視線測定により自閉症を客観的に数量化して判別することに成功
いわゆる発達障害の一つである「自閉症スペクトラム症」(Autism Spectrum Disorder [ASD])(以下「自閉症」と略称)の診断を、視線を測定することにより約8割の確率で判別できた、との福井大学などの研究チームによる論文が今年3月に英国の発達障害専門誌に掲載されたとの記事がありました。その記事には、客観的な診断指標につながることが期待される、とありました。
「自閉症」の診断は、国際的な診断基準の一つで日本でも広く使われているアメリカ精神医学会(APA)による診断基準(DSM-5)によれば、1.社会的なコミュニケーションや交流の障害、及び、2.限定的・反復的な行動と興味、が核となります。
ただ、それぞれの具体的な障害の内容は、絶対的なものはなく例として挙げてあるだけです(例えば、コミュニケーションや交流の障害の例として、「会話のやり取りの失敗」とか「ジェスチャーを理解したり使うことの欠陥」などが挙げてありますが、かなり漠然とした表現となっています。)
したがって、上の1と2の障害をどのように判断するかは具体的には個々の診断者に任されているところがあり、したがってその判断に差が出ることは十分ありえます。
そこで、そのような診断者による差を防ぐために、身体疾患によく用いられる生理的な指標(バイオ・マーカー)を見つける試みは以前から行われています。
今回の研究もその一環といえ、その中で視線に着目したものですが、これは「視線を合わせない」ことがコミュニケーションや交流の障害の主要な一例として挙げられていることから、バイオ・マーカーとしてはいい対象といえます。
また、視線の計測自体は2分で終わるとのことから、短時間でできることも好条件です。
自閉症の原因が確定しない現状では早期発見は重要な課題
「自閉症」の原因については現在のところ確定的なことは分かっていません。
したがってその治療法はいわば対症療法的ですが、臨床的には早期診断が予後に好影響を与えることも認められており、したがっていかに早期に診断するかは非常に重要といえます。
今回の研究対象は15歳~41歳ですが、いわゆる隠れた大人の「自閉症」の早期発見にも寄与すると期待されます。
バイオ・マーカーの探究だけで済まない自閉症の判断の難しさ
このように今後、「自閉症」の診断においていわゆる客観的な指標となりうるバイオ・マーカーの研究はもっと発展していくものと考えられます。
ただし最後に一言付け加えたいのは、「自閉症」に限らずいわゆる精神疾患の診断においては、その最終判断が主観的・相対的であることはある程度止むを得ない、ということです。
なぜなら、例えば前述のDSM-5の診断基準では、「自閉症」の診断において仮に症状が認められたとしても、それが日常生活を送る上で「実際上著しい障害」を来しているか、が最終的な判断材料であるからです。
逆にいえば、症状を持ちながらも何とか日常生活をこなしていれば、それは自閉症とは診断されないことになるのです。
つまり、生理的指標(バイオマーカー)自体は数値で表せる「客観的」なものであっても、その数値を当てはめる基になる自閉症の診断自体が相対的である限り、いくら数量化してもそれだけで絶対的な「客観的」な診断の指標とはいえないことを頭に入れておく必要があります。
言い換えれば、精神疾患というのは単に生理的・生物学的な概念ではなく、社会的な要因も含んだ概念であることを忘れてはいけないということです。
(村田 晃/心理学博士・臨床心理士)