虐待は心理的、身体的な症状だけでなく脳の発達も遅らせる
虐待被害の疑いで全国の警察が今年上半期に児童相談所に通告した18歳未満の子どもの数が、1万7千人を超えたそうです。虐待のニュースを見聞きするたび、その子どもが直面している現在、将来の病理の発症、回復への機会の有無に思いがめぐります。それは、トラウマ治療を通して、愛着障害の回復への道のりの長さを日々実感しているからかもしれません。
クライエントの人々は、自己あるいは家族への否定的な感情、他者を信頼できない、あるいは人を恐いと思い集団に入れないなど、さまざまな心身症状からの解放を求めています。虐待は単に心理的、身体的な症状として表れるだけでなく、脳の発達を遅らせることが最新の研究で明らかになっています。
さまざまな反社会的な行動を起こす可能性も強まる
「福井大学 子どものこころの発達研究センター」の教授を務める友田明美氏は、2013年7月に行われたサイエンスポータル・コラムオピニオン「児童虐待と”癒やされない傷”」の中で、次のように述べています。
「小児期に受ける虐待は脳の正常な発達を遅らせ、取り返しのつかない傷を残しかねない。(中略)極端で長期的な被虐待ストレスは、子どもの脳をつくり変え、さまざまな反社会的な行動を起こすように導いていく。(中略)暴力や虐待は世代を超え、社会を超えて受け継がれていく。虐待は連鎖する。すなわち虐待を受けた子どもは成長して、自らの子どもを虐待し、世代や社会を超えて悲惨な病が受け継がれていく。数え切れないほどの幼い犠牲者たちが“癒やされない傷”を負う前に、何としてもこの流れを断ち切らねばならない」
援助や周囲の声かけが安心感につながる
私の元へトラウマ治療に訪れる方々の多くは、この連鎖を受けています。また「やさしい虐待」と言われる厳しいしつけや教育を受け、虐待と同様に心を病んでいる方々もおられます。ところが、治療が進むにつれて肯定的な記憶がでてきます。
「小さい頃、近所のおばさんが時々お茶に誘ってくれました」
「おはよう、おかえりといつも声をかけてくれるおばさんがいました」など。
上記のような近所からの援助や声かけは、「誰か気にかけてくれる人がいる」という安心感につながります。若い女性から聞いた話です。「隣のお父さんの怒鳴り声がして、子どもが大声で泣いていたんです。そしたら母は、家にあったお菓子をパパッと袋に入れて隣へ行きました。『こんにちは。泣き声がしたので~。何かできることあったら言ってくださいね』って。すぐに行動した母は、すごいなって思いました」
一人の声かけが一人の子ども、時には大人を救う
「豊島子どもWAKUWAKUネットワーク」では、「地域を変える 子どもが変わる 未来を変える」を合言葉に、300円で夕食を提供したり、無料学習支援やシングルマザーの交流会などを開催する「子ども食堂(第1、3水曜日)」との施設を開いています。
これらは子どもへの虐待に対して、個人あるいは地域ができる具体的な援助です。一人の声かけが一人の子ども、時には大人を救います。長期的に見れば精神病理、反社会的行動の予防につながります。出来る範囲で良いのです。ささやかな声かけ、地域での支援が広がることを願っています。
(福田 育子/心理カウンセラー)