フリーカメラマンが旅券法に基づき、シリアへの渡航を阻止される
政府は過激組織「ISIL」が日本人2名を殺害したとみられる映像が公開されたことを受けて、危険地域への邦人渡航に一定の歯止めをかける必要性があると主張。その歯止めのあり方について、検討を開始することが報じられました。
これには、殺害された2名が、外務省が「退避勧告」を出しているシリア国内に自らの意思で立ち入り、結果としてテロに巻き込まれて命を落とすことになったという背景があります。そこで、政府は「退避勧告」を無視して自ら危険地域に立ち入ろうとする自国民に対し、強制力をもってこれを阻止することを検討する必要性があると考えています。
その後、この検討が開始されると思っていたところへ、2月7日、シリアへの渡航を計画していた新潟市在住のフリーカメラマンが旅券法に基づいてパスポートの返納を命じられ、渡航を阻止されたというニュースが入ってきました。
旅券法の規定だけを考えれば、渡航禁止が問題になることはない
「旅券法19条」は、一定の場合に旅券の返納を命ずることができるという規定ですが、その4号で「旅券の名義人の生命、身体又は財産の保護のために渡航を中止させる必要があると認められる場合」が挙げられています。外務省によれば、この規定を適用した返納命令は初めてとのことで、自粛要請にもかかわらず聞き入れてもらえなかったため、やむを得ず返納命令を出したようです。
単純に旅券法の規定だけを考えれば、この措置が問題になることはありません。しかし、憲法22条に規定されている国民の「居住や移動の自由」が制限されることになり、この旅券法の規定が憲法違反ということになれば、外務省の措置も違憲無効という判断がなされることも否定できません。
憲法は「公共の福祉」に反しない限りという限定付の自由を保証
憲法が認める自由は基本的人権であり、安易な制限は認められません。しかし、憲法12条の「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」や13条の「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」という条文にある通り、憲法が保障する自由も無制限なものではなく、「公共の福祉」に反しない限りという限定付の自由です。
旅券法の規定は、「旅券の名義人の生命、身体又は財産の保護のため」という理由でパスポートの返納命令が出せるというものですが、名義人本人が自分の生命、身体を危険にさらすことが「公共の福祉」に反するとみなされるでしょうか。現状、自殺未遂が処罰されないことを考えるならば、無謀な渡航をするというだけでは「公共の福祉」に反していると判断するのは難しいかもしれません。
海外渡航禁止は言論の自由に対する侵害になりかねない
ただ、国民の生命、身体を守るのは政府の重要な責務で、一部の国民が政府の勧告を無視して無謀な行動を取った結果として生命の危機にさらされれば、その対応に追われ他の重要な政務が後回しにされる、あるいは国庫負担による多額の身代金や国家自体がテロの対象国家として認識されれば事態は変わってきます。結果、全く無関係の国民が危険にさらされる可能性などを総合するならば、テロリストによって生命の危機にさらされるリスクが極めて高い地域に政府の勧告を無視して立ち入ろうとする国民に対して、パスポートの返納を求めることには一定の理解が得られます。
それでも、海外渡航の禁止は「取材、報道の自由」と密接な関係を持ち、言論の自由に対する侵害になりかねないという危険性をはらんでいることは、制限する国家側も、国家の人権侵害を監視する国民側も、常に意識しておく必要があるでしょう。
(舛田 雅彦/弁護士)