薬物依存症の体制整備を目指し、精保センターの助成制度を創設
最近、「<薬物依存症>増えぬ治療拠点…精保センター、助成申請1割」との毎日新聞の報道がありました。厚生労働省では、危険ドラッグ乱用の問題が深刻化していることを受け、薬物依存症について全国どこでも専門的な治療プログラムを受けられる拠点の体制整備を目指し、全国の「精神保健福祉センター(精保センター)」向けに今年度、助成制度を創設しました。しかし、助成対象の施設37カ所のうち、わずか5カ所しか申請しないことが明らかになりました。
私はこの問題を、日本の精神医療体制の不備が表面化したものと考えます。そのひとつが「精保センター」自体の体制の不備です。それは今回の調査で、助成制度の申請に否定的か態度未定だった施設にその理由を尋ねたところ、「人手不足が最多の回答だった」との結果からも見てとれます。
ちなみに「精神保健福祉センター(精保センター)」とは、「精神保健福祉法」により都道府県が設置している公的施設ですが、地域によっては「こころの健康センター 」など別の名称になっているところもあるので、一般にはわかりにくいところがあります。
「精保センター」の体制不備は米国との比較で歴然
この「精保センター」自体の体制不備の問題を米国との比較でみると、その違いは歴然としています。米国では、わが国の「精保センター」と同様のものとして、「コミュニティー・メンタルヘルスセンター(CMHC)」があります。予算の削減などの問題を抱えていながら、その体制は日本よりもはるかに充実しています。
例えば、私が留学中滞在したコロラド州デンバー市にあるCMHCは、500人以上の職員を擁しています。またデンバーのほかに、コロラド州には十数カ所のCMHCがあります。しかし、これだけの体制でも「CMHCがうまく機能していない」との批判は絶えません。一方、毎日新聞によるとわが国では、例えば長野県の「精保センター」の職員数は18人。しかも長野県では一カ所だけです。
このような「精保センター」の陣容では、厚労省が意図する再乱用防止のための「認知行動療法」のプログラムの導入は、臨床心理士や精神保健福祉士といった専門職員の不足から困難なことは明らかといえます。ただ、ちなみに長野県の「精保センター」はその限られた陣容でも薬物依存の治療プログラムをすでに実施しているとのことですが、ある意味で例外といっていいと思います。
精神疾患の増加に追いつく精神医療体制の整備が急務
日本の精神医療体制の不備は、「精神保健福祉法」も目的としている精神障害者の社会復帰を目指す、いわゆる「非施設化」(精神疾患者の施設処遇から社会内処遇への推進)がいまだに進まないことに現れています。
それは、精神科病院入院患者数が欧米諸国に比べて非常に多く、また入院期間も格段に長いことを、国連の「世界保健機関(WHO)」から常々指摘されていることに端的にみられます。このように、日本の精神医療体制の現状は国際水準からかなり遅れていると言わざるを得ません。
WHOによれば、今や薬物依存を含む精神疾患が全障害のトップとなっており、精神医療体制の充実はますます重要な課題となるでしょう。そしてその方向は、施設収容ではなく社会内処遇の充実であり、そのための受け皿の拠点としての「精保センター」の体制の整備が急務といえます。
(村田 晃/心理学博士・臨床心理士)