以前から指摘されている受動喫煙によるさまざまな悪影響
2013年の神奈川県の「受動喫煙防止条例」の施行以来、受動喫煙対策への関心が高まっています。特に子どもへの受動喫煙において、さまざまな悪影響がわかってきています。「喫煙者のいる家庭で育った子どもは、家族に喫煙者がいない子どもに比べて、3歳までにむし歯になる可能性が2倍になった」との研究結果を、京都大学の川上浩司教授と田中司朗准教授らのチームが海外の医学誌に発表しました。
タバコの先から立ちのぼる副流煙には、多くの発がん性物質や200種類もの有害物質が含まれているとされ、その影響は肺がんやぜんそくだけではなく、心筋梗塞などの心血管障害などのリスクを高めることがわかってきています。さらには、中国大陸から飛来する大気汚染物質として話題の「PM2.5」という微小の有害物質も大量に含まれています。
WHOの見解では、世界で受動喫煙により毎年数十万人の非喫煙者が死亡し、職場の受動喫煙によって毎年およそ20万人の労働者の命が奪われているとの衝撃的なデータもあります。これほど受動喫煙の悪影響がはっきりしていても、予防策はどうも遅れがちです。例えば肺がんでは、発症までにだいたい15年から20年もの年月を要すると言われています。目に見える形ですぐに害を生じるわけではないために、私たち自身の意識も希薄かもしれません。
受動喫煙の影響は子どもの方が大きい
さて、子どもたちにはどんな影響があるのでしょうか?一般に子どもは大人に比べ、呼吸器や脳が発達途上であるため、深刻な影響を受ける可能性が指摘されています。具体的には空気の通り道にあたる部分、すなわち中耳炎や気管支炎、肺炎などの呼吸器感染症や、ぜんそくなど呼吸機能の低下などが知られています。
口腔も空気の通り道ですから、何らかの影響を受けている可能性があります。受動喫煙とむし歯の関連性を統計的に調べた同研究では、むし歯が増加するメカニズムは解明されていませんが、この研究グループは仮説として「受動喫煙によって唾液の成分が変化し、虫歯の原因菌が集まって歯垢(しこう)や虫歯ができやすくなるではないか?」という可能性を示唆しています。
むし歯の成立要素とタバコの煙にさらされる家庭環境
むし歯は専門的には「う蝕(うしょく)」と言います。う蝕が成立するにためには、少なくとも3つの条件=原因菌と糖分、時間が揃わなければなりません。むし歯はStreptococcus Mutans(ストレプトコッカス・ミュータンス)という菌によって引き起こされる感染症です。この菌は糖分を栄養分として摂取し、代謝産物として酸を作り歯を溶かしていきます。
この現象からわかることは、
【1】歯にミュータンス菌がいなければむし歯にならない。
【2】糖分がなければバイ菌がいても歯は溶けない。
【3】糖があっても、バイ菌に食事の時間=酸を作る時間を与えなければむし歯にならない。
ということですから、むし歯がどんどん増加するには、生活習慣や家庭環境全般が関連しているはずです。想像力をたくましくすれば、「子どものいる室内で、同居者が気にせず喫煙する家庭環境」とは、栄養のバランスを考え、きちんと食事を摂らせない、食後は歯磨きを励行しない、規則正しい生活を指導しない…そんな家庭環境が考えられるのではないでしょうか?
小児歯科の分野では以前より、「まったくむし歯がない子」と「むし歯だらけの子」に、口の中が二極化していることが言われています。むし歯が多発している子どもは虐待やネグレクトの可能性も疑わなければなりません。川上教授も「子どもの健康な発育のため、大人は生活習慣に十分気をつけるべきだ」と話しています。受動喫煙の問題は、むし歯だけではなく、子ども達を取り巻く生活環境全般を映し出す鏡なのかもしれません。
(飯田 裕/医学博士・歯科医)