総合から専門へのブランド転換が進む居酒屋チェーン
大手居酒屋チェーンでは、最近業態転換が盛んに行われています。ワタミでは、ブランドのメインであった「和民」や「わたみん家」などの看板を下ろして、マグロをメインにした「ニッポンまぐろ漁業団」、鳥唐揚げをメインにした「ミライザカ」、焼き鳥をメインにした「三代目鳥メロ」」など全く違うブランド名を使い業態転換を進め、外食事業では5年ぶりの黒字回復の見通しです。
このように、大手居酒屋チェーンにおいて、「総合居酒屋から専門居酒屋へ」が旬なキーワードとなり、既存店舗の看板の付け替えや新規出店が進んでいます。ワタミのほか「白木屋」「笑笑」などの総合居酒屋を展開するモンテローザの業績が数年前から一気に悪化した裏に、「鳥貴族」や「塚田牧場」などの専門居酒屋業態の急成長があり、今後の居酒屋チェーンにおける成功の秘訣と考えられたからです。
専門居酒屋業態の鳥貴族は値上げ、塚田農場も競合の追い上げにより苦戦一方で、成功モデルとされている鳥貴族は、ここに来て順風満帆という状況ではありません。昨年8月28日に、28年間維持してきた280円均一という価格を約6.4%値上げして298円均一にする方針を発表しました。
鳥貴族の強みは、焼き鳥という専門性に加え、280円均一という低価格性にあると考えられていたために、僅か18円数%の値上げてあったとしても、その強みを揺るがす決定の裏に隠された理由と値上げが業績にもたらす悪影響が、業界の内外を問わず注目されました。その結果は、値上げ以降に前年同月を超えたのは2017年11月のみ。
2017年10月は2度の台風、2018年1月は関東で雪の影響があったとはいえ、低調な業績が続いています。特に2018年になってからの客数は1月が6.2%減、2月が8%減と厳しい状況です。
また、塚田牧場も苦戦が続いています。塚田牧場は、自社農場および契約農場で地鶏を生産し、中間流通を省くことで提供価格を安くするという生販直結モデルとゲーミフィケーション要素を取り入れた「名刺システム」が話題となり急成長した居酒屋チェーンですが、2014年5月から46ヵ月連続で、既存店売上高と客数が前年同月を下回る状況です。
その原因の一つは、競合他社が鳥をメインとした類似業態の居酒屋を始めたことがあげられています。特に塚田農場を徹底的に真似てモンテローザが立ち上げた「山内農場」は、店舗数で塚田農場を上回る事態となっています。
専門居酒屋へのシフトは必ずしも万能薬ではないこのような状況を見ると、総合居酒屋から専門居酒屋へシフトすることが、居酒屋チェーンの起死回生のための万能薬と決め付けることは難しいでしょう。
ワタミの場合、数々の不祥事によって“ブラック企業”の代表格と見なされ、イメージの悪化から運営する居酒屋「和民」などで客離れが起き業績不振の引き金になったという見方があります。
そこで、業態転換に伴い店舗名から「わたみ」の文字を消したことが名前隠しとなり、折からの専門居酒屋ブームが後押しとなり業績回復に繋がったと見る方が自然です。さらにワタミの場合、外食事業の他に宅食事業を行っている強みを活かして、食品加工工場「ワタミ手づくり厨房」の効率化を進め、原価が低減したことで収益力アップに繋がったという要因も無視できません。
そこで、居酒屋チェーン業界の今後の展望を考えるにあたり、居酒屋チェーン業界が置かれている環境はどのようになっているのを見ていきます。
居酒屋チェーン業界を取り巻く環境・4つのポイント
1.総人口の減少と少子高齢化の進行2008年をピークに日本の総人口が減少しているため、居酒屋の潜在顧客数が縮小するのは当然の結果です。
ただし、国税庁が発表している「酒レポート」(平成29年3月版)によると、性別年代別の飲酒習慣(生活習慣病リスクを高める量の飲酒)割合は、男性の場合20代11.6%、30代35.1%、40代49.6%、50代55.8%、60代58.0%、70代以上45.8%です。女性の場合、20代4.9%、30代17.8%、40代25.4%、50代19.2%、60代16.6%、70代8.3%となっています。
この結果だけを見ると、飲酒習慣の少ない若年層の数が減っても、飲酒習慣がある中高年層の人口が増えることは、居酒屋にとって当面プラスに働いても不思議ではありません。
一方で、中小機構が発表している年代別居酒屋利用率を見ると、男女とも20代がそれぞれ51%と41%で、全世代の中で最も居酒屋の利用率が高くなっています。20代は飲酒習慣を持つ割合は最低ながら居酒屋の利用率が最も高い世代でもあるため、若年層の人口減少は居酒屋を利用する潜在的顧客数の減少に繋がることになります。
2.若年層の酒ばなれ最近「若者の〇〇ばなれ」という表現をよく見聞きします。「車」「新聞」「結婚」などについて、昔と比べて若者が興味や関心を示さなくなっていますが、その中の一つに「若者の酒ばなれ」があります。
ニッセイ基礎研究所が2016年に発表した「若年層の消費実態」によると、20代の飲酒習慣率の2003年から2014年の推移は、男性が20.2%から10.0%、女性が7.8%から2.8%と大幅に低下しています。
この調査で指摘されているもう一つの事実があります。それは、「酒ばなれ」している世代は20代だけに留まらず、男性の場合30~50代でも低下していることです。逆に、飲酒習慣率が伸びている性別世代は、男性の場合60代以上、女性の場合30代以上という結果になっています。
3.人手不足(離職率の高さが慢性的な人手不足の原因に)厚生労働省が実施している「労働経済動向調査」(平成29年2月版)の中で産業別パートタイム労働者過不足状況と労働者過不足判断D.I.が発表されていますが、宿泊業・飲食サービス業は64%で断トツパートタイマーが不足している業種になっています。
正社員については39%なので、医療・福祉業、建設業、運輸・郵便業に比べると不足感は少なくなっていますが、正社員も不足している外食企業が多いのは間違いありません。
居酒屋業態を含む外食産業で人手不足の状況が続く原因は、新規採用が難しいことだけではありません。むしろ離職率が高いことが慢性的な人手不足を招いている原因になっています。
厚生労働省は毎年「新規学卒就職者の離職状況」を公表していますが、最新の平成26年3月卒業者についての結果を見ると、宿泊・飲食サービス業は3年以内離職率が大学卒50.2%高校卒64.4%で、全産業の中でともに1位となっています。
4.ファミレスやファストフード等、他業界からの新規参入の増加ここ数年で、ファミレス業態、ファストフード業態、カフェ業態のチェーン店でアルコールの提供や飲み放題メニューの設定をすることが増えています。
ファミレス業態の場合、これまでもアルコールの提供はしていましたが、ビールとワイン程度のバリエーションから焼酎、日本酒、ウィスキーまで拡大し、同時につまみの品揃えを豊富にし、ボトルキープができる店も珍しくありません。
ファストフード業態でも吉野屋が“吉呑み”を始め、モスバーガーやケンタッキーフライドチキンでもアルコールを提供する店舗が増えています。カフェ業態では、プロントが以前から夜はアルコールを提供していましたが、その後ドトールコーヒー系のエクセルシオール・カフェやタリーズコーヒーもアルコールを提供する店が出来ています。
その他、たこ焼きの築地銀だこが「ハイボール酒場」を東京中心に展開したり、街のラーメン屋で宴会コースや飲み放題のメニューを設定したりする店が現れるなど、従来は居酒屋チェーンの業界外で競合相手とは見なしていなかった他業界から新規参入者が現れて、居酒屋市場を奪い合っている状況です。
三井住友銀行が2017年6月に発表した「外食業界の現況と今後の方向性」というレポートを見ると、ファミリーレストラン業態、ファストフード業態、喫茶(カフェ)業態と比較した場合、パブ・居酒屋業態だけがひとり負けしている状況が示されています
2010~2016年の売上高は、他の3業態が前年比微増と微減の範囲を行き来しているのに対して、パブ・居酒屋業態だけが毎年売上を2%以上落とし続けています。業態別の既存店客単価・利用者数を見ても、他の3業種は客単価が前年比プラスを続けている中で、パブ・居酒屋業態のみ毎年下がり続けています。
居酒屋チェーン店業界は、市場が縮小傾向にあるにも関わらず、他業態からの新規参入が相次ぐ競争が激しい状況に置かれていることが分かります。
そもそも「居酒屋」とは?
ここまでの話の中で「居酒屋」という言葉を何度も使って来ましたが、そもそも「居酒屋」とはどのような特徴を持った店なのでしょうか。最も簡単に表現するなら、「料理を食べながら酒を飲む店」になります。こんな定義は当たり前過ぎて、あえて言うほどのことではないと思う人も多いでしょう。そう思うのは、私たちが日本人だからです。
日本以外では、基本的に「食べるときは食べる」「飲むときは飲む」と分けて飲食をする文化を持つ国や民族が多いのです。当然、料理を食べる店と酒を飲む店は分かれています。
ハリウッド映画には、ダイナーでハンバーガーやステーキを食べながらビールから始まり、つぎにワインやウィスキーを飲み続けて長居をしている場面は出てきません。食事をする場所では腹を満たすことだけで完結します。
そして酒を飲むときは、つまみなしでバーやバプでバーボンのストレートを延々と飲み続けている場面が出てきます。最近日本を訪れる外国人観光客の中で、新宿の“ゴールデン街”や渋谷の“のんべい横丁”の人気が高い理由は、「居酒屋で料理を食べながら酒を飲む」ことが日本文化を体験することそのものだからなのです。
また、居酒屋が提供する酒の肴あるいは料理は、和食をベースとして種類が豊富であることが、特徴の一つです。もともと日本の飲食店は驚くほど細分化が進んでいます。寿司、天ぷら、蕎麦、トンカツ、カレーライス、お好み焼き、親子丼、串揚げ、おでん、焼肉、ラーメン・・・など専門店の種類をあげだしたら切りがありません。
その中で居酒屋の存在意義は、酒を中心に置きながら、バリエーション豊富な料理を提供するところにありました。日本以外の国でもレストランは基本的に専門店ですが、日本ほど多くの業態がありません。
したがって、訪日観光客が居酒屋へ行って驚く理由の一つは、寿司も天ぷらも焼き鳥も出てくる料理のバリエーションの豊富さに対してです。
専門居酒屋業態への転換は本当に正しいのか?
先ほど、居酒屋チェーン業界には、生き残りのためには「総合居酒屋から専門居酒屋への転換」が決め手だと考える風潮があるという話をしましたが、本当にその方向性は正しいのでしょうか。
各料理専門店も「酒呑み処」化を推進している状況において、料理の味や質で居酒屋チェーン店が上回る可能性が低いことは議論の余地がありません。そして、提供する酒は基本的にどこで飲んでも同じものなので、仮に専門居酒屋化したとしても、本来の専門店よりも「安い」という以外に差別化要因を作ることが極めて難しいのです。
サードプレイスとしての居酒屋
日本の居酒屋文化をこよなく愛するアメリカ人マイク・モラスキー氏は著書『日本の居酒屋文化~赤提灯の魅力を探る~』の中で、都市社会学で言うところの“Third Place”(サードプレイス:第三の場)として居酒屋には魅力があると指摘しています。
サードプレイスという言葉は、スターバックスコーヒーが使用したことで知る人が増えましたが、「家庭でも職場でもない」場所のことを指して第三の場と呼びます。モラスキー氏は、居酒屋の暖簾をくぐると、人は家庭での立場や職場での肩書きを捨てて一個人として場に加わり、フラットな人間関係の中で店主と客、そして客同士という縦と横のコミュニケーションが行われることで生じる「場の味わい」を堪能することに醍醐味があるとしています。
つまり、美味い酒と料理は当然として、人間味や店主と客が醸し出す場を味わうところに、居酒屋としての真骨頂があるのです。もう少し平たく言うと、一人でふらっと立ち寄りたいと思わせる心地よさが場にあるかどうかに、リアル居酒屋かどうかの境目があるかもしれません。
チェーンストア経営が消費者にもたらした低価格化というメリット
居酒屋に限らず細分化されている日本の外食店は、戦後しばらくは一店舗か二店舗しかない個人経営のものがほとんどでした。その後、1960年代にアメリカからチェーンストア理論が持ち込まれ、小売業だけに留まらず飲食業にも盛んに導入されました。
チェーンストア理論による経営とは、企業活動を中央集権的に本社(本部)へ集中させて、店舗(現場)ではオペレーションに専念することで、効率化により利益を稼ぐ手法です。また、本社(本部)はスケールメリットを活かして、バイイング・パワーを発揮してコストダウンを行えるメリットもあります。
チェーンストアの本部は、効率化によって得られたこうした利益の源泉を主に「低価格販売」に振り向けることで、「同じ商品が個店経営の店よりも圧倒的に安い」というポジションを市場内でとることで差別化を図ります。
チェーンストア展開を進める経営者は、「生活水準は所得の範囲で買うことができる商品の多さによって決まる」という信念のもと、消費者の生活水準の向上に貢献するというミッションを掲げ、店舗コストと商品製造および流通のコストダウンを図り低価格販売を行っています。
彼らにとって、経営手法において「チェーンストア経営か個店経営か」という問題は、選択肢の問題ではありません。コストダウンを追求するためには、チェーンストア経営による多店舗展開以外の道がないからです。
流通・外食産業と相性の良いチェーンストアシステム
たしかにチェーンストアのおかげで、私たちは「良い品物をより安く」手に入れることができています。同じメーカーの商品ならば、なるべく安く買えることによる消費者のメリットは大きいため、チェーンストアによる手法は特に流通業との親和性が高いと言えます。
スーパーマーケット、ドラッグストア、家電、ホームセンターなどの業態において、一気にチェーン店が市場を席巻することになりましたが、その結果、これまで地元に根付いて商売をしていた個店経営の店舗は駆逐されました。
流通業における成功を目にすることで、アメリカでは外食業においてもチェーンストアが出現することになりました。先鞭を付けたのはマクドナルドですが、その後もファストフード業態、ファミレス業態、カフェ業態でチェーンストア化が進み、一足遅れて日本にも外食業でのチェーンストア化の波が押し寄せたわけです。ただし、外食業の中でチェーンストア化が上手くいく業態には、共通した特徴があります。
食事に特化している 提供する料理のジャンルが絞り込まれている 客の回転率が高い一部例外はあるものの、この3つの要素を高い割合で満たしている外食業態ほどチェーンストア化が成功する可能性が高いと言えそうです。だから、チェーンストア大国のアメリカでも「パブ」や「バー」など酒を中心に提供する業態の大手チェーンストアが存在しないのです。
チェーン店の居酒屋と街の居酒屋は似て非なるもの
日本において、居酒屋という我が国独自の外食業態をチェーンストア化したことは、アメリカに学ぶべき手本がないという意味で、非常にチャレンジングな取り組みだったと言えます。
しかも、多数の居酒屋チェーンが出現し、多いところで数百まで店舗数を伸ばすことができた結果を見ると、一定の成功を収めたと言えます。しかし、居酒屋の世界では、チェーン店の出現により昔ながら街に根を下ろしている居酒屋が完全に消滅してはいません。
乗降客数が多い駅の周囲にはチェーン店居酒屋の看板が無数に並んでいますが、駅から少し離れた場所、または各駅停車しか止まらない小規模な駅の界隈には、まだまだ個店経営の居酒屋や酒場が健在です。
東京都内に限っても、新宿には“ゴールデン街”と“思い出横丁”、渋谷の“のんべい横丁”などの戦後すぐに出来た酒場街が駅の近くで賑わっているし、大井町、立石、赤羽などチェーン店居酒屋より赤提灯を出している店の方が圧倒的に多いエリアがいくつもあります。
BS-TBSで『吉田類の酒場放浪記』が放映されていますが、この番組を見ると店主の思い入れの強い居酒屋が各所に存在し、その店を愛する客がたくさんいることを実感します。
チェーンストア経営の居酒屋と個店経営の居酒屋が併存している理由は、居酒屋の特徴の中で指摘したサードプレイスという「場」を楽しむことを重視している人が多いからです。
裏を返すと、チェーンストア経営の居酒屋は、場の要素を切り捨てでも「そこそこの料理と酒を圧倒的に安く提供する」ことで外飲みの機会を増やすことが、消費者の生活水準を上げることだと信じて突き進んだのです。
しかし、それだけでは超えられない壁があったのではないでしょうか。特に最近、消費者の購買動機が「モノよりコト」へシフトする傾向が強くなっていることが、「場」を楽しむことの価値を高めている可能性があります。
「ミライザカ」に見る総合居酒屋の課題
ワタミが専門居酒屋として新たに展開している『ミライザカ』の公式HPには、こんなことが書いてあります。
以下引用
総合居酒屋は、なぜ魅力を失ってしまったのか?
それは端的に言うと、時代のニーズにそぐわなくなってしまったからに他なりません。
総合居酒屋の良いところは、お客さまの食べたいものが何でも揃い、席数が多く大人数の宴会ニーズにも応えられることでした。
大衆酒場=気軽で安くて美味しいつまみがあり、一人でもふらっと立ち寄れる店。
NEO=こだわりの専門料理の柱がある。女性も入れるようなちょっとお洒落な空間。
場を楽しませてくれる若くてフレンドリーなスタッフ。
このNEO感と大衆酒場が融合したところにこそ、時代のニーズがあると考えます。
引用ここまで
頭の良い人が考えたと思われる文章なので、なかなか鋭い分析をしているように見受けられます。しかし、「時代のニーズを正確に読み取ること」が重要だと考えているだけでは、顧客に「早い安いそこそこ旨い」という機能的価値は提供できても、「心地よい」「歓び」「落ち着く」「楽しい」などの情緒的価値を提供することは難しいでしょう。
「一人でもふらっと立ち寄れる店」であることは居酒屋として大切な要素ですが、チェーン店居酒屋は、その実現方法を具体的にどのように考えているのでしょうか。お一人様用に仕切られたカウンターテーブルを設置することだと考えているチェーンが多いようですが、本来は、一人で店に寄っても疎外感を感じず、かといって過剰に構われることなく一体感が得られるその場の空気感をどう作っていくかが重要です。
そのためには、店だけの努力だけでは難しく、お客全員が場の空気作りに貢献する気持ちが必要になりますが、不可欠な要素として、店とその場を愛するお客とを結び付ける「こだわり」が介在する必要があるのです。
ただし、それは客のニーズから発生するのではなく、店主の信念から生まれるものです。総合居酒屋業態が不振だからといって、専門居酒屋業態へ鞍替えをするにあたり、最近鳥料理が人気だという理由で模倣をしているチェーン店に、私たちは何のこだわりを感じたらいいのでしょうか。
また、「場を楽しませてくれる若くてフレンドリーなスタッフ」は嬉しい存在ですが、新卒採用者の離職率が高いままでは、その出現は難しいでしょう。自ら楽しめていない人が他者を楽しませることは苦痛でしかありません。
付け加えるなら、場を楽しむためには、スタッフだけの働きかけではなく客も加わる必要がありますが、ボックス席を増やしパブリックな空間からパーソナルな空間づくりを進めているチェーン居酒屋で、店全体の空気づくりは難しいはずです。
今後チェーン居酒屋はどうなるか
居酒屋チェーン店各社は、足元の厳しい業績を目の前にして必死に努力をしていることは間違いありません。しかし、視野が狭いために、表出した問題に対してモグラ叩きのごとく対処療法をしているだけに見えます。
チェーンストアの手法は、「居酒屋を居酒屋たらしめる本質」を切り捨てることでしか成り立たないというジレンマを抱えてスタートしているのです。
タッチパネル式の注文システムも一長一短例えば、人手不足への対策として、タッチパネルによる注文システムを導入して、スタッフの定数を削減しても運営できる体制づくりが各チェーンで進んでいます。タッチパネルの導入により、オペレーションの効率化という局所において部分最適は実現できるでしょうが、より大きな枠組みで考えると、場としての居酒屋の意味の希薄化を加速させることになるでしょう。
しかし、それが分かったうえで、「場」なんていう面倒臭い要素は捨てて、あくまでも「安くてそこそこ美味しい料理と酒」を提供する道を邁進する自由はあります。
消耗しながらも低価格路線を進めるしかない居酒屋チェーン業界ただし、コストリーダーシップ戦略を採用できるほど圧倒的なトップ企業が存在しない居酒屋チェーン業界で、低価格を差別化要因とした競争を続ければ、共倒れするだけです。かといって、現在の居酒屋チェーンには高価格路線を採用するためのカードはありません。
チェーン店居酒屋が、訪れたグループ客にパーソナルな飲み食いをするための便益を提供することしか出来ないなら、「より安くより手軽に」の行き着く先は、最近埼玉県で流行っているストリート飲みスタイル「裏輪飲み」で充分ということになります。
※裏輪飲み:100円ショップなどで購入できる裏にマグネットの付いたカゴを持って街に繰り出し、鉄製の場所に張り付いて即席のカウンターに仕立て、立ち呑み屋にしてしまう呑み方のこと。
前途多難の居酒屋チェーン、他業態に進出する手も今後とも周辺業態において、アルコールを提供することで食事の店から飲むこともできる店への転換が続くと考えられるので、居酒屋チェーンの従来の市場が蚕食され続けることになるでしょう。
その中で、効率化による低価格路線しか特徴を出せない居酒屋チェーンは、たまたま取り入れたコンセプトがヒットするブランドが出たとしても、世の中の移り変わりに付いていけずに、旬の時期が過ぎたら衰退することを繰り返すことが予想されます。
同一ブランドで1000店舗という規模の拡大は不可能に近く、リスク分散のために、これまでより多数のブランドを展開しながら、居酒屋業態にこだわらず、レストラン業態やカフェ業態へ逆進出をすることで、一定の規模だけは保つ努力をする企業が増えるはずです。いずれにしても、前途多難と言えそうです。
(清水 泰志/経営コンサルタント)