEDはロジクールのゲーミングマウスやキーボードで採用されている独自のワイヤレス技術となる。ロジクールの一般用途向けマウスやキーボードでは、同じく独自のワイヤレス技術である「Logi Bolt」が採用されているが、LIGHTSPEEDはゲーミングに特化しており、1msという超低遅延と高いバッテリー効率によって有線接続並の高性能/信頼性を実現している。

 その一方で、Logi Boltの特徴である高いセキュリティや複数の機器接続には対応しておらず、トレードオフとなる関係だ。Bluetooth接続についてはペアリングは1台のみとなっている。最近は複数台のBluetooth接続ができるキーボードもあり、一般的な用途で使おうとするとやや物足りない。

 接続方式の切り替えは、やや分かりづらい。ボディー上部の右側にBluetoothとLIGHTSPEEDのロゴが刻まれた2つのボタンがあるが、有線接続を示すボタンは見当たらない。

 ケーブルを挿した状態でLIGHTSPEEDを選択すれば有線、Bluetoothを選択すればBluetoothになるようだ。つまり、ケーブルを挿していても有線になる場合とならない場合がある。ケーブルやレシーバーの差し替えをせず、2台のPCで切り替えて使う場面を考えると、1台をLIGHTSPEED、もう1台をBluetoothにするか、1台を有線、もう1台をBluetoothにするという選択肢になりそうだ。

 LIGHTSPEEDと有線を切り替えようとするとケーブルを抜くしかなくなるが、PRO X 60のケーブルは着脱式なので、それほどの手間ではないかもしれない。

 本体の右側面にはゲームモードのスライドスイッチがある。右手薬指などで軽く触れれば、現在の状態が分かるのはスライドスイッチの大きなメリットだ。その反面、キー操作によるゲームモード切り替えには対応していないが困ることはないだろう。

 本体左側にはボリュームダイヤルがある。これは最小値/最大値があるタイプではなく、両方向に無限に回るタイプなので、取り外し時に手が触れて動いてしまっても、接続時に突然音が大きくなったりすることはない。

 底面にはスタンドがあるが、8度の1段階のみとなる。10~15度程度の傾斜角が付く一般的なスタンドに比べると調整幅が狭く、「若干、1段目のキーに届きやすくなったかな」という程度の違いしか生まれない。しかし、ベース部分の高さがそこそこあるので、あまり傾斜角があるスタンドだと手首の腱を痛めてしまうかもしれない。個人的にはスタンドは立てない方が使いやすかったが、これは人によるだろう。

●キーキャップとキースイッチについて

 キースイッチには光学式の「GXオプティカルスイッチ」を採用している。今回試用したマゼンダにはタクタイルしかないが、ブラックとホワイトではタクタイルの他にリニアも選択できる。

 アクチュエーションポイントは1.8mm固定、キー加重60g(リニアは50g)で、ラピッドトリガーは非対応だ。一般キーのキーフィーリングはカチカチ音が強めで軽快な印象だが、キースイッチ以外に保持パーツが設けられているエンターキー、左シフト、スペースバーはキータイプ音がかなり小さくなっている。特にスペースバーはキーキャップ側とベース側両方に緩衝材が取り付けられており、静音性が高い。

 キーキャップはかな印字なしのダブルショットPBTとなっている。摩耗に強く、LEDライトをきれいに透過するが、スイッチ側のLED発光範囲が狭く、シフトキーやかなキーなど、文字数の多いキーは中央部分しか光って見えない。

 また、交換可能なGシフトキーキャップはダブルショットでないため、このキーキャップだけは光らない。他のキーキャップが上部に文字があるのに対し、Gシフトだけはキーキャップ全体に配置されているため、ダブルショットにしてもきれいに光らなかったのかもしれない。

 日本語配列ながらかな印字のないすっきりしたデザインだが、句読点や中黒、カギ括弧など左側には3種の記号が印字されているキーが密集しており、ややごちゃついた感じになっている。

 ライティングはユーティリティー「G-Hub」のLIGHTSYNCから設定する。PRO X 60はWindowsの動的ライティングに対応しているため、独自の設定を行いたい場合は、まずWindowsの動的ライティングを無効にする必要がある。

 プリセットはフェードインとフェードアウトや色サイクルなど、あらかじめ決められたパターンで変化するものや、押されたキーによって反応するリップルやエコープレス、再生中の音楽に応じて発光するオーディオビジュアライザーなど9種類、それに加えてアニメーションが5種類が用意されている。アニメーションは自分自身で編集できることがプリセットとの大きな違いだ。

●G-Hubによるキーマップの変更も

 PRO X 60の特徴の1つがフルキーカスタマイズ機能だ。キーマップの変更にはG HubのKEYCONCTROLを使用する。このUIが当初、どうにも理解しづらかったため、ここで改めて説明しておきたい。なお、これはあくまで実際に操作した結果を記したものであり、筆者の理解不足、誤解、あるいはバグの可能性もあることをあらかじめご了承いただきたい。

 PRO X 60には工場出荷時設定とカスタム割り当ての2つのモードがあり、Fn+Aキー(変更可能)もしくはKEYCONTROLの画面下のスライドスイッチで切り替える。

 キーの割り当てレイヤーにはベース、Fn、Gシフトの3つがあり、ベースはキー単体を押したとき、FnはFnキーを押したとき、Gシフトはロジクール独自のGシフトキーを押したときの挙動を示す。変更したキーマップはカスタムプリセットとして保存できるが、その階層構造が直感的に理解しづらく、混乱しやすい。

 例えば、無変換キーを「そのまま押したら半角/全角、Fnキーと一緒に押したらWindowsキー」と設定したいとしよう。通常の感覚だと、(1)割り当てレイヤーを「ベース」にして全角半角を割り当て→(2)レイヤーを「Fn」に切り替えてWindowsキーを割り当てだと思うのではないだろうか。だが、実際に操作すると(2)のレイヤーを「Fnキー」に切り替えても、既に全角半角が割り当てられた状態になっているはずだ。

 これはKEYCONTROLの管理が「各レイヤーにカスタムプリセットを割り当てる」という構成になっているためだ。先ほどの設定を実際に実現するためには「無変換キーをそのまま押したら半角/全角になる」というカスタムプリセット1と、「無変換キーをそのまま押したらWindowsキーになる」というカスタムプリセット2を作成し、ベースレイヤーにカスタムプリセット1を、FNレイヤーにカスタムプリセット2を割り当てる、という操作を行わなければならない。

 つまり、ベース、Fn、Gシフトレイヤーそれぞれをカスタマイズする場合にはカスタムプリセットを3つ用意することになる。筆者にとっては地動説と天動説くらいのパラダイムシフトが必要で、丸一日悩むことになった。

 左上端のキーはロジクールGのロゴが入ったGシフトキーで、デフォルトだとEsc、Fnキーと同時押しで全角半角となる。KEYCONTROL上ではカスタム割り当てができるのだが、なぜかこのキーだけは実際に変更が有効に動作しなかった。筆者は普段から英語配列を使っており、ロジクールGキーの位置にある「`(バッククォート)」とAltで全角半角を切り替えている。そのシーケンスが実現できないことは致命的だった。

 各レイヤーでのキーマップはキー単体だけでなく、Shift/Ctrl/Altのモディファイア(各修飾キーとの同時押下)も あわせて設定できる。また、トリガーとなるイベントは「標準」の他、「押す」「保持」「リリース」がある。

 通常利用においては「標準」で事足りるが、「リリース」をうまく使えば東プレの「REALFORCE GX1」のKill Swith、Razerの「Huntsman V3 Pro」スナップタップ以上の高速操作ができるかもしれない。これらはあるキーが押されている間に他のキーが押されると、自動的に元のキーがリリースされ、後から押されたキーのみが押された状態になる、というもの。

 これはカウンターストレイフ(移動を素早く止めるために逆方向のキーを押すテクニック。逆キーストッピング)の反応をより高速化するサポート機能だが、PRO X 60の場合、例えばDキーの「リリース」にAキーを設定すれば、指を離しただけで反対移動キーの入力が行われることになる。実際の設定ではリリースを設定すると保持(キーを押しっぱなしにした状態)のキーリピートが効かなくなってしまうため、マクロ機能でキー押下げのみを作成し、それを保持の割り当てに設定することで意図する動きができるようになった。

 もっとも、ハードウェアチートと認定される可能性があることには注意が必要だ。また、ここで作成したキーマップはコミュニティーに公開し、他のユーザーに利用してもらうこともできる。

 ロジクールのプレスリリースでは「CtrlやShiftキーなどを同時押しすることで、1つのキーに最大5つの操作を割り当てられるようになりました。ファンクションキーやG-Shiftを使うと、さらに3倍の操作を割り当て可能になるので、1つのキーに最大15個の操作を登録できます」とあるが、モディファイアは「なし」を含めて4種類、イベントも4種類あるので、組み合わせて1キー、1レイヤーあたり16種類の設定が可能、そのうち最大5つまでを登録できる、ということのようだ。

●お勧めできるユーザー層に悩む製品

 仕事で使えるか、それともゲーミング特化か──という観点で見ると、PRO X 60には中途半端という印象が否めない。ゲーミングキーボードとして満を持してのタイミングでありながら、フタを開けてみれば昨今の他社先行機種に比べ、見劣りする点が多い。

 ワイヤレス接続もサポートしているが、Bluetoothのペアリングは1つのみだ。さらにアクチュエーションポイントのカスタマイズやラピッドトリガーには対応していないという仕様に、肩透かしを感じる人は多いのではないだろうか。

 その一方で、ゲーミングキーボードであるが故に犠牲になった機能もある。複数PCとの接続やセキュリティを重視した接続がその一例だ。

 もちろん、そのような機能を必要としない人には関係ない、という意見は当然だ。だが、それは「価格相応であれば」という大前提あってのことだろう。

 税込みで3万3110円という価格は高級機であり、その価格の見返りとして期待される機能やフィーリングも高い。円安の影響も大きいだろうが、純粋にゲーミングキーボードを求める人にも、日常使いと兼用できる高級キーボードを求める人にも、お勧めしづらい価格で出てしまった製品だと感じる。素直に次の60%キーボードに期待したい。

(製品協力:ロジクール)

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