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大きな転換点を迎えるPCプラットフォーム Core Ultra(シリーズ2)とApple M4チップの「類似性」と決定的な「差異」

ITmedia PC USER 2024年9月9日 12時5分

 PC業界はここ数日、Intelが発表したCore Ultraプロセッサ(シリーズ2)のモバイル向けモデル「Core Ultra 200Vプロセッサ」(開発コード名:Lunar Lake)に関する話題で持ちきりだ。

 同社が「Core Ultraプロセッサ」という新ブランドを打ち出してちょうど1年が経過したことになるが、その時よりも、むしろ今回の方が発表内容のインパクトはずっと大きい。

 以前からアーキテクチャの概要は明らかになっていたCore Ultra 200Vプロセッサだが、そのラインアップが公開されたのは今回が初めてとなる。詳細と全体像を見渡すと、AI(人工知能)時代に向けた同社の野心的な戦略を体現したプラットフォームとなっていることが浮かび上がる。

 AIへの対応という観点では、Qualcommの「Snapdragon X Elite」「Snapdragon X Plus」やAMDの「Ryzen AI 300プロセッサ」が先行しているが、これらが新世代のNPU(Neural Processing Unit:推論プロセッサ)のパフォーマンスを前面に出しているのに対して、Intelは高性能NPUの開発だけでなく、技術の“コア”ともいえるCPUアーキテクチャも含めた、システム全体に渡る設計の見直しを図っている。Apple Silicon並みの高効率と、WindowsノートPC向けとしては最高クラスの性能の両立を実現した格好だ。

 Core Ultra 200Vプロセッサの特徴を俯瞰(ふかん)すると、最新のApple Siliconである「Apple M4チップ」と似ている点もある一方で、決定的に違うポイントもある。この記事では、Apple Silicon(特にM4チップ)との「類似点」と「差異」に焦点を当てつつ、Core Ultra 200Vプロセッサのプラットフォームとしての可能性と、今後のPCの進化の可能性を考えていきたい。

●変化した「最適化ターゲット」に合わせて技術を再構築

 Core Ultra 200Vプロセッサの技術全体を見てみると、システムアーキテクチャを設計する際に、ターゲットとするシステムを変えたことを強く感じる。

 IntelのCPUは、目的ごとにさまざまな製品レンジやブランドが存在している。しかし、昨今の同社は幅広いレンジを1つの(あるいは極めて近い)コアアーキテクチャでカバーする“万能型”設計を取る傾向にある。サーバやHPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)向けから一般消費者向けPC、薄型タブレットPCまで、幅広くサポートしているという印象だ。

 近年、同社でも「Pコア(パフォーマンスコア)」「Eコア(高効率コア)」という、Armアーキテクチャでいうところの「big.little」のコンセプトが取り入れられ、サーバ/HPC向けとコンシューマー向けローエンド製品を除き、ヘテロジニアスなCPUへと“変貌”していたIntelのCPUだが、その軸足は常にシステムのスケーラビリティーに置かれていた。

 2023年にリリースされた「Core Ultraプロセッサ(シリーズ1)」(開発コード名:Meteor Lake)は、統合型プロセッサ(SoC)として「モバイル特化」「NPU搭載」という点にフォーカスした点が目新しかったものの、アーキテクチャ全体で徹底しきれていなかったことは否定できない。

 しかし、Core Ultra 200Vプロセッサは、モバイルデバイスへの適応性を高めるべく「電力効率の改善」と「AI処理能力の最大化」に主眼を置いている。

 電力効率の面では、基本消費電力(PBP)は17Wまたは30Wという設定だが、17W設定のモデルでは最小消費電力を8Wとすることもできる。これにより、メーカーはより小型/薄型のデバイスの開発がしやすくなる。

 新しいCPUコア「Lion Cove(Pコア)」「Skymont(Eコア)」(いずれも開発コード名)は、シングルスレッド性能と電力効率の向上に焦点が当てられている。特にPコアはマルチスレッド(SMT/ハイパースレッディング)機能を削るという大胆な決断をしていることからも分かる通り、「既存の技術を改良して新しいものを作る」というより、「既存技術を見直して再構築する」というアプローチを取っている。

 新しい「Xe2アーキテクチャ」を採用するGPUコアも、行列演算性能を高める「XMX(Xe Matrix Extension)エンジン」を搭載することで、AI処理のようなグラフィックス描画“以外”における活躍の場を広げている。

 CPUコア、GPUコア、そしてNPUそれぞれがAIワークロードに対し、効率的に処理する命令と回路を搭載しているため、AIのピーク処理性能はシステムトータルで最大120TOPSに達する。合計値としての処理能力の高さもあるが、処理の内容や目的に応じて適切なプロセッサを使い分けられるということの意味も大きい。

 Intelによると、Core Ultra 200VプロセッサはSoC全体のパフォーマンスが向上したにも関わらず、Core Ultraプロセッサ(シリーズ1)に対して最大で40%も消費電力を削減したという。おおむね、消費電力当たりの処理能力(いわゆる「ワッパ」)はApple M3ファミリー相当にまで高まっているようだ。

 重要かつ負荷の高い処理に対し、専用の命令セットや専用プロセッサを追加しつつ、それぞれの処理回路の汎用(はんよう)性を引き上げて、システム全体の効率を高める――このアプローチは、Apple Siliconの設計方針との類似性が見られる。しかし、ワッパの大幅な改善は、そもそもの設計の見直し(一新)による着実な成果といえるだろう。

 一方で、IntelはApple Siliconの“良い部分”はしっかりと取り入れつつも、あくまでも“PC向け”のSoC(CPU)という位置付けで、応用範囲の広さや適応できるシステム形態の柔軟性も確保している。

●Apple Siliconの「メリット」と「限界」を考える

 ここで焦点をApple Siliconに移してみよう。

 2020年にMac向けの「Apple M1チップ」が登場した時は衝撃的だった。製造プロセスの面で優位性があったとはいえ、その性能に対する圧倒的な省電力性は、直接競合しないとはいえIntelやAMDのモバイルCPU/APUがかすんで見えた。

 M1チップの成功の核心にあったのは、他社には容易に真似できない垂直統合モデルだ。CPUコア、GPUコア、Neural Engine(NPU)やDSPといったSoCの各種要素を独自開発して1枚のチップに統合し、行列演算用の命令拡張なども独自開発していた。驚異的なワッパと性能を誇るチップを生み出した背景には、搭載(採用)する最終製品が明確で、どのようにユーザー体験につなげるかを意識してSoCを開発できた点に尽きる。

 搭載するハードウェア、ソフトウェア、そして連携するネットワークサービスに至るまで、完全な“統制下”にあるコンピュータは他にない。

 この長所を生かすため、Apple Siliconでは共有メモリアーキテクチャを採用した。全てのプロセッサが扱うデータが同じメモリプールに置かれるため、均等なアクセスが可能な他、余計なデータ転送を行うことなく分業もできる。

 ただ「メリットはデメリットでもある」とは言ったもので、このApple Siliconのアーキテクチャには“限界”もある。

 「Apple M2 Ultraチップ」では最大192GBものメモリを搭載する構成を選択可能で、今後登場すると予想される「M4 Ultraチップ(仮)」では、より多くのメモリを統合できるようになるかもしれないが、全プロセッサから高速かつ均一の帯域でアクセスできる共有メモリアーキテクチャは、システム構成の柔軟性の面はもちろん、コストの面でも大きな“制約”を抱えてしまう。

 しかし、このようなデメリットがあることは、Appleとしては百も承知だろう。それでもこの設計をやめないのは、利益を最大化できることと、そもそも他のメーカーがApple Siliconを利用する可能性がないからだ。

 対するIntelやAMDのSoC(CPU/APU)は、幅広いパートナー企業(PCメーカー)の製品に適合できるように設計する必要がある。この「適合」は、特にSoCの設計面で制約となる概念だが、そこにこそ“突破口”があるのも事実だ。

 Core Ultra 200Vプロセッサは、IntelがApple Siliconの特徴を解釈した上で「自分たちはどのような価値(メリット)を提供できるのか?」ということを突き詰めて考えて、技術体系を再定義した結果生まれた製品なのだと思う。

 現時点において、Core Ultra 200Vプロセッサには動作クロックや基本消費電力、搭載するメモリ容量の異なる9モデルが用意される。ただしIntelは「PCメーカーのアイデアや企画に応じて、(9モデルとは)異なる仕様も用意できる」としている。顧客であるメーカーと“二人三脚”で柔軟なプラットフォームとして育てようとしていることが良く分かる。

●PC向けSoC(CPU)のトレンドに大きな変化が起こる可能性

 技術的な優位性というのは、うつろうものだ。全体を俯瞰した中で、特定のメーカーだけが特別に優秀なチップを作り出す、なんてことはもちろんあり得るとは思う。しかし、AppleやIntelのような巨大企業が英知を振り絞って奮起している時、それが成果としての結実するのは「技術的な優位性」よりも「コンセプト」を重視した場合に多いと思われる。

 繰り返しになるが、Apple Siliconが素晴らしい成果を上げた理由はPCを“完全な”垂直統合体制で開発できる企業が他に存在しないからだ。

 ただ、「どのようにすれば優れた製品が生まれるか」という見本を見せれば、それをまねることは、より簡単にできる。今回IntelがリリースしたCore Ultra 200Vプロセッサは、Appleを完全にまねるのではなくどのようにすれば自らの優位性を水平分業のPC業界で生かせるのかを考え抜いた結果だと思う。その観点から自らの技術を見直し、再構築した成果といえるだろう。

 “後出しじゃんけん”のようで申し訳ないが、こうなってくるとMicrosoftが提唱する「Copilot+ PC(新しいAI PC)」をターゲットに、同社と組んで「Snapdragon Xシリーズ」を用意したQualcommが少々気の毒になってくる。

 必ずしも彼らの責任ではないが、Qualcommのソリューション(アーキテクチャ)にはGPUコアにAI処理を高速化するための仕組み(機能)はない。CPUコアには機械学習向けの命令セットが用意されているものの、同社のSoCにおけるAI処理の“主役”はNPUだ。

 AMDの「Ryzen AI 300シリーズ」を含めて一通りのプレーヤーがそろった所でSnapdragon Xシリーズを評価すると、ワッパは決して最高とは言いきれない。バッテリー駆動時間の長さは確かに評価できるのだが、高負荷の処理が続くと競合の方がワッパ面で有利になるからだ。これではWindowsを「Armアーキテクチャで動かすために必要なカロリー」がもったいない気がしてしまうのは、筆者だけだろうか。

 これはPCジャンルにおけるQualcommの経験値の低さもあるだろうが、パートナーとして協業していただろうMicrosoftが基本的に「ソフトウェア企業」だから致し方ないともいえる。

 翻って、AMDもRyzen AI 300シリーズの次世代においてモバイル向けAPUの方向性を見直す必要が出てくるだろう。半導体業界の性質上、見直しに入って翌年にそれを反映するのは困難だろうが、Intelが1つの“方向性”を見いだしたということは、業界全体が変化に向けて動き始めているのは間違いないだろう。

 Intelの半導体製造拠点への大規模投資も、そろそろ成果が出始める頃だ。思い起こせば、かつてのエキサイティングだった「Intelの時代」は、同社がイニシアティブを取ることで進化を加速していた側面もあった。

 この点において、Intelは最終製品のためにしか半導体を作っていないAppleとは決定的に異なる。Appleのシリコンは業界全体を加速させる事はないが、Intelは業界全体をけん引することができるからだ。

 そうした意味で、Core Ultra 200Vプロセッサの登場は、単なる新製品の発表以上の意味を持つ。AI時代のコンピューティングを彼らが強力にけん引するならば、PCプラットフォームはもっと興味深いものになるだろう。

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