がんへの対処の手がかりは「人生の意味」を重視する視点
がんのように死と向き合わなければならない病気の場合は、根源的な自己の存在意義を重視する実存心理学の視点、特に「人生の意味(meaning)」を重視する視点が、対処の手がかりになると思います。
いわゆる「末期患者」と呼ばれる死に直面した患者の場合と、がんの治療が成功したものの再発の恐れと向き合って生活している、いわゆる「生存者(survivor)」の場合とで分けて考えるのが良いというのが私の考えです。なぜなら、それぞれの人は、その生活の上で特有の課題を抱えているといえるからです。
「末期患者」の場合、「自分史」を肯定的に書き直してみる
まず「末期患者」の人の場合ですが、「確実に死を迎える」という厳しい現実は、もちろん受け入れるのが非常につらいでしょう。そうしたときに、今までの自分の人生を意味づけることによって、あと残された短い日々を受け入れていく心構えができるのでは、と思います。これには「物語療法(narrative therapy)」の考え方が役立ちます。
その考え方は、過去に自分に起きたことは変えることのできない「客観的な事実」ではなく、当事者である自分の解釈によって変更可能とするものです。特に、予期せぬがんの宣告を受け、未完の夢を多く抱えたまま人生を終えねばならない人にとって、残っている未完の事柄よりも自分が既に達成したことに焦点を合わせることは意義のあることだと思います。なぜなら、「自分史」を肯定的に書き直す作業は今の自分でもできるわけですし、また、自分の生きていた証を確認し、自信や自己存在感を再確認する術になる、と考えるからです。
「生存者」の場合、「今・ここ」に焦点を合わせて生きる
「生存者」の人の場合は、手術などがうまくいったものの治療の過程で失ったものも多いでしょう。また、今後、再発の不安をかかえるストレスも大変なことです。そうした人にとっては、失った過去に執着したり、また、まだ起きてもいない未来のできごとを憂慮したりするよりも、「今・ここ」の現在に注意を集中するのが良いと思います。
この、過去や未来のことでなく、「今・ここ」に起きている現在のことに注意を集中するやり方は、最近、注目を集めている「マインドフルネス瞑想(mindfulness meditation)」の基本概念であり、その心身に及ぼすプラスの効果は、多くの心理学的実験で実証的に証明されています。
自分の存在意義や尊厳を失わないようにすることが大切
がんという厳しい現実に直面する中で、自分の存在意義や尊厳を失わないようにすることが、気持ちの面で最も良い考えだと考えます。
具体的な方法は、もちろん人それぞれです。また、そのような個人の心理的努力とともに、医療の進歩、環境面・財政面での行政などの支援も重要であることは言うまでもありません。
(村田 晃/心理学博士・臨床心理士)