オリンピック・パラリンピックに関するニュースを目にするなど、スポーツに関心を寄せている人も多いのではないでしょうか。私は、保護者との懇談で、どういうスポーツがわが子に合うかと聞かれることがあります。
その子が興味を持てば何でも良いとは思いますが、障害の特徴や能力、将来を加味した上のスポーツ(習い事)を保護者としては知りたいようです。
長年、発達障害のある子どもや大人に携わる仕事をする中で、さまざまなスポーツ体験(ラフティング、カヌー、カヤック、アスレチック、乗馬、スキー、アイススケート、山登り、スノーシュー、釣り、レーザーガン、ボーリングなど)の機会を設けてきました。
これらの経験から、発達障害のある子どもや大人が無理なくできて、成長も見込める、おすすめのスポーツが見えてきました。
※これから書くことは、発達障害のある全ての人に当てはまるわけではありません。同じ診断名でも、向いている人、向いていない人がいます。「このスポーツに向いている人がいる」という認識で読んでいただければと思います。
集団競技よりも個人競技のほうが比較的なじみやすい
保護者が子どもにスポーツを習わせたい理由として、体が健康になってほしい、心身ともに強くなってほしい、集団競技で社会性(コミュニケーション能力)を養ってほしい、友人を作ってほしいなどが挙げられます。
私もスポーツを習わせることは賛成です。というのも、社会人になった時、最終的に自分を支えるのは、心の強さだったり、理不尽なことに対する耐性や立ち向かった経験の有無によると感じるからです。
習い事のひとつとしてスポーツを推奨しますが、障害の特徴ゆえにうまくいかないケースもよく聞きます。
特に集団競技では顕著にみられます。自分の不注意によるミスで責められてへこんだり、コミュニケーションをうまくとれないことで理不尽な注意を受ける機会が多く、苦痛に感じてしまうなど、スポーツ自体は好きなのに、自己肯定感が低下する要因になることがあります。
実際、野球は大好きだが、チーム力を高めるためのミーティングが苦痛で、トラブルにまで発展してしまい、野球を辞めてしまった生徒がいました。本人にとって大きな挫折(トラウマ)となり、次の一歩が踏み出しにくくなってしまいました。
もっとも、集団競技になじめるタイプもいるので、一概に「発達障害があるから無理」と思うのは間違いです。本人が希望するなら、チャレンジする機会をつくってあげてほしいと思います。
ただ、比較的よく聞く声として、集団競技に比べると柔道や空手といった個人競技に、なじんでいることが多いようです。しかし、継続できるかどうかは、心をさらけだせる仲間ができるか、指導者が子どもを理解してくれているかにかかってきます。
無理なく成長し学べるスポーツ、それがサイクリング
私は、発達障害のある幼児から大人まで、幅広い年齢層に携わる仕事をしているので、子どもの時からできて、大人になっても無理なく続けられるスポーツは何かを模索してきました。
その答えの一つが、サイクリング。人と競う競技としてではなく、楽しむことを優先としたサイクリングです。
サイクリングは一人でもできるし、集団でもできます。自転車に乗ることができれば特別な努力は必要なく、歩くよりも遠くまで行けるので、達成感を得やすいのです。 私と「びわいち(琵琶湖一周)」をした生徒は、自己肯定感が高まるだけでなく、価値観に変化が生じたのには驚きました。
サイクリングは障害の特徴を生かせるだけでなく、ソーシャルスキルトレーニングとしての効果、学習に対する効果もあります。
ここでは、対人関係が苦手なASD(自閉症スペクトラム障害)と、集中力や落ち着きのなさが見られるADHD(注意欠如・多動性障害)におすすめできるポイントをご紹介します。
ASDのある人にとってのおすすめポイント
① 仲間や友達をつくりやすい ASDの特徴の中にコミュニケーションの難しさというのがあり、それが原因で仲間や友人ができず、孤立しやすいという話をよく聞きます。
しかし、サイクリングはひたすら自転車をこぐので、それほど高いコミュニケーション能力は必要ありません。せいぜい、「目的地をどうするか」「どういうルートを進むか」といった程度の話し合いですみます。
ASDのある人にとっては、無理なくコミュニケーションをとれるし、コミュニケーション能力を培うのにちょうど良いです。
誰かと一緒に最小限のコミュニケーションをとりながらサイクリングを続けていくと、伝える大切さや相手の話を聞いて反応する姿勢が身に付きます。
苦楽を共にするので共感性が高まり、会話の機会が増え、会話のキャッチボールもスムーズに成立するようになります。これらのサイクルがうまく循環していくと、本当の仲間・友達関係になっていきます。
必ず友達ができるとは言えませんが、普段の学校生活や日常生活と比べると、圧倒的に仲間や友達をつくりやすいです。
② 興味・関心の範囲が広がる ASDのある人は、興味・関心の範囲が狭いことが多いです。興味のあることなら狭く深い知識を有していますが、広く浅い知識を持ち合わせていないために偏った知識になりがちで、コミュニケーションにも影響を及ぼすことがあります。
そんなタイプでも、誰かと一緒にサイクリングをしていると、その人が興味を持っていることに興味・関心を持つようになり、知識の幅が広がります。
興味・関心の範囲が非常に狭い生徒とサイクリングをしたことがありますが、徐々に私の影響を受けて、私が興味を持つような場所(例:ルートから外れた薄暗いトンネル)などに興味を抱くようになりました。今では本当にASD?と思えるほど、いろんなところに興味を示すようになっています。
ADHDのある人にとってのおすすめポイント
① 動くことが称賛されるので自己肯定感が高まる ADHDの中でも、衝動性や多動性が強いタイプは、多くの刺激と動きを求めるので、サイクリングはそんな特性がうまく働きます。
サイクリングは常にこぎ続け、スピードがあるので景色が次々と変わります。ADHDの人は飽きやすい傾向がありますが、激しい動きと新しい刺激の入力が両立しているので、特性を十二分に生かせ、心を満たしてくれます。
落ち着きを要求される学校や家庭では動き過ぎると叱られますが、サイクリングではADHDのようによく動ける人がいると、周りの助けにつながりやすいです。 ルートを間違えた時に率先して周辺を見て回ってくれますし、スピードが遅くなる後半では、先頭にたってみんなをけん引してくれます。
そんな姿を周りは称賛するので、本人はみんなに認められた&達成感を実感することができ、自己肯定感が高まります。
② 学習へのモチベーションにつながる ADHDのある人は学業において「困難さ」を示すことが多いため、勉強に対する拒否感が強いです。夏休みになると、宿題をなかなかしないわが子に頭を悩ます保護者は多いことでしょう。しかし、モチベーションが高まるとあっという間にやってしまうのがADHDの強みです。
夏休みに私たちと一緒にサイクリングをした小学生の生徒は、「サイクリングが想像以上に楽しくて成功体験につながったようだ。これまできつく言っても日記を書きたがらなかったのに、喜々として日記を書き始めた」という話を保護者から聞きました。
また、サイクリングで通った町や食べ物と社会科がうまくリンクしたらしく、その教科を面白く感じるようになり、成績が上がったそうです。
発達障害のある人にとってサイクリングを効果的なものにする方法
サイクリングの効果は、人や距離、話し合いの頻度、ハプニングの数によって変わってきます。
単に「体を強くしてほしい」と願うのであれば、一人で行動し、長距離を走ればいいと思います。 しかし、わが子に「社会性やコミュニケーション能力を培ってほしい」「興味・関心の範囲を広げてほしい」「自己肯定感を高めてほしい」と思うのであれば、一人ではなく、誰か(他人)と一緒でなければいけません。保護者にはその機会づくりをしてほしいです。
生徒たちとサイクリングをしていて、効果(成長)を感じられる瞬間があります。それは、ハプニング(迷子)が起きている時です。 私が迷子になるように画策することもあれば、普通に迷子になることもあります。私が調べればすぐに解決できますが、それでは生徒たちが成長する機会を奪いかねません。
私は頼りにならない演技(例:話ができないほどの疲れたふり)をして、生徒たち自身で話し合い、自分たちの力で解決するように仕向けます。
必死にならざるを得ない状況になると、生徒たちはスマホで調べ、周辺を探し回り、話し合いでは意見を積極的に出し合って折り合いをつけていきます。対人間は解決するのが難しくても、対環境なら必ず乗り越えられるので、成功体験にもつながりやすいのです。
効果(成長)はその子によって変わってきますが、目に見えてわかるのが、サイクリング以外での生徒同士の会話です。サイクリング前と後では、会話の頻度、会話の長さ、会話の楽しさの度合いといった部分に変化が生じています。
サイクリングはやってみて初めて楽しさや効果が実感できるものです。理屈を考える前に、まずやってみてはいかかでしょうか?
(安藤 和行/ひだち教室長)