冤罪の温床につながる危険をはらむ司法取引
このたび法制審議会は、刑事訴訟法改正の要綱を法務大臣に答申しました。この要綱は、法制審議会が大阪地検特捜部の証拠改ざん事件(いわゆる「村木さん冤罪事件」)をきっかけに、法曹三者や学者の他、当の村木さん、映画監督の周防正行氏らを委員とする「新時代の刑事司法制度特別部会」(以下、「特別部会」といいます)を設置し、約3年間議論されてきた内容がベースとなっています。今回は、その制度改革案において導入された、いわゆる「司法取引」について解説します。
今回、法制化されることになりそうな「司法取引」は、「捜査・公判協力型協議・合意制度」といわれるものです。その内容は、検察官が被疑者・被告人に対し、他人の犯罪事実を明らかにするために真実の供述等を行わせる際に、被疑者ら本人の事件につき不起訴処分や特定の求刑にすることを合意することができるというものです。合意を行う際には原則として弁護人の同意が必要としています。
この内容からすると要するに、荒っぽく言えば、「あいつの犯罪について話したらしたら不起訴にしてやる」とか「求刑3年にしてやる」というものを法律にしようとしているということになります。少し考えればわかると思いますが、これは冤罪の温床につながる危険をはらんでいます。例えば、薬物等の組織犯罪のケースでトップの関与が疑われる際(ただし、客観的な証拠に乏しい場合)に、末端の構成員を別件で逮捕し、当該構成員を不起訴にすることを合意する見返りに、黒幕であるトップが犯罪に関与したことを認める供述を得ることができるという話です。
捜査機関に悪用されないようなチェック体制の構築が肝要
そもそも特別部会は、冤罪を防止することを目的として発足したにもかかわらず、冤罪の温床となる危険のある制度を創設することは、本末転倒ではないかと私は考えます。これまで「認めたら不起訴」などと言った利益誘導を行った結果得られた自白は、任意性に欠けるとして裁判では証拠として扱われないこととなっていました。しかし、自分のことではないとはいえ、「不起訴」などという利益をエサに供述を得るという手法を法制化することには個人的にはかなりの違和感があります。
また、弁護人という立場からも難しい場面が予測できます。先ほどのケースで被疑者が「トップの関与については実は知らない。でも、それを認めると自分は不起訴になるので、司法取引をしたい」と打ち明けてきた場合、弁護人としてその司法取引に合意してよいものか、非常に悩ましいものとなります。
一方、捜査機関にとっては、捜査の労力を減らすことができ、かつ確実に証言が得られるという点で、司法取引には大いに期待できるものであると思います。どのような制度も運用次第で善にも悪にもなり得ます。法制化する際には、この司法取引が捜査機関に悪用されないようなチェック体制を構築することが肝要です。
(河野 晃/弁護士)