民法のうち、相続に関して規定する「相続法」。約40年ぶりに、民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律が2018年7月に成立し、2019年から順次施行されています。4月1日から、改正の柱の一つである「配偶者居住権」と「配偶者短期居住権」がスタート。残された配偶者の生活を守るという観点から、新設された制度です。
また、7月10日には、法務局で遺言書を保管してもらうことが可能になるなど、相続に関わる手続きが大きく変わりそうです。「配偶者居住権」とはどのような権利なのでしょうか。相続について知っておきたいポイントを、弁護士の滝口耕司さんに聞きました。
残された配偶者が自宅の所有権を持たなくても、そのまま住み続けることができる。権利を取得した際には不動産登記が必要
Q:相続法が改正された背景は何でしょうか? -------- 今回、相続法の改正としては、1980年(昭和55年)以来、約40年ぶりとなります。
もともと、相続法が見直されるきっかけとなったのは、2013年9月4日、結婚していない両親のもとに生まれた婚外子(非嫡出子)の相続分を、両親が婚姻関係にある嫡出子の半分とする民法の規定を、最高裁判所が「違憲」とした判決です。判決の理由に、家族のあり方が多様化していることが挙げられました。同年、民法が改正され、嫡出子と非嫡出子の相続分が同等になりました。
その審議の過程で、40年前に定められた法律のままでは、高齢化や家族の多様化など、社会の変化に対応しきれていないことから、相続法全般を見直すべきという意見が出され、現代社会に合わせた、公平性や使い勝手を考慮し、内容が見直されました。
Q:改めて私たちが知っておくべき改正のポイントを教えてください。 -------- まず知っておくべきポイントは、2つあります。
①「配偶者居住権」の創設 ②遺言制度の見直し
①は4月1日に施行されたばかりの新たな制度です。②は、自分で書くことができる自筆証書遺言をめぐるルールが変わります。これまで、すべて手書きが原則であった自筆証書遺言について、不動産や預貯金などを記す財産目録をパソコンで作成することが可能になりました(2019年1月13日施行)。また、7月10日には、自筆証書遺言を法務局で保管できる制度もスタートします。
Q:4月1日に施行された「配偶者居住権」「配偶者短期居住権」とは、どのような権利ですか? -------- 配偶者居住権とは、残された配偶者が、相続開始時に、亡くなった被相続人が所有する建物に同居していた場合に、終身または一定期間、無償でその建物に住み続けることができる権利です。
また、配偶者短期居住権は、遺産分割協議の結果などの事情により被相続人が所有する建物から出なくてはならなくなった場合でも、最短6カ月間は無償で住み続けることができる権利です。
これまでは、例えば、自宅を所有する夫が亡くなった際に、残された妻が自宅に住み続けるには、基本的には「所有権」を取得する方法しかありませんでした。所有権とは、建物を使ったり(住むことなど)、処分したり(売買することなど)することができる権利です。
仮に、夫が亡くなった時点で、自宅の評価額が1000万円、妻の相続分が1000万円だとすると、妻は自宅の所有権を得るだけで、預貯金などほかの遺産が受け取れず、自宅に住み続けると生活が成り立たなくなる可能性が出てきます。一方、建物を使う権利のみが認められる「居住権」では、所有権と比べて評価額が低くなるため、自宅に住み続けながら、そのほかの遺産も受け取れる可能性が高くなります。
近年、寿命が延びていることで、配偶者が亡くなった後も、残された一方は一人で長く生きる例が増えています。この制度により、残された配偶者が長年住み慣れた家で、安心して生活することが可能になると言えます。
Q:配偶者居住権を取得するための具体的な手続きは? -------- 手続きは二通りあります。 一つは、遺言で定める方法です。建物を所有する遺言者が、配偶者に「居住権を遺贈する」旨を記載します。ただ、4月1日以前に作成された遺言では、居住権を設定できませんので、設定したい場合は、4月1日以降、新たに作成することが必要です。
遺言書が作成されていない場合は、他の相続人と遺産分割の協議を行い、認めてもらうことができれば居住権が取得できます。協議が整わない場合は、ほかの遺産の場合と同じく家庭裁判所の審判により決定されます。
いずれも手続きにおいても、配偶者居住権が得られた場合は、すみやかに不動産の登記簿謄本に登記しておくことが重要です。第三者にも権利を主張できるようになり、後々のトラブルを防ぐことができます。
Q:7月10日に、「法務局における遺言書の保管等に関する法律」が施行され、法務局での自筆証書遺言の保管制度がスタートします。どのようなことが期待できますか? -------- 遺言書には、大まかにいえば、自分で書くことができる「自筆証書遺言」と、公証人が作成する「公正証書遺言」の2種類があります。
これまで、自筆証書遺言は、自宅で保管するか、近親者などに預けるしかありませんでした。そのため、遺言者が亡くなった後に「見つけた人が不利だと感じて隠す」「本人が本当に書いたのか疑わしい」など、紛失や改ざんの可能性があり、紛争のもとになる場合もありました。本人が望む遺言内容を確実に実現するためには、「公正証書遺言」を薦めるケースが多かったと言えます。
自筆証書遺言が法務局で保管できるようになると、確実に遺言内容を実現できる可能性が高まるため、自筆証書遺言をより活用できるようになるでしょう。具体的な手続きは、遺言者が法務省が定めた様式で作成し、各地域の法務局で申告します。
今回の改正で、核家族化など、世代間で支え合うことが少なくなった現代の家族のあり方に合わせた方策が盛り込まれました。残された配偶者の生きる道が広がり、より公平で混乱の少ない遺産分割が実現できるのではないかと考えられます。
(滝口 耕司/弁護士)