100個以上のキーが並ぶPCのキーボード──その多くは同じキーサイズとなっているが、機能キーや修飾キーなど、一部のキーは大きなサイズになっている。特にスペースキーは群を抜いて横長だが、人によっては半分くらいのサイズでも実用上、十分だと感じる人もいるのではないだろうか。
最近はスペースキーを2つに分割して、任意の機能を割り当てられるキーボードが存在している。今回は東プレの「REALFORCE」シリーズから登場した、「REALFORCE R3」のセパレートスペースキーモデル(R3HI17)で、その使い勝手を試してみた。
●セパレートスペースキーモデルは「REALFORCE R3」の異端児?
東プレのREALFORCEシリーズと言えば、奇をてらわないスタンダードなルックスでありながら、最高峰のキーボードの1つと目される、日本を代表する高級キーボードだ。
剛性の高いボディーや静電容量無接点方式のスイッチ、Nキーロールオーバーなど、妥協なき質実剛健さが魅力の製品といえる。それに加え、キー荷重やキー配列、カラーバリエーションといった豊富なラインアップや、Fnキーを含むキーマップ入れ替え、1キーごとに設定できるAPC(アクチュエーションポイントチェンジャー)機能など、ユーザーの嗜好(しこう)に合わせてカスタマイズできる柔軟さも兼ね備えている。
そんなREALFORCEシリーズから9月に登場したのが、スペースキーが2つに分割されたREALFORCE R3のセパレートスペースキーモデルだ。
同時に、かな刻印レスモデルや300台限定のアイボリーカラーモデルなど、計6モデルが発売となったが、カラーバリエーションや刻印といった見た目の違いではなく、機能性が通常モデルと異なるのはR3HI17に限られており、注目度は高い。他社モデル含め、分割スペースキーを採用したキーボードは少ないからだ。
さらに分割スペースキーと日本語配列の組み合わせとなるとさらに希少で、いわゆる“自作キーボード”の自作キットに一部存在するくらいではないだろうか。キー数がREALFORCEシリーズ最多の113キーとなるので、基板やプレート、ファームウェア、ソフトウェアも新たに開発が行われたのではないだろうか。
東プレがそこまでの労力をかけたということは、分割スペースキーになんらかの手応えを感じてのことだろう。続いてスペースキーの分割がどのようなメリットをもたらすのか、また、どのように活用できるのかを見ていくことにしよう。
●分割スペースキーをどう使うか?
R3HI17のスペック面は通常モデル「R3HA11」とほぼ同じだ。テンキー付きのフルサイズキーボードで、USB有線接続とBluetooth 5.0のワイヤレス接続に対応している。キー荷重は45gで、違いは分割スペースキーの有無だけだ。
価格はR3HA11が3万7180円であるのに対し、R3HI17は3万8280円と1100円高くなっている。
工場出荷時には、左右のスペースキーはどちらもスペースがマッピングされている。通常のスペースキーのタイピングフィーリングが受け入れられない、スペースキーが小さく分割されただけで満足、という人でもない限り、このままの設定で使うことには意味がない。
この左右のスペースキーを何に割り当てるのか、それこそがR3HI17の価値を決めると言ってもいいだろう。一般的には片方にそのままスペースを、もう1つに別の機能を割り当てることになるはずだ。
割り当てたキーの利用シーンとしては2つ考えられる。1つは日常的に利用するというもの。もう1つはゲームや特定アプリケーション向けにキーマップ自体を切り替えて使用する方法だ。ただし、R3HI17はキーマップは2つまでしか保存できない。特定アプリケーションに対して自動的に切り替えるという機能もないので、「このアプリでここにもう1つキーを置きたい」という明確な意図がないと持て余してしまうかもしれない。
左右のスペースキーどちらをスペース入力用として残すか、まずは専用カスタマイズソフトウェア「REALFORCE CONNECT」のヒートマップ機能で判断するとよいだろう。
しばらく今までと同じように使った上で、どちらのスペースキーが多く使われているかを確認できる。完全に片方に寄っていれば単純だが、そうでない場合は自身のタイピングに多少の補正を行っていく必要がある。
●まずは使ってみた
スペースキーは横長であるだけでなく、親指で押下する数少ないキーでもある。そのため、人差し指や中指など、繊細な動作ができる指を使っているキーの置き換えにはあまり向かないかもしれない。そこで、まずはホームポジションから手全体が動いてしまうような動き、特に右小指の稼働を減らす方向で考えてみよう。
小指は短く、力も弱いにもかかわらず、キーボード操作においては比較的利用頻度の多い指でもある。バックスペースやEnterキーで酷使している人も多いだろう。
筆者の場合、小指でたたくキーはEnterキーと左右矢印キーくらいだった。そもそも手がホームポジションから動いてしまうことが多い。右手のホームポジションがEnterキーに乗せた小指をベースにしており、人差し指は本来のJキーではなくKキーに置かれてしまっている。
この癖のせいで筆者は日本語配列のキーボードになじみにくい。左右矢印キーが小指というのも珍妙かもしれない。テキストを打っているとき、入力中の文の中で戻ったり進めたりするときは、ホームポジションからの移動量が少なくて済むように小指を使い、一文を越えて動かしたいときは手全体を矢印キーの上に移動させ、人差し指を左矢印キー、薬指を右矢印キーに置き、中指を上下矢印キーで操作しているようだ。
その他にタイピング頻度が高いキーはHomeとEndだった。これも行頭/行末に移動する際によく利用しているが、使っている指は薬指だ。バックスペースキーも薬指を使っており、これらのキータイプ時にはホームポジションから手が離れてしまっている。このあたりをヒントにして手を入れてみることにしよう。
まずは左スペースをバックスペースキーに割り当ててみた。使いづらくならないよう、元のバックスペースキーはそのままにしていたのだが、その状態だとついつい、本来のバックスペースキーを使ってしまう。退路を断たなければいつまでたってもなじめなさそうだ。
試しに、思い切ってバックスペースキーにはNon(Unallocated)を割り当てることにした。これでバックスペースキーを押しても何も反応しなくなった。
結果は……大惨敗だ。そもそも我流の英語配列タイピングを長年続けているせいで、変な癖が付きすぎている。
分割スペースキーを使いこなす前に日本語配列が使いこなせていないのだ。かっこを入力しようとしたら毎回閉じかっこが入力されるし、日本語入力をオン/オフする際もAltキーが小さくて打ちづらい。いや、よく考えたら日本語配列なのだから、半角/全角キーを押すだけでいいじゃないか。
しかも、ヒートマップから判断した時には右スペースキーの利用頻度が高いと思ったのだが、英文やプログラムコードを打つときには左スペースキーを使っていることが判明した。どうやら右スペースキーを変換キーとして、左スペースキーをスペース入力として使っているらしい。なんだその癖は。
では、左スペースキーをFnキーに割り当てるのはどうだろうか。Fnキー+右矢印キーでHomeというのは、ノートPCなどでも見掛けるキーアサインだ。これで薬指をホームポジションから離してしまうことも減るのではないか、と思ったものの、そうはならなかった。バックスペースキー同様、Homeキーを押す事に慣れてしまっているため、スペースキーがスペースとして反応しないデメリットの方ばかりが出てしまった。
その後も他のキー割り当てを試してはみたものの、この「右も左も使っている」という癖がなかなか打開できず、どれもこれも中途半端な結果になった。「ずっとこのキーボードを使い続ける」と決意したのであればともかく、試作機をお借りしている状況では、自分自身のオプティマイズにも限界がある。
やれやれ。仕方がない。筆者には使いこなせないが、変な癖が付いていない日本語配列ユーザーや、変化に適応できる柔軟性を持った若人たちに向けてもう少し活用方法を掘り下げていこう。
●分割スペースキー活用のアイデア
実はバックスペースキーを左スペースキーに割り当てることは、他社の機種や自作キーボード好きの間では比較的多く見られる活用例でもある。だが、それらのほとんどは英語配列だ。日本語配列ならではの活用方法はまだまだ手が付けられていない領域だともいえる。
そういった観点から再度見直してみると、そもそも最下段のキーの中にはほとんど利用していないキーが他にもあることに気が付いた。筆者の場合は普段から英語配列を使っているという事情もあるのだが、変換キー、無変換キーはスペースやEnterキーで代用している。片仮名/平仮名の入力モードを切り替えることはなく、入力後にCtrl+Iなどで変換するし、ローマ字とかな入力を切り替えることもない。2つずつ用意されているAltやCtrlも右側はほぼ使っていなかった(もう1つ上の段の右Shiftもタイプ数ゼロだった)。いっそのこと、このあたりを全てまとめて再マップしてしまうのも手かもしれない。
ここで、REALFORCEの持つ柔軟なキーマップ入れ替えについて2点、おさらいしておきたい。
1点目がFnキーの入れ替えだ。「全てのキーマップ入れ替えが可能」といううたい文句自体は他のキーボードでも見かけるのだが、REALFORCEの場合は他のキーボードで「例外」として扱われることの多いFnキーも入れ替えが可能になっている。Fnキーの使い方自体はShiftやCtrlなどの修飾キーと同じだが、それらとは決定的な違いがある。
例えば「@」を入力しようとしたとき、英語配列だと「2キー」と「Shiftキー」を押下する。OSはその情報を受け取り、「英語配列で、2キーとShiftキーが押下されたから、これは@だ」と変換を行う。一方、日本語配列だと「@キー」があるので1キーの押下だけで済む。
つまり、同じ文字コードであってもキーボード配列によって入力する際に押すキーの数が違うわけだ。いくらキーマップが変更可能でも、2つのキーを同時に押されたときの処理がOS側で行われる以上、日本語配列で「@」を2キー同時押しで入力することは(本来は)できない。
一方、Fnキーはファンクションキーとマルチメディアキーの役割を兼用させるなどの目的でノートPCなどに多く採用される特殊なキーだ。キー数が限定されるコンパクトキーボードで1つのキーにハードウェア的な複数のコードを割り当てるために設けられたもので、ShiftやCtrlとは異なり、キーボード側で同時押しの処理が行われる。
その結果、Fnキーと他のキー、2つのキーが押されたにもかかわらず、OS側からは1つのキーが押されたように見えることになる。これが他社製キーボードでFnキーの入れ替えができないモデルが多い理由だ。本来、処理レイヤーの違うキーですら入れ替え自由というREALFORCEの柔軟性が驚異的であることがお分かりいただけるいただけるのではないだろうか。
この仕組みを利用すれば、日本語配列の「Fnキー+2キー」を「@キー」に当てはめることも可能になる。さらに、REALFORCEの持つ「Fnキー入れ替え」機能を使ってShiftキーにFnキーを割り当てれば「Shiftキー+2キー」で「@」を入力することも可能になる。もっとも、これだけだと弊害の方が多いのでお勧めはできないが……。
では逆に、本来2キーで入力するものを1キーに割り当てるにはどうすればよいか。これにはREALFORCEのキーマップ入れ替えにおける2点目の特徴である、ショートカットキーが活用できる。
REALFORCE CONNECTのキーマップ入れ替え画面、機能キーの欄にはAPC(アクチュエーションポイントチェンジャー)などの機能に加え、Shortcut1~8がある。これは修飾キーと一般キーの押し合わせを記録するもので、ショートカットを登録した上で、それをどのキーにマッピングするかを指定する。
例えば「=」を日本語配列1キーで入力するなら、「Shift+-キー」をショートカットとして登録した後、キーに割り当てればよい。
この2つの特徴的な機能を利用することで、修飾キーの有無に関わらない柔軟なキーマップ入れ替えが可能になる。よりFnキーを活用していくのであれば、分割スペースキーは大きさやポジションとも、その最有力候補となり得るだろう。複数のキーにFnキーを割り当てることも可能だ。
●REALFORCE R3のセパレートモデルは受け入れられるのか?
REALFORCE R3のセパレートモデル「R3HI17」は、分割スペースキーという特徴はあるが、あくまでR3シリーズのラインアップの1つだ。このモデルを使う場合、日本語配列、キー荷重45g、カラーはブラック系、大きさはフルサイズに限られる。
さまざまなバリエーションモデルがある中で、なぜR3HA11をベースにしたのか、という点はいささか興味を引かれるところだ。臆測にはなるが、1つにはR3HA11が人気モデルの1つであることだろう。分割スペースキーが受け入れられるのかどうかを見極めるためには、それ以外の点でも受け入れられる製品でなければならない。悲しいかな、英語配列モデルではそもそものパイが小さく、評価がしづらいと思われる。
そしてもう一点として、既存モデルとの変更点の小ささも挙げられるかもしれない。分割スペースキーのサイズはちょうどテンキーの0と同じで、実際、キーキャップを交換することもできる。R3HA11ではスペースキーの中央下にスプリング付きのスイッチ、左右2カ所のスタビライザー、あわせて3点で保持するようになっているが、R3HI17の分割スペースキーはそれぞれ1つのスイッチで保持している。
このサイズではスタビライザーは不要なようだが、英語配列だとそうはいかない可能性もある。また、キーマップ変更での活用を考えるとキー数の少ないREALFORCE RC1の方が分割スペースキー向きのような気もするが、RC1のスペースキーは少し小さめなので、分割するには少々厳しいサイズのようにも見える。
これらの事情を考えると、REALFORCEでの分割スペースキーが今後、バリエーションを増やしてくるのか、それともこのモデル限りの限定版で終わるのかは、R3HI17の売れ行き次第と言ったところではないだろうか。
残念ながら筆者の偏った癖ではそれを判断することは難しいが、既存の配列に不満がある人、そのためにキーボードをカスタムしたいと考えている人にはぴったりはまる可能性を秘めている。
逆に、そこまでの意欲がない人にとってはちょっと持て余すモデルかもしれない。とはいえ、R3HA11との価格差は、もったいないとはならないレベルに収まっている。
興味のある方はぜひ、実機を手に取ってその可能性を追求してもらいたい。
(製品協力:東プレ)
※記事初出時、一部の金額表記で誤りがありました。おわびして訂正します(2024年12月26日午後3時20分)。