企業側が業務委託契約を巧みに利用する「労働マルチ」
ここ最近、とりわけインターネット上で「労働マルチ」という言葉を目にすることが多くなりました。「求人募集により多数の人を集め、企業が安価なコストで労働力を搾取し、不当に利益を得るような業態や労働形態」という意味で使われています。
この労働マルチ、正社員やパートタイマーといった労働者として雇用契約を結ぶのではなく、企業と業務委託契約を締結します。仕事内容は食品や雑貨などの訪問販売が多く、報酬は販売金額に応じて、その一部を受け取る完全出来高払い制。実際は、会社の指揮命令のもとで朝から晩まで働いているにも関わらず、販売金額が少なければ当然わずかな報酬しか受け取れません。時間給に換算すると、実態としては最低賃金を大きく下回っており、違法性も指摘されています。
このように、企業側が業務委託契約を巧みに利用しているところに問題があるようです。
コストを抑えるため企業は「労働マルチ」の業態を採る
業務委託契約とは、当事者の一方が相手方に一定の業務を依頼し、依頼を受けた受託者がその業務の遂行に対して報酬を受け取る契約です。上記のように企業(委託者)と個人(受託者)で契約を締結する場合、業務を受託した個人は労働者ではなく、いわば個人事業主となります。労働者のように、決められた所定労働時間として会社に拘束されることはなく、また会社の指揮監督のもとで仕事を進める必要もありません。受託者は、自己の責任のもとで業務を遂行すればよいのです。
労働マルチの業態を採る企業は、なぜ労働者との雇用契約ではなく業務委託で契約するのでしょうか。それは、ひとえにコストを抑えるためといえるでしょう。労働者として雇用すれば、当然のことながら労働時間に応じた賃金を支払わなければならず、法定労働時間を超える部分については割増賃金を支払いをする必要もあります。
これが出来高払いを契約内容とした業務委託であれば、どれほど長時間働かせたとしても、その時間に関係なく、その日の出来高に応じた報酬のみで事足ります。また、企業が負担する労働保険料や社会保険料の支払いも免れているのです。
働き方の実態が労働者であれば違法性が高い
労働者は、労働基準法をはじめとした労働法規により、ある程度の保護が図られています。一方で、業務委託契約に基づいて働く者は、労働法規の適用を受けないことが原則です。ただ、ここで重要なことは、労働者に該当するか否かについては契約の名称ではなく、働き方の実態により判断されるということです。
いくつかある労働者性の判断基準の中に、「時間的拘束性の有無」と「業務遂行の指揮監督の有無」というものがあります。時間的に拘束され、会社の指揮監督のもとで業務を行っている場合は、労働者性が高いことになります。
労働マルチの例でいえば、出社時間や訪問販売からの帰社時間が決められており、会社からの指示により仕事を進めているのであれば、労働者とみなされてもおかしくありません。実態として労働者であるにも関わらず、労働時間に応じた賃金を支払うことなく、業務委託という名のもとで不当に低い報酬で働かせている企業の行為は、違法性が高いと言わざるをえないでしょう。
(佐々木 淳行/社会保険労務士)