暴行を加えられた教員が生徒を現行犯逮捕
福岡県内の中学校で、生徒が男性教員の顔を殴る暴行を加え、教員に傷害を負わせた際、この教員が生徒をその場で現行犯逮捕したというニュースがありました。福岡では、生徒が教師を暴行する動画が大きく話題になったばかりということもあり、このニュースも世間の注目を集めました。
今回は、このあまり耳慣れない一般人による現行犯逮捕の可否や問題点について解説したいと思います。
報道された「常人逮捕」は「現行犯逮捕」「私人逮捕」と同じ意味
一般人による現行犯逮捕、今回の事件報道では、「常人逮捕」という言葉が使われていましたが、一般には、私人逮捕、あるいは私人による現行犯逮捕といわれることが多いと思います。
刑事訴訟法は、「現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。」と定めています(213条)。つまり、検察官や警察官などの捜査機関でなくても、逮捕できる場合があるわけです。
ただし、この条文にあるように、あくまで現行犯の場合に限ります。現行犯とは、まさにいま犯罪を行っている、あるいは行ったという場合をいいます。加えて、犯人として追いかけられている場合や、犯人が盗んだ物や明らかに犯罪に使ったと思われる凶器をもっている場合、犯人の身体や服に犯罪の明らかな証拠が付着している場合、あるいは犯人が警察官などに声をかけられ逃げようとしている場合なども「準現行犯」といって、現行犯として扱ってよいとされています(法212条2項)。犯人が血のついた包丁を持っているときとか、職務質問を受けて逃走しているときなどですね。意外に、現行犯の対象が広いことがわかると思います。
さて、こうした現行犯の場合には、一般人でも、犯人を逮捕してよいことになっています。ただし、軽微な犯罪の場合には、犯人の住所や氏名が不明で、しかも犯人が逃亡しそうなときに限り許されます。また、逮捕後は、すぐに警察官などの捜査機関に引き渡さなければなりません。
そして、ここが重要なポイントですが、法律には直接書いていませんが、当然、逮捕の必要性があることが現行犯逮捕の条件になります。ですから、犯人が逃亡や証拠隠滅をするおそれがない場合には許されません。
法律があえて一般人による現行犯逮捕を許しているのは、現行犯の場合には身柄確保の必要性が高いことに加え、誤認逮捕の危険性が少ないからです。
今回の事件、本当に現行犯逮捕の必要性はあったのかは疑問
こうした視点からみると、今回の教師による生徒の現行犯逮捕の事案で、本当に現行犯逮捕が必要であったかは疑問です。
本件は確かに法律にいう軽微な犯罪には当たりませんが、前述のように、現行犯逮捕でも、常に逮捕の必要性が要求されます。今回の犯人は自分の生徒ですから、住所や氏名は当然明らかですし、教師への暴行程度であれば、本格的な逃亡を図ることも考えにくいです。目撃者も多数いたでしょうし、中学生という年齢面での考慮も必要です。そのため、現行犯逮捕の必要性は乏しいと言わざるを得ません。
本件での教師の現行犯逮捕の動機は不明ですが、教師としては学校として慎重に対応を協議し、どうしても必要というなら、改めて警察に被害相談を行えばよかったのではないでしょうか。
今回のような報道があると、とかく、一般人でも現行犯逮捕できる、という言葉だけがひとり歩きしがちですが、誤った現行犯逮捕では不法行為として損害賠償責任が生じるリスクもあります。また、現行犯逮捕時に逮捕者が負傷する危険性も高いです。くれぐれも慎重に考えていただきたいところです。
(永野 海/弁護士)