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パナソニックグループは、「地球環境への貢献」と「くらしへの貢献」を、グループ共通戦略に掲げている。同社の基本姿勢は、環境戦略と事業戦略は相反するものではなく、両立するものであり、そこに成長のチャンスがあると捉えている。
一方でパナソニックグループは、AIを積極的に利用する企業としても知られる。同社独自の「PX-AI」は、既に全世界17万人のグループ社員が利用し、業務の効率化だけでなく商品開発やサービス提供にもAIを活用している。パナソニック ホールディングスの楠見雄規グループCEOは、「AIによって、『重くて、遅い』と言われるパナソニックグループを変えることができる」と、AIに期待する。
今回、PC USERの創刊30周年記念特別インタビューとして、同社の楠見雄規グループCEOに話を聞いた。まず前編では、同社の「環境」と「くらし」への取り組み、AI活用の現状と期待についてまとめる。
●AIを積極的に活用しているパナソニックグループ
―― パナソニックグループでは、「地球環境への貢献」と「くらし(一人ひとりの生涯の健康・安全・快適)への貢献」を、グループ共通戦略に掲げています。パナソニックグループが「環境」と「くらし」を両輪としている理由を教えてください。
楠見 「環境」への取り組みでは、長期環境ビジョンである「Panasonic GREEN IMPACT」を掲げ、2050年までに世界で排出されるCO2の1%にあたる3億トン以上のCO2削減インパクトの実現などを目指しています。
今のままでは環境破壊や温暖化がさらに進展し、私たちの子孫が豊かな暮らしをしたいと言っても、それが実現できないことになりかねません。パナソニックグループでは、物と心が共に豊かな理想の社会の実現を目指しています。しかし、気候変動に伴う自然災害などが暮らしに影響を与えており、この使命を全うするどころか、地球上で暮らしていくことができるのかといった状況にすらなっています。
パナソニックグループでは、最優先の経営課題として事業において地球環境問題の解決に取り組むこと、つまり我々の世代の使命として、地球環境問題の解決を加速しなくてはなりません。また、効率的なCO2排出削減が、これからの企業競争力を形作る要素の1つになるのは明らかで、課題を解決するだけでなく対価を得ることにもしっかりと取り組んでいきます。
パナソニックグループでは、「削減貢献量」の社会的意義や、標準化の必要性に関する議論についても先導する役割を担っています。削減貢献量は、製品やサービスを導入しなかった場合と、導入した場合のCO2排出量の差分を指した数値であり、企業の脱炭素貢献を適切に評価するモノサシとして意義があると考えています。
具体的には、各種のバッテリーソリューションや水素燃料電池、A2Wなど、化石燃料を電気に置き換え、電気を作るところも再エネ由来にすることで、CO2の削減に貢献できると考えています。
環境においても重要なのは競争力であり、環境だから何でもかんでもやるというのではなく、他社以上に力を発揮できるソリューションに集中し、リソースを投下していく考えです。私は、Panasonic GREEN IMPACTの実現が、地球環境問題の解決とグループの成長を両立させるものになると確信しています。
一方で、「くらし」の領域では、パナソニックグループが、安全で信頼を提供できる企業となり、家族や社会にとって欠かすことができない存在になることを目指しています。この取り組みは、まだ緒についたばかりです。
それぞれのハードウェア商品を進化させていくことや、快適かつ安全に使っていただくための工夫も必要ですが、さらに、お客さまが多様化する中で、お客さまにどう寄り添っていくのか、ということを改めて考える必要があります。
しかも、「寄り添う」といった観点での精度を高めていかなくてはなりません。お客さまが目指す生き方や過ごし方を理解し、家電を始めとした生活に必要なものや、生活を支援するサービスなど、くらしに必要なあらゆるものを最適な形で調和させ、家族の健康と幸福を実現することを目指さなくてはなりません。そのためには、AIを筆頭に最新技術を活用することが不可避だといえます。
―― パナソニックグループは、AIを積極的に導入している企業として知られています。2023年2月から、事業会社であるパナソニック コネクトが、先行する形で生成AIである「ConnectAI」を導入し、同年4月には全社規模で「PX-AI」の導入を開始しました。今では全世界で約17万人のパナソニックグループ社員が、PX-AIを利用しています。このとき、楠見グループCEOはパナソニックグループへのAI導入を即決したと聞いています。
楠見 AIをやるといっても、OpenAIに対抗して、モデルを開発するわけではありません。パナソニックグループのスタンスからいえば、いいエンジンを選び、いかに使いこなすかが大切になります。
ただ、今のAIは正しい知識を持っているのか、正しく回答できるのかという点で課題があります。しかし、この精度は高まっていくことになるでしょうし、AIがこのまま進化していけば、過去の知識に基づく判断という点においては、人間以上に正確になる可能性があります。
AIが得意なところはAIに任せて、人はAIにはできないことに集中しないといけません。そういうことができるようになった組織や集団が、一歩も二歩も抜きんでることになります。AIによって、人の数が数分の1で済むようになるという話もありますが、AIの効果は人減らしではなく、効率性を高めて仕事ができ、新たなものを創出できるようになるという点です。
お客さまに対するサービスも、もっと一人ひとりに寄り添うことができ、ハルシネーションなどの課題が解決すれば、さらに効率的に、もっと正確に対応できるようになります。AIを活用して、人や家庭に寄り添ったウェルネスサービスを進化させることができると考えています。
●社員全員がAIを身につければパナソニックは変わる
―― パナソニックグループでは、業務効率化のためのAI、モノ作りのためのAI、 製品やサービスに組み込んでお客さまと相対するAIと、さまざまなAIが使われていますね。
楠見 AIにはそれぞれに得意/不得意がありますから、それを意識しながら、さまざまな局面でいろいろなAIを活用しています。お客さまと相対する領域であればチャットボットを通じて、より最適なサービスを提供することができますし、商品のサービスマニュアルを学習させれば、ある程度の対応ができ、人でやるよりも、むしろ効率的にできるようなシーンも生まれています。
業務を効率化するといった用途では、使う人のスキル教育をもっと行う必要がありますが、既に多く社員が使い始めており、使ってみたらこんな使い方ができたという情報共有も始まっています。
これからは、こんな仕事でこんな使い方をしたら、効率が5倍になったというような事例を集めたいですね。当然、競合もそれを狙っているはずです。正直なところ、AIを使うことに対して抵抗感を持っている社員もいます。しかし、当然のようにしてAIを使いこなす競合企業に対抗するには、私たち自身もAIを使いこなすことが前提になります。そうした世界が訪れるのは明らかです。
―― 楠見グループCEOは、どんなところにAIを活用していますか。
楠見 今はメールの返事を書いてもらったり、作った文章の推敲をさせたりという点で利用しています。実際、こういうシーンで、こういう場所で、こういう相手に、こういう趣旨でしゃべりたいといって原稿を書かせてみると、そこそこのものが出てきますよ(笑)。
多いときには1日5~6回使っていますが、今日は全く使わなかったという日もありますね。ただ、経営判断に活用するというところには至っていません。しかし、AIはいろいろなことを覚えていますから、関連する事柄の情報を正確に得ることができ、その点では重宝しています。
人がモノを考える際には、いくつかの事象から判断していますが、全てを網羅して判断することはできません。判断する際に、自分が網羅的に考えることができているかどうかを試すために、AIに質問を投げてみるといったこともやっています。時々、「あぁ、そうだったね」みたいなことにはなりますね(笑)。
実は2024年に、中国の北京で自動運転車に乗って、ちょっと驚いたことがありました。中国は右側通行ですから、 左折するときには対向車がやってきます。対向車が向かっているのに、「えっ、このタイミングで行くのか」と思ったら、何事もなく曲がっていったのです。
―― それは、中国の街中でよく見る強引な曲がり方ですか。
楠見 いや、極めてスムーズでした。しかも、ビュンと曲がるわけではなく、何の不安も感じさせずに、スッと曲がっていった。それを一般公道でできているわけです。人による運転は、常に360度を見ているわけではありませんし、測距しているわけでもありません。しかし、センシング技術とAIの制御によって、人よりもはるかに正確に、瞬時に周囲の状況を捉えて判断しているわけです。人間にはできないことやっているなと感じました。もしかしたら、ハイヤーやタクシーのドライバーよりもすごいかもしれないと感じたほどでした。
―― PX-AIを始めとするAIは、パナソニックグループをどう変えるのでしょうか。
楠見 仕事の100%をAIでやるというのは絶対に無理ですし、人が倫理観や正義感、正しい価値観にのっとってAIを活用していくことが前提となります。
ただAIの活用方法を、社員一人ひとりが身につけてくれれば、パナソニックグループを素早い会社に変えてくれると信じています。私は、「重くて、遅い」と言われるパナソニックグループを、「軽くて、速い」会社に変えることができるのがAIだと思っています。
―― 確かに、パナソニックグループの企業体質は「重くて、遅い」と言われ続けてきました。少しは「軽く」なり、少しは「速く」なっているのでしょうか。
楠見 残念ながら、その改善に点数をつけるならば、 現状は100点満点で20点程度かもしれません。軽くて速くなった組織もあれば、そうなっていない組織もあります。
●創業者の「これではいかん!」が今でも有効な理由
―― 重くて、遅いままの組織に共通している点は何ですか。
楠見 ひと言でいえば、現状への安心感です。無理をしなくても、守られている安心感がどこかにあるのではないでしょうか。また、必要以上に内部調整に労力や手間をかけており、そこにスピードが上がらない理由があります。なぜ、ここまで内部調整に時間をかけているのかということを、それぞれの組織で改めて考えてもらいたいと思っています。
パナソニックグループでは、2022年4月から事業会社制に移行しましたが、残念ながら、それぞれの事業に最適な経営の仕方や、創意工夫への努力が足りていないと感じています。持株会社がもっと踏み込むべきだったという反省もあります。
課題が解決されていないからこそ、今の業績にとどまっている。パナソニック コネクトのように、自分で走っていく方向を打ち出し、自ら変わっていく形になっていかなくてはなりません。
―― 楠見グループCEOは就任以来、創業者である松下幸之助氏の言葉をとても大切にしていることを感じます。今、大事にしている創業者の言葉は何ですか。
楠見 創業者は、経営にとって大切な言葉を数多く残しています。ただ、どの言葉を優先すべきがという考え方はなくて、事業を推進するそれぞれの場面や経営課題に直面する中で、いくつかの言葉が浮かび、そこでハッと気づかされることがあります。
それらにおいて、頭の中にずっと残っている言葉が1つあります。それは、入社直後の研修で見せられた創業者のビデオの中で語られていた「これではいかん!」という言葉なんです。
実は、創業者はこの言葉を、あちこちのシーンで何度も語っています。本当に駄目な状況で、「これではいかん!」と言っているのは当然ですが、平時の状況だと思えるような中でも課題を見つけて、「これではいかん!」と言っているケースがあります。創業者には、「現状を是としない」という考え方がベースにあります。
なぜか分からないのですが、私は新入社員のときから、ずっとこの言葉が頭の中に残っているんですよ。私自身も、ずっと仕事をしてきて、物事の見方の目線は常に「これではいかん!」という姿勢だったと思っています。今のパナソニックグループに対しても、「これではいかん!」という姿勢で取り組んでいます。
―― ところで、米ラスベガスで開催される「CES 2025」のオープニングキーノートに、楠見グループCEOが登壇します。2013年1月に、津賀一宏社長(現会長)がキーノートに登壇した際には、パナソニックがB2Bの企業であることを明確に示し、TVメーカーや家電メーカーというそれまでのイメージを一新しました。今回のCESでは、どんな発信をしますか。
楠見 キーノートの内容は、AIが軸になります。CESでは12年ぶりのキーノートですし、パナソニックとAIには大きな距離があると感じている人も多いと思います。CESは、世界中の人々が集まり、最先端のテクノロジーを体感し、インスピレーションを得ることができる展示会であり、業界で最も重要な展示会の1つです。その展示会において、オープニングキーノートを行うことは、米国市場とコミュニケーションを取る機会になるだけでなく、パナソニックグループが目指すところを、世界中の人々と共有する機会でもあります。
今回のキーノートでは、AIでどんなことをやろうとしているのかを知ってもらい、パナソニックグループの未来に可能性を感じてもらうことが大切だと思っています。
また、多くのパートナーと共に、変革を生み出していく姿もお見せします。2025年1月7日(日本時間の1月8日)に行われるCES 2025のオープニングキーノートを、ぜひ楽しみにしていてください。