刑法改正の概要
今回の刑法改正の内容は、大きく次の4つです。
まず、「強姦罪」が「強制性交等罪」に変更されました。暴行・脅迫を用いて行われる性交だけではなく肛門性交や口腔性交にまで同罪の行為が拡大され、被害者を女性に限らずに男性を被害者とする行為も同罪の対象となります。
さらに、強姦罪の法定刑が3年以上の有期懲役であったのに対して、強制性交等罪の法定刑が5年以上の有期懲役となる等の法定刑の下限を引き上げる厳罰化がされています。
また、「監護者わいせつ罪」「監護者性交等罪」が新設されました。この犯罪は、18歳未満の者に対して現に監護する者であることの影響力に乗じてわいせつ行為や性交等をした場合には、暴行・脅迫を用いない場合でも強制わいせつ罪・強制性交等罪と同様に処罰するというものです。
そして、これまでの強姦罪や準強姦罪、強制わいせつ罪等は、親告罪といって被害者等の告訴がなければ起訴すること(刑事訴訟を起こすこと)ができない犯罪でしたが、改正によって、起訴するのに告訴が不要(非親告罪)となりました。
刑法改正によって性犯罪は減少するのか
今回の刑法改正によって、性犯罪の被害が減少するのかどうかは分かりません。性犯罪を行う者が法定刑の厳罰化等があったことを知って、自分の欲望を抑えるということになるのかは疑問だからです。
ただ、強制性交等罪で被害者や対象となる行為が拡大され、監護者性交等罪などが新設されたことにより、これらの犯罪についての被害が防げるようになるかもしれません。
改正の問題点
今回の改正で危惧されるのは、非親告罪化によって被害者のプライバシー等が警察の捜査等によって侵害されることにならないかという点です。強姦罪等が親告罪とされていたのは、被害者の名誉や心情等に一定の配慮をしたからです。
しかし、親告罪とされていたことで、被害者に告訴するかどうかの決断をする精神的な負担を求めることになったり、加害者との関係から告訴するのがためらわれたりする場合もあったりと、かえって被害者保護にならない場合もあったようです。
とはいえ、親告罪という制度によって被害者の意思より先行した捜査を抑止するという意義は否定し難いと思います。今回の非親告罪化によって、被害者の意思が事実上後回しにされるようなことがあってはならないでしょう。
残された課題
影響力に乗じて性交等に及ぶのは、「監護者」に認定される父母等に限らず、教員やスポーツ等の指導者などの場合もあり得ます。新設の「監護者わいせつ罪」「監護者性交等罪」の行為主体の「監護者」について、さらに広げる改正をするかどうかは今後の議論によるでしょう。
性犯罪の被害の減少や被害者の保護、性犯罪者の再犯予防については、今回の刑法改正で終わりというものではありません。
性犯罪減少には警察への信頼の確保も不可欠
性犯罪を減少させるには、単に法定刑を厳罰化するだけではなく、性犯罪の発生が警察に認知され、適正な手続を経て相当な処罰を受けることが必要だと考えます。しかし、被害者が警察に被害を申告しても警察が適正に捜査をしないようであれば、被害者としては被害申告をしなくなって、性犯罪が表沙汰にならなくなり、被害が繰り返されるおそれがあります。
今年5月の週刊誌報道や被害者の女性の会見によって、総理大臣についての著書のある元テレビ局員で一時期は各テレビ局の情報番組によく出ていた者に対し準強姦罪の嫌疑がかかっていたのに、官邸に近い警察幹部の逮捕直前の指示で、逮捕状の執行が見送られ、結果として不起訴処分で終わっていたという疑惑が指摘されています。
そういう疑惑がすっきりしないままであったり、問題の警察幹部が出世しているような状況では、警察を信頼して被害者が相談することはできないでしょう。特に有力者やそのお友達などによって犯罪被害を受けた人は、警察に被害申告することがむしろ恐ろしいと感じるでしょう。性犯罪の減少には、刑法改正だけではなく警察への信頼の確保も大切だと思います。
(林 朋寛/弁護士)