10月31日(日本時間)、一斉に発表された新しいM4チップを搭載した新型Macの中で、おそらく最も新鮮味に欠けるのがMacBook Proシリーズだろう。製品の見た目はそのままで、新しいカラーバリエーションもない。主な変更点はM4チップシリーズの搭載とThunderbolt 5の採用(M4 Pro/Maxモデルのみ)だけだ。
●新鮮味のない新MacBook Proの、それでもあらがえない魅力
でも、だからといって製品に魅力がないわけではない。処理が終わるまで十数分かかる3Dやビデオの映像処理、負荷が大き過ぎて編集時にPCがもたつき、リアルタイムでの作業ができないことを極力避けたい人。特に、操作の不自由さにストレスを感じているクリエイティブプロフェッショナル/制作プロダクション、機械の性能を限界まで引き出すアーティストたちは、私のレビュー記事の結果に関係なく既に黙って最大容量のメモリやストレージのモデルを購入しているだろう。
確かにMacBook Airと比べると高価かもしれないが、性能が高い分、より多くの作業をこなすことができたり、より試行錯誤を重ねて作品の質を高めて納品できたりすることで、その価格差を回収できる人。そういう人たちこそが、新型MacBook Proの主な利用者だ。
値段は関係ない。どうせ使うなら最上質な1台を、と考えている人たちにとっても、MacBook Proは理想のモデルだ。ハイパフォーマンスなPC、ワークステーションと呼ばれる科学計算やコンピューターグラフィック製作の現場で使われる50万円越えの価格帯のPCに迫りながらも、業界で最も洗練された優美なアルミ削り出しボディーに収められ、環境にもやさしいエシカルな方法で製造されている。
他社の高性能ノートPCがその高い価格に対して、あまりにも見た目が悪かったり、背面パネルやキーボードがドギツイ色の光を放っていたりすることをあまり好ましく思っていない人たちも、そうかもしれない。
それ以外の多くの人にとっては、MacでノートPCならばMacBook Airで十分だと思う。それでも背伸びをしてMacBook Proを購入すれば、期待を上回る価値を提供してくれるだろう。
これは今回のM4シリーズ搭載のMacBook Proがそうなのではなく、これまでのMacBook Proシリーズが変わらず提供してきた購入価値だ。ただし、ITの世界は技術の進化が日進月歩で激しく、毎年、プロセッサの性能が数割ずつ向上する。だから、MacBook Proも毎年プロセッサを更新しないと「高性能」という最も重要な製品価値を維持できない。
だから、2024年もM4チップ搭載モデルが登場した。いわゆる順当な進化だ。
ただし、このM4チップは、2020年に登場したMac用の名前がMで始まるプロセッサの中でも、かなり特筆すべきプロセッサだ。
これまでは、例えば被写体と背景を区別したり、写真のボケを弱めて輪郭を強調したり、自然の地形っぽい絵を描かせたりといったPCでの処理は、全てプログラムされた計算式を実行して行っていたが、これからの時代はそうした処理の多くがAI処理で置き換えられる。
今後数年で、世の中に存在するソフトウェアの構造が根本から切り替わる大きな節目を迎えており、例えばAI処理で写真の解像度を高めるアプリや「Topaz Labs Sharpen AI」や「Upscayl」、音声から文字起こしをする「Mac Whisper」などのAI処理で、これまでのアプリにはなかった情報処理を行うアプリがかなり増えてきている。
M4チップは、何もAppleが日本では2025年以降に提供する「Apple Intelligence」のためだけではなく、こういった最先端のAI処理アプリを利用する上でも大きな性能の飛躍をもたらす。
CPUやGPUといった従来型プロセッサの性能は順当な進化だが、Neural Engineを使ったAI処理は構造が似ている前世代のM3 Proと比較しても最大で35%ほど高速になっている。
では、これによってクリエイティブな作業がどれだけ効率化するかというと、今後、実際にどれくらいのペースでAI処理に最適化されたアプリが出てくるかや、利用者の職種的にそうしたアプリがどれくらい必要かにもよるのでハッキリとしたことは言えない。
ただ1つだけ言えるのは、新型MacBook ProはMacのノートPCとしては最高峰であり、Mac以外のノートPCとの比較でも最高レベルの性能を誇っており、コスト性能比のバランスは圧倒的良いということだ。
●買い得感が増した地味だが堅実な選択肢
これまで、AppleはよくMacBook ProをWindows PCも合わせた全ノートPCの中で最高の性能を誇るとうたってきた。しかし、今回のMacBook Proに関しては「プロ向けノートブックの中で最も先進的なチップを搭載」と表現を濁している。
どの製品がそうかは分からないが、もしかしたらMacBook Proよりも高性能なノートPCが世界のどこかで発売されたのかもしれない。ただ世界最高性能の称号を得るノートPCを作ろうとすれば、やり方はいくらでもある。「世界最高性能」の称号を得る上では、価格や重量、バッテリー動作時間などは関係ないのだから、それらを犠牲にしてとにかく実績作り的に最高性能を詰め込めば良い。
だが、MacBook Proは決してそうしたアプローチで世界トップレベルのノートPCという称号を得てきたのではない。実際、最新モデルもやみくもに性能を詰め込むよりかは、常に製品全体としてのバランスを見ている印象を受ける。
MacBook Proシリーズは、ただプロセッサが速いだけでなくハイコントラストなHDR表示ができるディスプレイの性能、美しさ、見やすさの点でも最高峰だし、搭載している4基のスピーカーの音質も業界最高レベルで、スタジオ品質といわれる内蔵マイクなど、全てのスペックが一流でそういう意味でもバランスが取れているのだ(詳しく書くと記事が長くなるのでAppleの公式ページを参照してほしい)。
実はそんなMacBook Proに1個だけ「これはプロ品質なのか?」と言いたくなるとんでもない欠点もあるにはあった。内蔵のカメラが前モデルまで1080pつまり約200万画素の解像度だった。しかし、今回のモデルからは、これも約1200万画素に解像度アップして解消された。
連続ビデオ再生時の動作時間は最長24時間になった(これまでは最長18時間)。さらにM4 Pro/MaxモデルのUSB Type-C端子がThunderbolt 5対応になって、最大120Gbpsの転送速度を実現した(これまでは40Gbps)。そして外部ディスプレイも同時に2台(M4 Maxなら3台)扱えるようになった。
このようにプロセッサだけ極端に速くするようなことは行わず、常に全体のバランスを見ながら進化をしているのがMacBook Proで、その姿勢は今回のモデルでも変わらないが、先に順当進化と書いたが、2024年は例年に比べると進化の歩幅が大きめだ。
そんな大きめな進化があったにも関わらず、価格は据え置きなので、ドナルド・トランプの大統領再任で更なる円安がささやかれる中、かなり買い得感が高い印象がある。
特に強く感じるのが、M4 ProでもM4 Maxでもない無印のM4チップを搭載したベースモデルだろう。実は単にプロセッサをM4シリーズにしただけでなく、標準搭載のメモリ容量が8GBから16GBへと倍増したのだ。
従来のM3 MacBook Proを16GBにしようとすると+3万円ほどかかっていたので、3万円もお得になったと言えるかもしれない。
これまで2基しかなかったUSB Type-C端子が、Pro/Max仕様のプロセッサを搭載した上位モデル同様に3基に増えたり、これまで上位モデルでしか選べなかったスペースブラックが選べるようになったりもしている。
このような意味からも、古いMacBook Proを我慢して使い続けてきた人たちにとって2024年は買い替えの良いタイミングのように思える。
いや、それだけではない。本来はMacBook Airの方がふさわしいユーザーたちにとっても、少し背伸びして高級モデルを買うメリットがある。その分、長く使い続けられることが多いのだ。MacBook Airと比べると10万円ほど高価なMacBook Proではあるが、今後の円ドルレートの先行きに不安を抱えているなら、今回のMacBook Proへの乗り換えは良い選択となるだろう。
新色のiMacや、愛らしいサイズのMac miniと比べると一番新鮮味に欠けるM4チップ搭載のMacBook Proだが、それでいて一番堅実な選択肢もまたMacBook Proなのだ。