エプソンダイレクトのデスクトップPCは、ちくま精機(長野県安曇野市)が生産を担っている。現在、7機種のデスクトップPCを4億通りのBTO(Bulid To Order)で生産可能だという。注文から最短2日間で生産/出荷する体制を敷いているのが最大の特徴だ。
また同社ではエプソンダレイクトのデスクトップPC/ノートPCなどの修理も請け負っており、こちらは1日修理を実現している。今後は、リファービッシュ(メーカー再生)PCの生産にも力を注ぐ考えで、その準備を進めているとのことだ。
今回はちくま精機を実際にを訪れ、PCの国内生産の強みと、迅速な修理体制の秘密を見てきた。
●エプソンダイレクトってどんな会社?
エプソンダイレクトは、エプソン販売の完全子会社として1993年11月に設立された。2023年、創立から30周年を迎えた。その名の通りダイレクト販売、つまり直販によるPC事業が主力事業で、2022年度の売上高は210億円となっている。
同社の販売(出荷台数)の8割以上は、法人向けが占める。「一般OA」と呼ばれるオフィス用途への展開の他、最近は「特定用途」と呼ばれる特定業務用途向けPCの提案を増やしているという。
特定用途PCでは「設計/CAD」「受付」「POS」用端末として活用できるモデルの他、「サイネージ(ディスプレイ)」「製造業における検査装置」のコントローラーとして使えるPCを活用する企業も増えているそうだ。そのため、これらの用途に対応すべく、柔軟なカスタマイズへの対応や組み込み用OSの活用などを行っている。
その一例として、2024年11月に発表した「業務別パッケージモデル」がある。例えば製造業向けにはAI(人工知能)を活用した外観検査に適する「外観検査AI向けNVIDIA搭載パッケージ」や、ライン上の各種装置に組み込むことを前提とした「装置組み込み向け長期運用パッケージ」を用意している。OSは長期間の安定運用を重視した「Windows 10 IoT Enterprise 2021 LTSC」を搭載するなど、製造現場に求められる仕様を実現したことが特徴だ。
今後はシステムベンダーと連携しつつ、このパッケージモデルの利用シーンの提案を強化するという。
エプソンダイレクトでは、エプソングループが持つ「省・小・精」技術を用いたハードウェアメーカーとしての強みに、ソリューションを組み合わせることで、ユーザーのビジネスに寄り添いながら、その課題解決に貢献することを目指している。
「売ったモノ(PC)、ユーザーが困りごとを解消する」のではなく、「困りごとの解消“そのもの”を販売する」という姿勢にシフトしていくのだと、同社は強調する。
さらに、受注から2日間での製品出荷や4億通りのBTOへの対応、土日を含む到着後1日での修理サービスの実現や、最長7年間の定期保守サービスの提供といったように業務に最適なPCを提供し、業務を止めないための体制を敷いている。これらのエプソンダイレクトならではの仕組みも、ユーザーから高い評価を得ているという。
●ユニークな組み立てプロセスを採用するちくま精機
先述の通り、エプソンダイレクトのデスクトップPCの生産と、デスクトップPC/ノートPCなど各種修理はちくま精機が担当している。一方、ノートPCの生産はアイテク(長野県喬木村)が行っている。
今回の取材では、ちくま精機のデスクトップPCの生産ラインと修理ラインを見学してきた。
ちくま精機では現在、スタンダードPC「Endeavor ATシリーズ」や、拡張性の高いミニタワーPC「Endeavor MRシリーズ」、コンパクトデスクトップPC「Endeavor SGシリーズ」「Endeavor STシリーズ」、プロフェッショナル向けのハイエンドPC「Endeavor PROシリーズ」を生産している。
エプソンダイレクトは、出荷台数全体に占めるデスクトップPCの比率が高いのが特徴で、ちくま精機での生産台数はエプソンダイレクト全体の約半数を占めているとのことだ。注文から2日間で出荷を行い、しかも4億通りのBTOを可能としている点が特徴だ。
ちくま精機での生産分は全てがBTOによる受注生産で、需要予測に基づく計画生産は行っていない。受注情報をもとに、部品倉庫から部品を調達し、確保できたものから順次組み立て指示を行い、製造銘板(シリアルナンバーラベル)を印刷し、組み立て工程に入る――という流れで生産は進む。
かつては「組立指示書」を使っていたそうだが、現在はこれを廃止し、製造銘板を使って管理を行っているという。シリアルナンバーさえあれば、生産内容に組み入れるハードウェア/ソフトウェアの確認を行える。
ちくま精機の生産手法にはユニークなポイントがある。それは「本体の前組み」「ストレージへのOS/ソフトウェアのインストール」「マニュアルのセット」の3工程を同時並行で開始し、最終的にそれらを組み合わせて1台のPCを作り上げることだ。これが、受注から2日での出荷を実現することにつながっている。
前組み工程では「セル生産方式」を採用している。作業者がマザーボード、電源などの部品を自らピッキングし、それらをブースに持ち込み、ボディーに組み込んでいく。なお、海外の生産拠点からベアボーンキットとして入荷したものは前組み工程を省いて、組み立て工程に投入される。組み立て工程もセル生産方式を取っており、組み上がった本体(またはベアボーンキット)にOSやソフトウェアを入れたストレージを組み込む。
組み立て工程を終えると、内観/安全検査を経て機能検査が実施される。機能検査では、注文したハードウェアの仕様/設定やインストールされたOS/ソフトウェアなどがオーダーと一致しているか確認する「コンフィグテスト」も併せて行う。このテストに“合格”すると、完成だ。4億通りのBTOを行う、「一品一様」のモノ作りを行う生産拠点ならではの仕組みといえる。
最後の梱包(こんぽう)工程では、完成した本体と、別工程で用意済みのマニュアルを組み合わせてパッケージに入れる。BTOオプションでディスプレイをセットにした場合、この段階で配送指示が行われ、配送拠点で合流してから客先に届くようになっている。
自前のDPSを整備
この生産体制を支えているのが、ちくま精機が内製した「DPS(デジタルピッキングシステム)」だ。本来、DPSは部品を正しくピッキングするためのシステムで、個別仕様に合わせて必要な部品を必要な量だけ、部品棚から取り出す支援をしてくれるものだ。
製造銘板のバーコードを読み込むと、必要な部品が置かれた棚のボタンが点灯し、そこから表示された数の部品を取れば済むため、リストや伝票を参照することなく、部品を正しくそろえられる。
従来の組立指示書を使った生産では、1台ごとに各工程で使用する部品を目視で確認していたという。次の工程に進む際は、指示書を本体に貼り付けて移動させていたそうだ。
しかし、DPSを導入した後は、製造銘板が組立指示書の代わりとなり、銘板のバーコードを読み取れば出荷(予定)日だけでなく、生産にまつわる指示(至急生産など)、生産の口数、OSの種類などをディスプレイで確認できる。組み立て上の注意点を画像を交えつつ表示することも可能だ。
なお、入荷した部品を部品棚に供給(補充)する際も、バーコードを使って照会することで正しい場所に正しく置けるようにサポートしている。
インストール工程の様子
先述の通り、ちくま精機ではOS/ソフトウェアのインストール工程を原則として前組み行程と並行して行っている。
OSのイメージファイルや検査プログラムなどは、15分ほどでインストールが完了する。書き込み作業は機種を問わない「共通部分」と、機種やオプションによる「個別部分」に切り分けて行うことで、約3年前と比べて所要時間は半分程度になったそうだ。
一部の書類は「オンデマンド印刷」を実施
同じく前組み行程と並行して行われるマニュアルのセット工程でも、DPSは活用されている。四角く囲まれたエリアで、必要なマニュアルや添付書類などを、ランプの光る棚からピッキングする。必要な書類を取り終わると、エリア内に流れる音楽が止まり、作業の完了を音でも認知できるようになっている。
ちなみに、この工程では「オンデマンド印刷」も活用されている。必要な書類を必要な枚数だけ印刷し、それをピッキングするのだという。事前に用意する印刷物を減らすことで、環境負荷を軽減している。
組み立て工程は10個のセルで実施
先述の通り、本体の組み立て工程もセル生産方式だ。セル(ブース)は10個用意されており、基本的には1つのブースで複数の機種を作る混流生産となる。
検査工程は熟練工が関与
組み立てが終わると、内観/安全検査を経てコンフィグテスト込みの機能検査が行われる。先述の通り、これらの検査に合格するとPCは“完成”となる。
検査には熟練工を関与させることで品質を高めているという。
梱包工程も一部を自動化
梱包工程でもDPSは活用されている。貼付するラベル類、封入する本体やマニュアル/付属品の間違いを防ぐためだ。出荷する前の最終工程ということもあり、指さし確認も行うことで念には念を入れているようだ。
●リファービッシュPCの「生産」も実施
エプソンダイレクトの新たな取り組みの1つであるリファービッシュ(メーカー再生)PCの生産も、ちくま精機で行われている。
リファービッシュPCは、「無料貸し出しプログラム」による貸出用機材、展示会などで短期間使用した製品、外観の小さなキズ/汚れを理由に返品されたPCなどをクリーニング、検査や必要な修理を行って再生したものだ。通常の新品PCと同等の品質とした上で販売される。
新品PCと同等の品質ということで、各種保証はもちろん、保守サービスも通常通り適用/加入できるので、安心して使える。それでいて、通常の販売価格から約30%引きで購入できるなど、おトクさもメリットに挙げられる。
この取り組みはエプソングループの環境活動の一環でもある。リファービッシュPCでは、従来なら廃棄対象だった部材の再利用も行うため、資源循環にポジティブな効果をもたらすからだ。
リファービッシュPCの生産用在庫はちくま精機の工場内に保管されており、受注に合わせて生産を行う仕組みとなっている。デスクトップモデルはBTOも可能で、要望に合わせてCPU、メモリやストレージなどを組み込んだ後、新品PCと同じ検査を経て出荷される。
なお、リファービッシュPCにはその旨を示すマーク(シール)が貼付される。
●Windows 10の延長サポート終了に向けた増産も実施
創業当初は個人向けPCの販売が中心だったエプソンタイレクトだが、現在は先述の通り出荷台数の8割が法人向けを占める。デスクトップPCの生産を受託するちくま精機でも、それに合わせて生産体制の変更/強化を実施している。
その1つが、特定法人ユーザーの要望に合わせて独自のキッティングを行う「Kライン」の構築だ。このラインでは、外部から遮断された環境で生産が行える。
また、ちくま精機では2025年10月に控える「Windows 10」の延長サポート終了に伴うPCの買い替え需要拡大を見越した準備も進めている。同社では2025年度上期に需要のピークを迎えると想定し、生産ラインの拡大を進めている。
単にラインを増やすだけでなく、既存の設備を有効活用できるように工夫も凝らしている。例えばマニュアルのセット工程では、1人の作業者が3方向に囲むように設置された棚からマニュアルや付属品をピッキングする。しかし、増産を受けて単純に作業者を2人に増やすと、導線の交錯によって作業効率が落ちてしまう可能性がある。かといって、もう1つ同じようなコーナーを作るとなると、そのためのスペースを確保しないといけない上、在庫すべき部材が増えてしまう。
そこで、もう1人の作業者が“逆方向”からもピッキングできるようにすることで解決する予定だという。
さらに、今後は人とロボットが協調して生産する体制を強化したり、DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進したりすることで、生産工程の自動化/合理化を推進し、人材不足や高齢化といった課題にも対応する方針だ。
●エプソンダイレクトの「1日修理」も支える
エプソンダイレクトは「受注から2日で出荷」はもちろん、「最短1日修理」も大きな特徴である。
万が一、製品が故障した場合、修理センターに到着してから最短1日で修理を完了し、製品を返送しているのだ。この手のサービスは他のメーカーも一部で実施しているが、同社の場合は土曜日や日曜日も含めて“1日”(いわゆる「1営業日」でない)ことがポイントだ。これにより、ユーザーがビジネスを止める時間を極力抑えることに貢献している。
ちくま精機ではデスクトップPCだけでなく、ノートPCやタブレットPC、ディスプレイなどエプソンダイレクトの全製品の修理を受託している。コールセンターで修理を受け付けると、シリアルナンバーとひも付けられた「サービスID」が付与され、このIDに基づいて修理工程が管理される。
修理するPCは「個人」と「法人(企業)」、「有償修理」と「無償修理」があり、それぞれに対応は異なる。例えば個人/法人の無償修理は、入庫すると比較的すぐに修理に取り掛かるため、1日修理が高い割合で実現できている。無償修理では1日修理の達成比率目標を90%としているが、現時点での達成率は85%だという。
一方で有償修理の場合、故障品が入庫した後に故障箇所の特定を実施し、依頼主に修理続行に関する承認を取る必要がある。そのため、無償修理と比べると時間がかかる傾向にあるそうだ。
なお、エプソンダイレクトでは法人ユーザーには訪問修理サービスも提供している。こちらは全国のサービスセンターで対応を実施している。
どうやって「1日修理」をやっているのか?
ちくま精機に故障品が入庫するタイミングは、「朝一番」「午前10時」「午後」の3回ほどある。同社では、いずれのタイミングで入庫した場合でも1日修理を行える体制を整えているという。
コールセンターなどで修理を受け付けたタイミングで、作業に時間を要すると思われる部位はある程度把握されている。そのため、現場(修理工程)ではあえて時間のかかる(≒困難な)修理から順次進めるようにしている。こうすることで、1日でより多くの台数を修理しているのだ。
修理完了品の宅配業者の最終集荷は午後4時頃なので、それまでに修理を完了させることを目指しているとのことだ。
修理は、「故障品の開封」「部品のピックアップ」「修理作業」「修理完了品の梱包」の全工程を1人の作業者が一貫して担当する体制を取っている。PCの修理担当者は基本的に「デスクトップPC」と「ノートPC」で分けられているが、ほとんどの担当者がどちらの修理も行えるため、入庫予定の修理品の比率に合わせて毎日担当者の比率を調整しているという。
配送されてきた修理品は、開封時点で同封の付属品類を確認する。修理内容によっては不具合の再現作業も実施し、予定している修理方法で問題ないかの確認も行っている。
作業者の前に設置されたディスプレイには、分解手順書、作業の注意点や修理完了後の点検項目が示される。作業前にユーザーへの確認が必要な場合は、確認を行う手順も指示される。
一部の法人では法人固有の検査(点検)項目が設定されていることもあるが、それも含めて全検査を完了しないと出荷(返送)指示を行えない。点検漏れをなくし、修理品質を高めるための仕組みだ。
修理品に修理履歴がある場合は、それもディスプレイに表示される。そこに新しい修理内容などを追記していくことになるが、この情報はコールセンターとも共有されている。修理後にユーザーからコールセンターへと問い合わせが入った場合でも、履歴を元に回答できる。
ディスプレイでは、特定機種における効率的な修理方法や、気を付けるべき内容など、熟練工の「ノウハウ集」も確認できる。熟練工が得た知見や工夫を、全作業者で共有できることも強みといえる。
修理用部品は、作業フロアに置いてある。交換する部品を登録すると、部品が置いてある棚番号が表示され、そこに部品を取りに行く仕組みだ。ただし、一部の部品は別の場所に保管しているという。
エプソンダイレクトでは、2023年7月から「最長7年サポート」を提供している。それに伴い部材の在庫量が少し増える傾向にあるという。例えばノートPCなら、サポート期間が延びると「機能的な故障」よりも移動中の破損など「物理的な破損」による修理比率が増加する。そのため、ノートPCならケース類の在庫が増えるそうだ。
しかし、従来は「最長6年」だったことを考えると、それをさらに1年延ばす程度なので、在庫が極端に増えることはない。また、昨今では共通部品も多く、そのことが在庫増加の抑制に貢献しているという。
●資本的つながりのない両社が緊密な連携を行える理由は?
ちくま精機では「生産」と「修理」を近傍で行っている。生産工程と修理工程で素早くに情報を共有できるため、修理工程で得られた情報をもとに、生産工程の改善につなげるといった水平展開を図りやすい。
エプソンダイレクトでは、法人ユーザーのPC利用状況を実地で確認した上でカスタマイズを提案したり、法人ユーザーの要望を生産現場で実現(反映)させたりという活動を行っていることも見逃せない。
今回、筆者は取材でちくま精機を訪れ見学したが、エプソンダイレクト製PCの導入を検討している法人も、希望すればちくま精機の生産/修理工程を見学可能だ。
……と、ここまで密接な関係を持つエプソンダイレクトとちくま精機だが、両社には資本関係がない。両社は1994年1月から関係が30年間続いているのだが、取材を通して「資本関係がない両社が、なぜ長年にわたり緊密な関係を維持し続けられるのか?」という疑問が沸いてきた。
その疑問を両社にぶつけると、異口同音に「(資本関係のない)別企業であるからこそ、緊張感を持った関係を構築できる」と答えた。
エプソンダイレクトは、ちくま精機に対して定期的に工程監査を実施し、問題があればそれを改善するように申し入れを行い、生産ラインの改善/進化につなげている取り組みを長年に渡って繰り返している。また、定例会議を毎月行い、その中で課題を解決するといった活動も進めている。
工程の進化や品質の改善において、新たなテクノロジーも採用している。エプソンダイレクトは長野県塩尻市、ちくま精機は同県安曇野市に本社を構えており、物理的な距離は比較的近い。それでも、さらに“距離”を縮めるために、セイコーエプソンのスマートグラス「MOVERIO(モベリオ)」を用いて、生産現場の情報を共有するといったことにも挑戦しているという。
また2024年度から、エプソンダイレクトの新入社員がちくま精機の生産ラインで3週間の製造実習を実施する取り組みを開始した。製造現場を理解し、そこで得た経験を日常の業務に生かすことが狙いだ。
製造部門だけでなく、修理部門でも連携を強化している。エプソンダイレクトのサービスセンターが行う訪問修理では、修理に最適な部品の選定において、ちくま精機が持つ修理ノウハウを活用している。また最近では、現地での修理中に問題が生じた場合に、ちくま精機の担当者からオンラインを通して遠隔サポートを受ける取り組みも行っている。
新たな技術が登場し、PCの活用方法が変化する中、モノ作りを通じて社会課題の解決に貢献するという基本姿勢は両社に共通する。このような相互協力体制はお互いの方向性が“一本化”されているからこそ行えると両社は強調する。
緊密でありながら、緊張感を持った関係――これが、エプソンダイレクトのPCの「品質と短納期の両立」「短期間修理」を実現しているといっていい。