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主婦に酌量減刑「窃盗症」とは

JIJICO 2014年10月20日 15時0分

通常の「職業的窃盗」とはメンタル基盤が全く異なる

スーパーマーケットで万引きを繰り返したとして、常習累犯窃盗罪に問われた主婦が病的窃盗(クレプトマニア)を理由に酌量減刑され、懲役1年8月(求刑懲役3年)となった判例がありました。また、同じく万引き依存症で執行猶予中の女性が同一の犯行で、再度執行猶予を勝ち取るという珍しい判例もあります。

クレプトマニア(Kleptomania;病的窃盗、窃盗症)とは、一般には聞き慣れないでしょう。盗みたいという衝動に抵抗することができないために盗み(万引きを含む)を繰り返すものですが、合理的な動機を伴わず、盗品を個人的に使用したり、換金したりすることはなく、他人に与えたり、溜め込む、捨てる、あるいは返すことさえあり得ます。

盗みの前には緊張感の高まりがあり、その最中や直後に強い快感と満足感を覚えます。しかし、後には後悔の念を覚え、罪悪感に苦しみながらも再犯に至ってしまうという、正に「盗みのための盗み」と言えます。また、金銭的な余裕もあり、通常の「職業的窃盗」とはメンタルの基盤が全く異なります。

再犯率が高い一方、早期に治療すれば寛解する例も

原因は複雑ですが、女性に多く、鬱や過食・拒食症、解離性障害の合併、(親による性的、非性的)虐待の既往、月経との関連などが見られます。万引きの5%、窃盗症の受診患者の7割超に摂食障害が見られたとの報告もあります。「衝動行為」と呼ばれる精神異常の一つで、その快感には中脳辺縁ドーパミン系という大脳辺縁系(本能、情動、記憶のセンター)の一部が関与すると言われています。

クレプトマニアの治療には、カウンセリング、認知行動療法、集団精神療法、自助クループ、薬物療法などが用いられます。再犯率が高い一方、早期に治療すれば寛解する例もあり、回復率はほぼアルコール依存症、病的賭博のそれと同じです。また、摂食障害の人の窃盗症は治りやすいとされており、筆者の経験からも、摂食障害や解離性障害に合併するもの、その他の明らかに強い心理的な要因が働いている場合の窃盗症も、回復しやすいといえます。

窃盗症は病気であり、刑罰による予防効果はほとんどない

精神科医として働いていると、稀にではありますが、このように患者が万引きをして逮捕、拘留され、裁判になることがあります。患者の精神疾患はさまざまで、躁鬱や鬱、統合失調症、発達障害、摂食障害などが主疾患にあることが多いです。その際、主治医は警察から患者について照会を受けます。

窃盗の場合、警察の態度からは「臨床的に見れば犯罪性が薄いにも関わらず、(つまり、意識下に親への犯行や愛情への希求が認められる、意識が飛んだ状態、気分高揚して万引きが重大な罪だと理解していない、妄想や混乱が伴うなど)厳しく処遇されている」と感じます。この点、興奮した患者が傷害事件を起こして拘留されている場合とは対照的かもしれません。

また、窃盗症では、衝動性の障害はあるものの、事理弁別能力(善悪の判断)は損なわれているとは言えず、情状酌量の基礎になる「心神耗弱(精神異常によって善悪の判断ができなくなること)」には相当しないとされ、再犯を繰り返した場合は懲役刑を免れません。しかし、窃盗症は病気であり、刑罰による予防効果はほとんどありません。特に早期に発見して適切な治療をすれば回復は可能であり、「情状酌量すべきである」という考えが上記の判例によってやっと認められてきたといえます。

最近経験した窃盗症の例では、親からの虐待体験の上、解離症が併存していましたが、幸い無罪判決でした。しかし、盗みは万引きといえども刑事犯罪であり、厳しい社会的制裁を受けるので、精神科に通院しているといって甘く見てはいけません。不運にも病的窃盗だと自覚した場合には、自助クループなどを利用し、早期に治療を受けることが大切です。

(池上 司/精神科医)

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