改正される条文には航空運送に関する規定も新設
先日の閣議で、明治32年(1899年)の制定以来そのままだった「商法」の運送業に関する規定を見直す「商法改正案」が決定されました。「商法」の制定はライト兄弟の初飛行(1903年)より以前のことであり、当然ながら「航空運送」に関する規定がありませんでした。
今回、初めて「航空運送」に関する規定が新設され、飛行機を使った物流業界における損害賠償のルールなどが明確にされることになります。
それにしても、制定以来117年にしてようやくの法改正とは気の遠くなるようなお話です。
太平洋戦争の敗戦(1945年)により、日本はいったん航空にかかわる事業全般からの撤退を余儀なくされました。
その後、「航空法」が制定されたのが昭和27年(1952年)であり、「航空法」に「航空運送事業」の概念(航空機を使用して有償で旅客又は貨物を運送する事業)が登場し、昭和28年(1953年)には日本もICAO(国際民間航空機関)に加盟しています。
しかしながら、「航空運送」にかかわる具体的な法律の規定が商法に組み込まれるには、さらに63年もの年月が必要だったことになります。
法制度に不備がある状態の航空運送取引
さて、現在、航空運送については「商法」ではなく国土交通省が定めて公示した「標準国際利用航空運送約款」あるいは運送事業者が定めて個別に国土交通省から認可を受けた運送約款が適用されています。
この約款に基づく運送取引は、不特定多数の利用者との契約を定型的に処理する点で、運送事業者の立場からは有意義なのですが、利用者の立場からは、契約条項について交渉する余地がないことや、約款の内容が不当である場合には予期しない損失を被るリスクがあることなどが指摘されています。
逆に、運送をめぐる損害賠償の上限を定めた約款を無効と判断した裁判例もあり、運送事業者にとっても法的安定性の面で問題がないとは言えません。
商法の改正案が成立すれば、事故が起きて損害が発生し、その賠償が問題となる場合には商法の規定が適用されるようになります。
きちんと明文の法律で規定されれば、現在のように法制度に不備がある状況から脱却できますので、法の不備を故意に悪用されたり、いたずらに紛争が生じたりする「ビジネス・リスク」も減るものと期待されています。
たとえば、宅配便や引っ越しで荷物が破損した場合の運送事業者の責任について、陸上運送や海上運送では現行商法の規定により「業者が破損を知らなければ1年」「知っていれば5年」となっていますが、改正法では国際標準にしたがって「1年」に統一されます。
また、航空運送では、これまで一般的な商事債権の消滅時効である5年が適用されてきましたが、改正法では航空運送についても1年で運送事業者の責任が消失するようになり、陸上・海上運送とのバランスもとれ、運送事業者のリスクも軽減されます。
今回の改正で六法のカタカナ条文消えることに
その他、危険物について荷送主に通知義務を課す規定や、陸・海・空を組み合わせて荷物を目的地に運ぶ「複合運送」の規定を新設したり、海上輸送時の事故における船主の「無過失責任」を世界標準に合わせて、過失が無ければ船主の責任を減免する制度にするなど、陸上・海上運送についても現代の実務に即した規定に改められます。
なお、私たち古いタイプの法律家にとっては感慨深いことがあります。
いわゆる「六法」と呼ばれる主要な六つの法典(憲法・民法・刑法・商法・民事訴訟法・刑事訴訟法)のうち、現在、商法だけに唯一「カタカナ交じりの文語体表記」が残されていますが、今回の改正法が成立すれば、「六法」はすべて「口語化」されることになります。
いや、ひとつの時代の終わりを感じてしまいますね。
(藤本 尚道/弁護士)