産経新聞のソウル支局長が情報通信網法違反の罪で在宅起訴
韓国において、ウェブサイトに書いた記事が朴槿恵(パククネ)大統領の名誉を毀損したとして、産経新聞のソウル支局長が情報通信網法違反の罪で在宅起訴されています。問題となった記事については、ゴシップ色があり、必ずしも適切な内容ではなかったと見る余地もあります。しかし、この問題の本質は、たとえ不適切な内容であっても、特定の言論を刑罰を持って抑圧することの是非にあります。
政治報道に対する不当な圧力は、民主主義の否定と言える
民主主義において、言論・表現の自由、特に政治や公共の問題に関する言論・表現の自由は、最も重要な要素です。表現の自由が厳格に保障される理由は、表現行為によって個人が自己の人格を発展させるという個人的な価値(自己実現の価値)と、言論活動によって国民が政治的意思決定に関与する価値(自己統治の価値)、すなわち民主主義の基盤となる価値があるとされています。言い換えると、市民は情報を発信することで政治に参加し、また、情報を得ることで有効な政治的判断を行うことができるのです。
また、政治家等の公人についての報道・記事は、国家権力に対する正当な監視活動という側面があるため、芸能人や一般市民などの私人と異なり、プライバシー等を理由とした制限については慎重であるべき、ということもふまえなければなりません。政治報道に対する不当な圧力は、上記自己統治の価値を正面から否定するものであり、表現の自由、ひいては民主主義の否定であると言えます。
世界的に強い批判も。表現の自由の意義を再確認する必要がある
人は誰しも不快な表現や耳にしたくない批判はあるでしょう。実際に特定の表現行為が重大な権利侵害を引き起こすこともあり、表現行為を制限することが一切許されないということはありません。しかし、こと政治問題については、不愉快だからといって表現そのものを禁止することは、上記のように民主主義の否定につながってしまうのです。その点で、表現の規制を考える上では、当該表現がどのような意味を有するのか、それをどうしても規制する必要があるのか、という点から慎重に考えていかなければならないでしょう。
産経新聞ソウル支局長の問題については、国内報道機関はもとより、ソウル駐在の外国メディアの記者らでつくる「ソウル外信記者クラブ」も「自由な取材の権利を著しく侵害する素地があるという点に深刻な憂慮を表明する」とした検事総長あての公開書簡を発表するなど、世界的に強い批判が向けられています。
しかし、この問題は韓国だけではなく、どこの国でも問題となりうるものです。韓国の対応を批判するだけではなく、日本国内を含め、このような問題が発生しないように国民ひとりひとりが表現の自由の意義を再確認していく必要があるのではないでしょうか。
(半田 望/弁護士)