2024年の大きなトピックである「AI PC」。Microsoftが「新しいAI PC」として「Copilot+ PC」を定義し、要件を満たしたPCでは、Windows 11で新たに追加された(される)さまざまな機能を利用可能だ。
新しいAI PCとCopilot+ PCの要件を満たす40TOPS以上のNPUを統合したプロセッサは、QualcommのSnapdragon Xシリーズが先行し、後を追う形でAMDからはRyzen AIシリーズが、IntelからもCore Ultra シリーズ2が発表され、それぞれのCPUを搭載したモデルが登場している。
AI PCに注力する日本HPは、3種それぞれのプラットフォームを採用したAI PCをリリースしている。今回それらを借用することができたので、3回に渡って比較検証していく。
中編の今回は、定番ベンチマークテストの結果を見ながら考察していこう。
●3モデルのスペックを比較する
まず、今回取り上げるモデルのスペックを掲載する。「HP OmniBook Ultra Flip 14-fh」(Core Ultra 7 258V搭載)、「HP OmniBook Ultra 14-fd」(Ryzen AI 9 HX 375)、「HP OmniBook X 14-fe」(Snapdragon X Elite X1E-78-100搭載)の3台だ。
同社の個人向けとなる「OmniBook」ブランドではあるが、それぞれのモデルはフォームファクターや装備が異なっている。この点はパフォーマンスを評価する上でも考慮に入れておく必要がある。
というのも、近年のCPUは負荷状況と温度や電力を監視しながら周波数をブーストする機能を持つため、同じCPUを搭載していても実際に発揮できるパフォーマンスが同じとは限らない。それぞれのフォームファクター、電力設定や放熱設計などに左右される。
フォームファクターが小さくとも、特別な高密度実装や専用の放熱システムを導入するなどしていればまた話が違ってくるので一概に言うことはできないのだが、やはりフォームファクターが大きい方が、放熱設計に余裕を持たせやすい。そのため、パフォーマンス面では有利な傾向にある。
つまり今回の場合、約1.57kgと重めなAMD機が最も有利で、次いでQualcomm機となる。Qualcomm機と同じ重量(約1.34kg)ながら、マルチなスタイルで運用できる2in1ギミックを備え、装備も豪華なIntel機は最も不利といえる。
●電源モードとユーティリティー「myHP」の設定
ベンチマークテストを実施する際には、Windows 11の電源モードの設定や各モデルに導入されているユーティリティーによるパフォーマンス設定にも注意が必要だ。
Windows 11の電源モードは、パフォーマンスに少なくない影響がある要素の1つである。多くの場合「バランス」がデフォルトになっているが、今回の性能テストにおいては「最適なパフォーマンス」、バッテリーのテストは「最適な電力効率」を選んだ。
また、Intel機とAMD機については、日本HP独自のmyHPユーティリティーに「システム制御」のメニューが用意されており、用途に合わせてモードが選べる。デフォルトは「SmartSense」だったが、これを「パフォーマンス」に変更して計測した。
Qualcomm機については、myHPユーティリティーは導入されているものの、「システム制御」のメニュー自体が存在しない。Armベースの命令セットアーキテクチャを採用していることが、こういったユーティリティーの開発にも影響している可能性が高い。
●x64(x86)とArmの違いに注意
今回は、QualcommのSnapdragon X Elite搭載機がテスト対象に含まれている。Snapdragon X Eliteは、ArmベースのCPUコアを採用しているため、x86やx64(x86の64bit拡張)ベースのIntel機、AMD機とは命令セットの互換性がない。
Armベースのコアのパフォーマンスがフルに発揮できる「Armネイティブ」のアプリもまだ数が少なく、多くは一般的なx64/x86ネイティブのアプリをエミュレーションすることで動作するようになっている(動作しない場合もある)。
ベンチマークテストはArmネイティブバージョンがあるものを中心に実施しているが、あえてArmネイティブのバージョンがなくエミュレーション実行のテストも含めているので参考にしてほしい。
●CPUのマルチスレッド性能ではAMD機の圧勝
ここからは、ベンチマークテストのスコアを詳しくみていこう。まずは定番のCINEBENCH 2024だ。CGレンダリングを行ってスコアを出すベンチマークテストで、CPU(GPU)のパワーがダイレクトに反映される内容だ。
結果は、マルチスレッド処理のCPUスコアではAMD機が突出したスコアになった。一般的なクリエイター向けPCやゲーミングPCをも上回る水準だ。シングルスレッドでレンダリングするCPU(シングルコア)ではIntel機がAMD機を上回り、シングルスレッド処理での強さをみせている。
Qualcomm機はmyHPユーティリティーでパフォーマンスモードを選べないため、Intel機とAMD機でもmyHPの動作モードをデフォルトの「SmartSense」に設定した場合(設定がないQualcomm機はデフォルトのまま)でも計測してみた。どちらもスコアがやや低下するものの、大勢には変化がない。
また、CINEBENCH R23のスコアも掲載した。R23は、Armネイティブ版がないため、Qualcomm機ではエミュレーションにて動作し、本来のパフォーマンスは発揮できない。結果を見ると、CPU(シングルコア)のスコアが、Intel機でいえば第10世代Core以前の水準であり、エミュレーション動作の影響が顕著に伺える。それでも12コアのパワーでマルチスレッド性能はIntel機に少し劣る程度になっている。ここでもCPUスコアではAMD機は圧勝で、マルチスレッド性能では抜けた強さを示した形だ。
先述したように、CPUが実際に発揮できるパフォーマンスはフォームファクターや熱設計の影響を受ける。特にCINEBENCH 2024のような高負荷のテストでは影響が大きいことから、今回AMD機のみ約1.57kgと少し余裕があるフォームファクターであることが有利に働いていることは間違いないだろう。
●GeekbenchでもAMD機の強さ目立つ
Geekbenchは、多様な命令セット/デバイス/OSにネイティブ対応し、それぞれの性能を計測、比較できるクロスプラットフォームのベンチマークテストだ。
CPUのテストでは、Multi-CoreだけでなくSingle-CoreのテストでもIntel機を上回っている。Qualcomm機はMulti-Coreでは健闘しているが、Single-CoreではIntel機とAMD機とは少し差を付けられた。
GPUのテストについては、Open CL/Metal/Vulkan APIでのテストだったが、ここでもAMD機が強い。
●ストレージ性能の比較
ストレージの性能は、CrystalDiskMark 8.0.6(ひよひよ氏・作)で計測した。Qualcomm機だけ見劣るスコアだが、どのプラットフォームでもSSDの公称パフォーマンスはしっかりと出ており、単純に評価機が搭載しているSSDの違いによるものだ。Qualcomm機は、少しコストダウンを意識してベーシックなモデルが採用されているのだろう。
●DirectXベースのゲームではIntelが強い
3D描画性能の定番テストである3DMarkのスコアは、Intel機とAMD機がほぼ互角だが、若干Intel機が優勢だ。QualcommのSnapdragon X Eliteの内蔵GPU(Adreno)はDirectX 12対応なので描画に関しては、SSE3に非対応という理由でTime Spyのテストを実行できなかった。
FINAL FANTASY XIV:黄金のレガシーベンチマークではIntel機が強く、3モデルの中で唯一「快適」評価に相当するスコアだ。AMD機とQualcomm機は「やや快適」評価にとどまる。
●オフィス、ビジネス性能ではIntelとAMD機がほぼ互角
PCの総合的な性能を計測する定番ベンチマークテストとして、PCMark 10を実行した。標準テストは、ArmアーキテクチャのQualcomm機では実行できないので、Intel機とAMD機のスコアのみだ。
どちらもCPU内蔵GPUモデルとしては相当な高水準だが、動画エンコードなどクリエイティブ系のテストを含むDigital Content Creation(コンテンツ制作)でマルチスレッド性能に優れるAMD機が強く、その影響で総合スコアでもAMD機が上回っている。
Qualcomm機も含めたテストとしては、Microsoft Officeを利用するPCMark 10 Applicationsを実行した。Microsoft OfficeはArmネイティブ対応(x86/x64アプリとの相互運用も可能なArm64EC対応)しているため、Qualcomm機も本来のパフォーマンスが発揮できるが、結果はAMD機がトップとなり小差でIntel機が続き、Qualcomm機は少し見劣るスコアになった。
WebベースのベンチマークテストであるWebXPRT 4も実行してみた。ブラウザはGoogle Chromeを利用し、Qualcomm機ではArmネイティブ版を使っている。結果はわずかながらIntel機がトップで、僅差でAMD機、Qualcomm機は大きく離された。Organize Album Using AI(AIを利用したアルバム整理)の項目での差が目立つ。このテストは、画像処理、画像処理のためのライブラリー「OpenCV」をJavaScriptで実行可能にした「OpenCV.js」を利用している。
次回は、バッテリー駆動時間や動作音の比較、AI PCがもたらす体験などをまとめて総括する。