労動者も起業圧力に逆らえない状況に
少し前に東芝の不正会計事件の際に話題になった「チャレンジ」ですが、労務的現場レベルで見れば、無理な目標等を課して追い詰める行為がチャレンジだと表現できます。そこで、今回は企業のチャレンジ行為と法的問題との関係について探ってみたいと思います。
「チャレンジ」に該当する具体例として、毎月4棟のマンション契約の目標を課し、賃金操作の要素に使用している企業、成績下降気味の従業員に対し、にわかに実施困難な営業マン研修の受講を課す企業、競合他社に先を越された対抗意識から無理な範囲にまで売り込み作戦を課す企業、経理担当者に業務の完全性を要求し、少しのミスで担当者の責任問題にする企業など、枚挙に暇がありません。こうした手法により上司や企業が、業績や目標に対する責任を全うしている状態をつくっています。
こうした例では、「なぜそのくらいできないんだ」「お前がなんとかしろ」など、能力不足にして責任を押し付けてくる行為、目標通りできないと激しく罵倒あるいは怒鳴り、恐怖で怯えさせる行為、反論させない状況をつくるため「命令だぞ」「会社として決定事項だ」と告げる行為などが散見されます。結果、当の労働者も企業圧力によって逆らえない状況に追い込まれています。
「チャレンジ」はパワハラに直結する
厚生労働省が2012年1月の円卓会議ワーキングG報告において、いじめ・嫌がらせやパワハラは、労働者の尊厳や人格を侵害する許されない行為であることを示しています。その行為として、暴行・傷害はもちろん、ひどい暴言、仲間外し・無視、業務上不要なことや遂行不可能なことの強制などが、これら以外の行為が問題ないわけではないという留意付きで類型化されています。
着目したいのは、報告の中で企業間競争の激化による社員に対する圧力の高まり、上司のマネジメントスキルの低下、上司と部下の価値観の相違の拡大などが、パワハラなどの問題の背景として指摘されている点です。チャレンジに潜む問題は、まさにパワハラ問題の背景に共通していると考えられます。その意味でチャレンジは、パワハラに直結する問題になりやすいと思われます。
労動者側も対抗手段を備えておくことが重要
企業が教育・指導の一環だと主張しても、遂行不可能な目標を課し、できないと低い評価をして賃金を下げる・配置転換をする、あるいは、罵倒して部下の責任問題にして退職に追い込む行為は、上記のパワハラ等類型の該当性はともかく、労働者の異議申立となって表面化するうえに、労働者の尊厳や人格侵害に結びつく行為として違法性が問われることにもなります。
裁判例においても、業務上の不当な目的や必要範囲を超えたことによる叱責等の行為の違法性を認める例が多くあります。一般的には、企業が適切な対応をしないことによる使用者責任、労務提供上支障をきたさないように職場環境を良好に維持する適正対処義務を怠った場合には、債務不履行責任の問題になります。また、労働契約法上も、安全配慮義務・職場環境配慮義務違反の問題、さらには、職務命令や賃金評価等に関する説明義務や理解促進の責務の問題が浮上する可能性があるでしょう。
企業のチャレンジ行為に関係してパワハラなどが発生している場合は、上記のような領域の法的問題が考えられます。労働者は逆らえないからと受け入れるのではなく、理由を問う、他の従業員の目標値との比較・見解を尋ねるなど、最低限できることを行動に移しましょう。その際には、企業の発言内容や「いつ、誰から、どのような事を、どうしろと言われたか」などを記録化など、対抗手段を備えておくことが重要です。
(亀岡 亜己雄/社会保険労務士)